上 下
35 / 62
4章 人民よ、健やかに

35話 探究せよ、乙女

しおりを挟む
 《小麦》の脱穀作業を村人達に任せ、俺はイアンとルシンダの様子を窺いに向かった。

 イアンは狩りへ向かった、その報告は聞いているが、ルシンダはというと不明である。仕事を任せた覚えはなく、休憩を取っている様子もない。

 考え至るのは、たった一つだった。二人は一緒にいるのではないか。

 村から離れた場所にある森林――狩場と聞いていた位置よりもさらに奥の水辺に、彼等は揃って蹲っていた。まさか食あたりでも起こしたのだろうか。

 サッと血の気が失せる。慌てて駆け寄ると、ふとイアンが面を持ち上げた。

「あれ、どーしたの?」

 顔色と声色はいつも通り。不調はないようだ。俺は胸を撫で下ろす。

「様子を見に来たんです。何をやっているんですか?」

「解体を教えてるんだよ」

 イアンの手には、血に濡れた《石のナイフ》と毛の塊がある。『罠師』イアンが捕らえた小動物のようだ。

「――で、ちゃんと血抜きをしたら内臓取り出して……」

「この時も持ったままですの?」

「地面に置いたままなのは、ちょっと気分悪いからねー。まあ、土が付いても洗えばいいんだけどさ。サミューの奴、そういうの気にするんだ」

 二人旅をしていた頃、狩りをサミュエルが、解体はイアンが担っていたというだけあって、手際は確かだった。

 小型犬程の動物はみるみるうちに「肉」と「皮」に分けられ、「資材」と化す。その様子を感慨深げに眺めていたルシンダは、剥ぎ取ったばかりの毛皮を撫でると、

「肉ってこうやって採れるのね。初めて見たわ」

「おねーさん、こういうことしないの?」

「わたくしの前に出る肉は全て調理済みだったのよ。生肉を見るのも初めてだわ」

 彼女の家は、まつりごとに関わる家柄である。

 この地に流れ着くより前は、生肉を見ずに済む暮らし――自炊すらしない生活に身を置いていたのかもしれない。イアンからすれば、まるで異世界のような生活であろう。

 歪む少年の顔には、信じられないと書かれていた。

「じゃあおねーさんは、皮のなめし方とか内臓の使い方とか、何も知らないんだ?」

「皮なら知ってるわよ! バンバン叩いているところを見たことがあるわ!」

 年齢こそルシンダが上ではあるが、この地においてはイアンの方が先輩である。

 『学者肌』という特性もあってか、ルシンダの興味は決して潰《つい》えることがない。「先輩」へ質問を投げ掛ける。

「内臓って何に使うの? そんなぐちゃぐちゃなの、食べられそうにないわよ?」

「食べられないこともないけど……まあ、これだけ小さいとね、特に使えないかな。でも、もっと大きな動物だったら……そうだなぁ、水筒とか小物入れを作れるよ」

「水筒? 小物入れですって?」

 ルシンダの目が輝く。

「ああ、興味深い。解体も加工も、全部やってみたいわ! 村長、クローイが作ってた道具、わたくしも当然使えるのよね?」

「さ、さあ、そこまでは俺も……」

「使えなかったらわたくし、『罠師』になるわ!」

「『ニート』志望設定はどこに行ったんですかね……」

 だが労働に意欲を見せてくれるのはよい傾向である。このまま希望する役職を、忘却の彼方までかっ飛ばしてくれればよいのだが。

「検討はしておきます。一つの役職に、最低一人は欲しいと思っているので、後継人が育てば……」

「相談には乗ってあげようじゃない」

 高慢とした態度ではあったが、それを不快とは思わなかった。もう慣れたのかもしれない。

 俺はイアンを一瞥してから湖を見遣る。

 湖はおよそ楕円形をしていた。周りには樹木が立ち並び、さながら龍神の住処の如く泉を覆い隠している。今まで発見できずにいたのは、それが原因であろう。意図せずしてよいものを見つけてしまった。

 だがこの泉は、村から随分離れている。水が入り用になっても、ここまで一人で向かわせるのは危険だ。今こそ息を潜めているが、いつどこでモンスターが襲ってくるとも分からないのだから。

「湖から引くとか井戸を掘るとか、水問題もどうにかした方がよさそうですね」

「そうしてくれると有り難いかな。解体のたびにここに来るの、面倒だし」

 話しているうちに、イアンが立ち上がった。彼の手には肉と毛皮、内臓を包んだ葉がある。彼は木の根元にまで移動すると、慣れた様子で葉の包みを降ろした。供え物のようだ。

「何やってるのよ」

 怪訝そうなルシンダがそう尋ねてくる。面を上げたイアンは、ちらりと自分の足元に目を遣ると、

「……こうやって、ちょっとだけ残しておくのが、おれなりのルールなんだ」

 そう言うなり、イアンは足早に立ち去る。隠し事を暴かれた、そう言わんばかりの羞恥が、彼の背から滲み出ている。

 それを見送ったルシンダは葉包みを一瞥した後、小さく――本当に小さく、隠れるように顎を引いた。

 どのような意図が含まれているのかまでは不明である。だが俺には、それが敬礼のように見えた。

「さ、戻るわよ。村はどんな感じ?」

「《小麦》の加工中です。そろそろ終わると思うのですが……」

「何、もう始めてるの!? 早く言いなさい!」

 ルシンダは悲鳴の如く一喝する。そうかと思えば、長いスカートを翻して走り出した。足元は、相変わらず高いヒールに支えられている。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

付与効果スキル職人の離島生活 ~超ブラックな職場環境から解放された俺は小さな島でドラゴン少女&もふもふ妖狐と一緒に工房を開く~

鈴木竜一
ファンタジー
傭兵を派遣する商会で十年以上武器づくりを担当するジャック。貴重な付与効果スキルを持つ彼は逃げ場のない環境で強制労働させられていたが、新しく商会の代表に就任した無能な二代目に難癖をつけられ、解雇を言い渡される。 だが、それは彼にとってまさに天使の囁きに等しかった。 実はジャックには前世の記憶がよみがえっており、自分の持つ付与効果スキルを存分に発揮してアイテムづくりに没頭しつつ、夢の異世界のんびり生活を叶えようとしていたからだ。 思わぬ形で念願叶い、自由の身となったジャックはひょんなことから小さな離島へと移住し、そこで工房を開くことに。ドラゴン少女やもふもふ妖狐や病弱令嬢やらと出会いつつ、夢だった平穏な物づくりライフを満喫していくのであった。 一方、ジャックの去った商会は経営が大きく傾き、その原因がジャックの持つ優秀な付与効果スキルにあると気づくのだった。 俺がいなくなったら商会の経営が傾いた? ……そう(無関心)

転生したら脳筋魔法使い男爵の子供だった。見渡す限り荒野の領地でスローライフを目指します。

克全
ファンタジー
「第3回次世代ファンタジーカップ」参加作。面白いと感じましたらお気に入り登録と感想をくださると作者の励みになります! 辺境も辺境、水一滴手に入れるのも大変なマクネイア男爵家生まれた待望の男子には、誰にも言えない秘密があった。それは前世の記憶がある事だった。姉四人に続いてようやく生まれた嫡男フェルディナンドは、この世界の常識だった『魔法の才能は遺伝しない』を覆す存在だった。だが、五〇年戦争で大活躍したマクネイア男爵インマヌエルは、敵対していた旧教徒から怨敵扱いされ、味方だった新教徒達からも畏れられ、炎竜が砂漠にしてしまったと言う伝説がある地に押し込められたいた。そんな父親達を救うべく、前世の知識と魔法を駆使するのだった。

スライム10,000体討伐から始まるハーレム生活

昼寝部
ファンタジー
 この世界は12歳になったら神からスキルを授かることができ、俺も12歳になった時にスキルを授かった。  しかし、俺のスキルは【@&¥#%】と正しく表記されず、役に立たないスキルということが判明した。  そんな中、両親を亡くした俺は妹に不自由のない生活を送ってもらうため、冒険者として活動を始める。  しかし、【@&¥#%】というスキルでは強いモンスターを討伐することができず、3年間冒険者をしてもスライムしか倒せなかった。  そんなある日、俺がスライムを10,000体討伐した瞬間、スキル【@&¥#%】がチートスキルへと変化して……。  これは、ある日突然、最強の冒険者となった主人公が、今まで『スライムしか倒せないゴミ』とバカにしてきた奴らに“ざまぁ”し、美少女たちと幸せな日々を過ごす物語。

ライターズワールドオンライン~非戦闘ジョブ「アマ小説家」で最弱スキル「ゴミ拾い」の俺が崩壊世界でなりあがる~

いる
ファンタジー
小説家以外の誰もが滅亡を受け入れてしまったMMOファンタジー世界。主人公の七尾ヤクルは滅亡の日の朝、目覚まし時計に起こされて王城へ向かった。アマチュア作家の彼は滅亡を受け入れた立場であったが、この世界を新しく、よりよくしていく作家たちに強い羨望があったのだ。 彼はそこでプロ作家の花咲のゐるに出会う。のゐるが書く小説は素晴らしい……ヤクルは自分がどれほど彼女の作品を愛しているかを訴えると、彼女はヤクルの言葉に涙した。のゐるは小説が書けない現状と作品への批判に疲弊し、傷ついていたのだ。そんな彼女の心にヤクルの優しい励ましは深く届いた。 そして、のゐるは自らの信頼と立場からヤクルを「アマチュア作家」から「コネ作家」にする。傍目馬鹿される立場を得たヤクルだが、彼は作家になることができ心から喜んだ。小説家としてはまだまだの七尾ヤクルであるが、かくして作家として新しい世界に生きる権利を得る。 彼は果たして作家への愛と、最弱スキル「ゴミ拾い」でもって、崩壊世界でなり上がることができるのか……?

欲張ってチートスキル貰いすぎたらステータスを全部0にされてしまったので最弱から最強&ハーレム目指します

ゆさま
ファンタジー
チートスキルを授けてくれる女神様が出てくるまで最短最速です。(多分) HP1 全ステータス0から這い上がる! 可愛い女の子の挿絵多めです!! カクヨムにて公開したものを手直しして投稿しています。

狼の子 ~教えてもらった常識はかなり古い!?~

一片
ファンタジー
バイト帰りに何かに引っ張られた俺は、次の瞬間突然山の中に放り出された。 しかも体をピクリとも動かせない様な瀕死の状態でだ。 流石に諦めかけていたのだけど、そんな俺を白い狼が救ってくれた。 その狼は天狼という神獣で、今俺がいるのは今までいた世界とは異なる世界だという。 右も左も分からないどころか、右も左も向けなかった俺は天狼さんに魔法で癒され、ついでに色々な知識を教えてもらう。 この世界の事、生き延び方、戦う術、そして魔法。 数年後、俺は天狼さんの庇護下から離れ新しい世界へと飛び出した。 元の世界に戻ることは無理かもしれない……でも両親に連絡くらいはしておきたい。 根拠は特にないけど、魔法がある世界なんだし……連絡くらいは出来るよね? そんな些細な目標と、天狼さん以外の神獣様へとお使いを頼まれた俺はこの世界を東奔西走することになる。 色々な仲間に出会い、ダンジョンや遺跡を探索したり、何故か謎の組織の陰謀を防いだり……。 ……これは、現代では失われた強大な魔法を使い、小さな目標とお使いの為に大陸をまたにかける小市民の冒険譚!

異世界着ぐるみ転生

こまちゃも
ファンタジー
旧題:着ぐるみ転生 どこにでもいる、普通のOLだった。 会社と部屋を往復する毎日。趣味と言えば、十年以上続けているRPGオンラインゲーム。 ある日気が付くと、森の中だった。 誘拐?ちょっと待て、何この全身モフモフ! 自分の姿が、ゲームで使っていたアバター・・・二足歩行の巨大猫になっていた。 幸い、ゲームで培ったスキルや能力はそのまま。使っていたアイテムバッグも中身入り! 冒険者?そんな怖い事はしません! 目指せ、自給自足! *小説家になろう様でも掲載中です

異世界でぺったんこさん!〜無限収納5段階活用で無双する〜

KeyBow
ファンタジー
 間もなく50歳になる銀行マンのおっさんは、高校生達の異世界召喚に巻き込まれた。  何故か若返り、他の召喚者と同じ高校生位の年齢になっていた。  召喚したのは、魔王を討ち滅ぼす為だと伝えられる。自分で2つのスキルを選ぶ事が出来ると言われ、おっさんが選んだのは無限収納と飛翔!  しかし召喚した者達はスキルを制御する為の装飾品と偽り、隷属の首輪を装着しようとしていた・・・  いち早くその嘘に気が付いたおっさんが1人の少女を連れて逃亡を図る。  その後おっさんは無限収納の5段階活用で無双する!・・・はずだ。  上空に飛び、そこから大きな岩を落として押しつぶす。やがて救った少女は口癖のように言う。  またぺったんこですか?・・・

処理中です...