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4章 人民よ、健やかに
31話 守る為に
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「サミュエルを『戦士』にするくらいなら、オレがなる。聞いてんのか、おい。村長!」
「アランさんには、このまま『農民』でいてもらいます」
「なんだと……?」
「相手は、少なくとも素人ではありません。明日――もしかしたら今夜仕掛けて来るかもしれないのに、経験のないアランさんを『戦士』に任命する訳にはいきません。この村を、そして村人を守る為にも、経験者が適任と考えた結果です」
無論それは、現状においては、諸刃の剣同然である。持ち主の定まらない刀とするべきだろうか。
俺にも村人にも、サミュエルという刃がどちらを向くか、予測はできない。だから俺は、村人の安心材料として自分を差し出した。尤もそれも、アランの癪に障るだけだったようだが。
「……また剣を握らせるのか?」
呆然と発せられたその声は、すっかり萎れていた。悲痛に満ちていた。
「オレ達を、守る為に?」
「サミュエル君から承諾は得ています。ですが、それはあくまで臨時的なものですし、村の態勢が整ったら……新たに戦闘職を任命して、経験を積ませたら、サミュエル君には他の職に移ってもらうことも考えて――」
「だから、そういうンじゃねぇんだって!」
またしても彼は声を張る。俺の肩は思わず跳ね上がった。
「オレはっ……オレはただ、もう剣なんて握らずに、ただ――ただ健やかに育ってほしくて……クソッ、ンな化け物を見たような顔するんじゃねぇ!」
俺は慌てて顔を引き締める。
「アランさんは……そうか、二人を思って『戦士』にすることを反対したんですね」
「あーもう、うるせぇな。繰り返すな」
居心地悪そうにアランは余所を向く。髪の隙間から覗く耳は、これまでにない程赤く染まっていた。
自分が恥かしい。彼を――彼等を侮っていた。俺を満たすのは、何よりもそれだった。
「……悪かったよ、殴って」
「こちらこそ、すみませんでした。皆さんを見縊っていました」
俺もまた頭を下げる。これにて一件落着かと思いきや、アランは再び、その瞳に炎を宿す。
「けどな、けど! オレは意見を変えねぇからな。そいつを『戦士』にするくらいならオレがやる」
「『ニート』より『戦士』志望ですか……」
「『ニート』第一に決まってんだろ」
「ですよねー。アランさんの気持ちはよく分かりました。でも……」
ちらりと、俺はサミュエルの方を見る。彼は同郷の少年と身を寄せ合っていた。だがその表情は凛々しく、とても怯えている様子はない。それどころか、呆れすら見て取れた。
「僕の意見は無視なの? おっさん」
「おっさん言うな! まだ三十にもなってねぇよ」
「僕は妥当だと思うよ、そいつの案」
噛み付くアランを無視して、サミュエルは語る。祈るように組まれた手が、やけに白く見えた。
「ここには守る力が必要だ。この事実は変わらない。だけどおっさん、実際弱かったじゃん」
会敵当時、サミュエルに立ち向かったアランは、いとも簡単に地面へと押し付けられていた。赤子の手を捻るように、という慣用句が正しく当てはまる。
当時を思い出したのか、アランはひどく渋い顔をしていた。
「べ、別に今から訓練すれば……」
「僕がいた国には五十人以上の兵がいる。どれも拠点で最低限の訓練を受けた後、各地に散っている。手柄を得たら国へ帰って来ると――まあ、そのようなシステムだ」
「うわ……」
「しかも各地ではモンスターに襲われたり、集落を襲撃したり、多くの経験を積んでいる。僕やイアンもそう。そんな奴等に、付け焼き刃のおっさんが敵うと思う?」
サミュエルの言葉にアランは返すことが出来ないようだった。当然である。実際にそれを見て、経験してきた少年が語るのだ。平穏とした生活ばかりを送ってきたアランでは、何一つとして立ち向かい得ない。
「この村を守る上で一番いいのは、僕とイアンを『戦士』にすることだ。だけど、お人好しな御宅の村長は、それをよしとしなかった。だったら僕だけでも、と受けた次第だよ」
俺がサミュエルに『戦士』にならないかと持ち掛けた後、彼はこのようなことを言っていた。
守ってみたいのだ。壊し奪う為ではない、何かを守る為に戦ってみたいのだ。さながら天使のように、はにかんで、そう呟いた。
サミュエルが俺の話に乗った理由は、単なる興味かもしれない。だがアランを諭すその言葉に偽りはなかった。どちらも少年の本心なのだろう。きっとそうに違いない。
「これでもおっさんは、まだ反対する?」
「……本当は嫌だけど、とかは――」
「ないよ」
あっけらかんとして言ってみせるサミュエル。それを聞き届けたアランは、大きく脱力するなり床へへたり込んだ。
「一人で興奮して阿呆みたいじゃねぇか」
「いえいえ、アランさんの本心を聞けて嬉しかったです。ありがとうございます」
だが俺は忘れかけていた。少年達は試用期間である。再度キャラバンが訪れた時には、俺は答えを出さねばならない。
その前提はありこそすれ、今の俺は彼等ありきで計画を立てている。俺の心は決まりつつあった。村人達も受け入れつつある。回答はもう決まっているようなものだった。
「……それから、話しは変わりますが、より皆さんに交流してもらう為にも、明日は仮倉庫を建設したいと思います」
「仮なの?」
イアンが口を開く。その顔は、これまでの緊迫が全て吹っ飛ぶ程、キラキラとしていた。
「家型の倉庫を作るには資材が集まっていませんし、どうせ作るなら石製とか……頑丈にしたいということもあります。それなので、今回は応急処置ということで仮の倉庫を作る予定です」
「石製ということは、わたくしの出番ね!」
ルシンダは胸を張る。ようやく『石工師』として本領を発揮できる――それが嬉しいのだろう。
『木工師』クローイは落胆した様子ではあったが、何も仕事がなくなるという訳ではない。木工も俺達の拠点を築く上で必須である。
「明日設計図をお見せしますので、楽しみにしていてください」
「アランさんには、このまま『農民』でいてもらいます」
「なんだと……?」
「相手は、少なくとも素人ではありません。明日――もしかしたら今夜仕掛けて来るかもしれないのに、経験のないアランさんを『戦士』に任命する訳にはいきません。この村を、そして村人を守る為にも、経験者が適任と考えた結果です」
無論それは、現状においては、諸刃の剣同然である。持ち主の定まらない刀とするべきだろうか。
俺にも村人にも、サミュエルという刃がどちらを向くか、予測はできない。だから俺は、村人の安心材料として自分を差し出した。尤もそれも、アランの癪に障るだけだったようだが。
「……また剣を握らせるのか?」
呆然と発せられたその声は、すっかり萎れていた。悲痛に満ちていた。
「オレ達を、守る為に?」
「サミュエル君から承諾は得ています。ですが、それはあくまで臨時的なものですし、村の態勢が整ったら……新たに戦闘職を任命して、経験を積ませたら、サミュエル君には他の職に移ってもらうことも考えて――」
「だから、そういうンじゃねぇんだって!」
またしても彼は声を張る。俺の肩は思わず跳ね上がった。
「オレはっ……オレはただ、もう剣なんて握らずに、ただ――ただ健やかに育ってほしくて……クソッ、ンな化け物を見たような顔するんじゃねぇ!」
俺は慌てて顔を引き締める。
「アランさんは……そうか、二人を思って『戦士』にすることを反対したんですね」
「あーもう、うるせぇな。繰り返すな」
居心地悪そうにアランは余所を向く。髪の隙間から覗く耳は、これまでにない程赤く染まっていた。
自分が恥かしい。彼を――彼等を侮っていた。俺を満たすのは、何よりもそれだった。
「……悪かったよ、殴って」
「こちらこそ、すみませんでした。皆さんを見縊っていました」
俺もまた頭を下げる。これにて一件落着かと思いきや、アランは再び、その瞳に炎を宿す。
「けどな、けど! オレは意見を変えねぇからな。そいつを『戦士』にするくらいならオレがやる」
「『ニート』より『戦士』志望ですか……」
「『ニート』第一に決まってんだろ」
「ですよねー。アランさんの気持ちはよく分かりました。でも……」
ちらりと、俺はサミュエルの方を見る。彼は同郷の少年と身を寄せ合っていた。だがその表情は凛々しく、とても怯えている様子はない。それどころか、呆れすら見て取れた。
「僕の意見は無視なの? おっさん」
「おっさん言うな! まだ三十にもなってねぇよ」
「僕は妥当だと思うよ、そいつの案」
噛み付くアランを無視して、サミュエルは語る。祈るように組まれた手が、やけに白く見えた。
「ここには守る力が必要だ。この事実は変わらない。だけどおっさん、実際弱かったじゃん」
会敵当時、サミュエルに立ち向かったアランは、いとも簡単に地面へと押し付けられていた。赤子の手を捻るように、という慣用句が正しく当てはまる。
当時を思い出したのか、アランはひどく渋い顔をしていた。
「べ、別に今から訓練すれば……」
「僕がいた国には五十人以上の兵がいる。どれも拠点で最低限の訓練を受けた後、各地に散っている。手柄を得たら国へ帰って来ると――まあ、そのようなシステムだ」
「うわ……」
「しかも各地ではモンスターに襲われたり、集落を襲撃したり、多くの経験を積んでいる。僕やイアンもそう。そんな奴等に、付け焼き刃のおっさんが敵うと思う?」
サミュエルの言葉にアランは返すことが出来ないようだった。当然である。実際にそれを見て、経験してきた少年が語るのだ。平穏とした生活ばかりを送ってきたアランでは、何一つとして立ち向かい得ない。
「この村を守る上で一番いいのは、僕とイアンを『戦士』にすることだ。だけど、お人好しな御宅の村長は、それをよしとしなかった。だったら僕だけでも、と受けた次第だよ」
俺がサミュエルに『戦士』にならないかと持ち掛けた後、彼はこのようなことを言っていた。
守ってみたいのだ。壊し奪う為ではない、何かを守る為に戦ってみたいのだ。さながら天使のように、はにかんで、そう呟いた。
サミュエルが俺の話に乗った理由は、単なる興味かもしれない。だがアランを諭すその言葉に偽りはなかった。どちらも少年の本心なのだろう。きっとそうに違いない。
「これでもおっさんは、まだ反対する?」
「……本当は嫌だけど、とかは――」
「ないよ」
あっけらかんとして言ってみせるサミュエル。それを聞き届けたアランは、大きく脱力するなり床へへたり込んだ。
「一人で興奮して阿呆みたいじゃねぇか」
「いえいえ、アランさんの本心を聞けて嬉しかったです。ありがとうございます」
だが俺は忘れかけていた。少年達は試用期間である。再度キャラバンが訪れた時には、俺は答えを出さねばならない。
その前提はありこそすれ、今の俺は彼等ありきで計画を立てている。俺の心は決まりつつあった。村人達も受け入れつつある。回答はもう決まっているようなものだった。
「……それから、話しは変わりますが、より皆さんに交流してもらう為にも、明日は仮倉庫を建設したいと思います」
「仮なの?」
イアンが口を開く。その顔は、これまでの緊迫が全て吹っ飛ぶ程、キラキラとしていた。
「家型の倉庫を作るには資材が集まっていませんし、どうせ作るなら石製とか……頑丈にしたいということもあります。それなので、今回は応急処置ということで仮の倉庫を作る予定です」
「石製ということは、わたくしの出番ね!」
ルシンダは胸を張る。ようやく『石工師』として本領を発揮できる――それが嬉しいのだろう。
『木工師』クローイは落胆した様子ではあったが、何も仕事がなくなるという訳ではない。木工も俺達の拠点を築く上で必須である。
「明日設計図をお見せしますので、楽しみにしていてください」
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