Gate of World―開拓地物語―

三浦常春

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4章 人民よ、健やかに

33話 ドン引き少年

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 アランには残りの《小麦》を収穫するよう指示を出し、クローイとルシンダには引き続き建材や設備の作成を依頼する。その間に俺とイアン、サミュエルは建設の下準備を進めることにした。

「ねーねー、床ってそのまま置いちゃ駄目なの? 掘るの面倒なんだけど」

 イアンが唇を曲げる。

 仮倉庫の床は、地面と同じ高さに設置する予定である。それはつまり、地面を一段掘り下げてから床を張ることになる。二度手間ではあるが、今後何度も出入りすることを考えると、高さを揃える方がよいと判断した。

「面倒臭いのは分かりますが、今苦労すれば後が楽だと思いますので……頑張ってください」

「ちえー。しょーがないなー」

 文句を垂れつつ、イアンはどこからかシャベルを二本引き摺って来る。

 そういえば、日常の作業において用いられるツールにも、品質が設定されているのだったか。俺はちらりと洩れ聞いた言葉を思い出していた。

 『石工師』ルシンダは、自らが扱えるレシピを眺めていた時、「石」と冠せられる道具の数々を目にしたそうだ。《石のクワ》《石のツルハシ》《石のシャベル》《石のオノ》――これらの道具は、転職とは全く関係のないアイテムである。

 これが何を意味するのか。ナビ子に尋ねてみたところ、どうやらこれらは、入植者の作業スピードに影響するらしい。素材がよくなればスピードは早くなる。効率化を図れるのだ。

 入植者の道具は定期的にアップグレードした方がよい、そう俺が気付く前に、ルシンダが独断で作成してしまったようだ。イアンの持つシャベルには、石の加工品と思しき刃が取り付けられている。

 採掘速度を把握していない為、正確な事は言えないが、石製ツールに持ち替えたことで、心なしか作業が捗っているようにも見える。

「ねえ、村長は手伝わないの?」

 イアンが尋ねてくる。

「多分俺、出来ないんです。そういう仕様らしくって」

「昨日言ってた、設定がどうのってやつ?」

「どうなんでしょう」

 この点は俺にも分からなかった。村人同様の活動を可能にする設定が、俺の目の届く範囲では、どこを探しても見当たらなかったのである。

 先日ナビ子と交渉した結果、設定の変更は可能であることが判明した。おそらく、設定が勝手に変更されるバグ――これが発生していたのであろう。その「バグ」さえ何とか出来れば、俺も村人の仕事を手伝えるようになるかもしれない。

 突然目の前にシャベルが突き出される。サミュエル――隻眼の少年は圧力を掛ける。やってみろ、そう言うことらしい。

 答えは明白だ。どうせ掴めない。諦める俺の一方、少年は実演してもらわないと納得できない性質らしい。

「……分かりました」

 俺はそうっと手を伸ばす。シャベルの柄、研磨された木の柄に触れようとしたところで、それは指先をすり抜けてしまう。

 感触はなく、もちろん質量もない。案の定であった。

「うわ……」

「えっ、キモ」

 さんざんな言われようである。彼等からすれば、不可解も甚だしいだろう。少年達が何の苦労なく扱える道具を、俺は扱えないどころか、触れることすら出来ないのである。

 納得のいく反応ではあったが、痛む胸は誤魔化しようがなかった。

「俺もよく分からないんですけど、こういう感じらしいです」

「変なの。――そういえば、最初おれが殺そうとした時もそんな感じだったよね。『プレイヤー』って、みんなそうなのかな。特別な……何かがあったりするのかな? 王も欲しがってたし」

 イアンが傍らのサミュエルに目を向ける。隻眼の少年はクイと首を捻り、

「さあ。偉い人特有のオーラみたいなのがあるんじゃない」

「オーラでバリア張るの? 何それ、すげー!」

 彼等はこの世界の住民――言わば、ゲームの中の存在、創造物である。この世界が「作られた物」という意識、外の何者かに操られているという発想すらないのかもしれない。

 プレイヤーとは何者であるか。俺達で言うところの「神」のような存在なのだろうか。

 説明のしようがない。俺はただ黙っていることにした。

「おーい、村長」

 野太い声が俺の耳に届く。アランだった。《小麦》の収穫を終え、さらに種も撒き終わったらしい。入植初日と同様の茶色が、そこには広がっていた。

「《千歯扱き》ってのは、まだ使えそうにないか?」

「今作ってる途中です。なので、こっちの手伝いをお願いします」

「げえ、ゆっくりやればよかった」

 文句は垂れつつも、手伝う気はあるらしい。アランは小麦の束を臨時の資材置き場へと降ろす。子供だけでは難しかった力仕事も、大人がいれば卒なく熟せるだろう。

 彼はこの村において唯一の成人男性だ。

 建設の現場においては、彼が最も貢献している、そう評しても過言ではない。だが、彼の力があってもなお、心細いことに変わりはなかった。もう一人くらいは、気兼ねなく力仕事を任せられる人材が欲しいところである。

 近いうちに新たな入植者を迎えようか。その思惑がある一方で、引っ掛かるのは少年達だ。ケアも碌に出来ていない今、いたずらに人口を増やすのは、果たして最善であろうか。

 良策ではあるだろう。だがどうしても、万一が脳裏をちらつく。村を繁栄させることで彼等を疎かにしてはいけない。かと言って発展が進まず衰退しては、元も子もない。

 俺はどちらも切り捨てることが出来なかった。
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