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4章 人民よ、健やかに
30話 煮るなり焼くなり
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「本日、彼等の役職を決定しました。『罠師』と『戦士』です」
七日目の夜、ナビ子が療養する女子部屋における定例会議は、絶句を以って始まった。
想定内の反応である。その印象は、イアンやサミュエルも抱いていたようだった。二人は顔を合わせ、居づらそうに肩を寄せている。
「イアン君には『罠師』として食糧の供給を、サミュエル君には『戦士』として村の防衛を担当してもらうつもりです」
「ふーん、まあ、いいんじゃない?」
ルシンダが腕を組みながら応じる。
「『罠師』ということは、今後は肉が食べられるようになるのかしら? それとも魚?」
「川や湖まで一人で向かわせるのは危険なので、しばらくは動物の肉になるかと」
「折角なら魚がよかったわ」
文句を口にするルシンダだったが、その声色は上機嫌だった。これまでの、キノコやニンジンに頼り切りの食生活から抜け出せるのだ。
動物性の食事がメニューに加わるだけで、開拓に対する心持ちも大分変わって来るだろう。
「お肉が取れるようになるなら、《乾燥台》……干し肉を作る台も揃えますか?」
おずおずと手を挙げたクローイ。その提案を聞き入れるついでに、俺は昼間の会話を思い出す。
「そうですね。それから、《なめし台》でしたっけ。毛皮を作るやつ。それも、時間がある時に作っておいてください」
「わ、分かりました」
クローイは端材にメモを書き付けていく。
一瞬の沈黙の後、視線がアランに注がれる。
会議が始まってこの方、彼は黙りこくっていた。少年を『戦士』に任命することを拒んでいた彼だ、マシンガンの如き文句を期待していたのだが、彼は顔を伏せたまま拳を握り固める。それが妙に不気味である。
「……もしも彼等が村人を傷付けるようなことがあったら、俺を害してもらって構いません。煮るなる焼くなり、殺すなり、好きにしてください。『村長』の権利を返納する覚悟です。――ナビ子さん。そういう設定、出来ましたよね?」
「え、あ――」
珍しくナビ子は言葉に詰まる。
俺は見てしまった。『Gate of World』攻略Wikiを。その一項目を。それは「村長」を「村人」として扱わない設定――セーフティの存在だった。
本来であれば、セーフティはシングルプレイ専用のサーバーにおいて適用される。一方俺のいるサーバー、つまりMMOサーバーでは、それらはオフになっている筈だ。
その結果、村長は村人として扱われ、空腹や体力ゲージなどといった、各種パラメータが設定されるようになる。また、村人に許された数々の行動が可能になる。
先程ナビ子に要求した暴力権――俺に対する暴力も、その一つだ。
初期設定から、多くの項目が変更されている。俺は何も弄っていないのに。メタフィクションの存在に干渉し得る何者かが、設定に手を加えている。
その真意は不明だが、攻略Wikiのどの記述を見ても、そうとしか判断できなかった。
「何か……バグか何かで、変更されてしまったと思うんです。元々オフになっていた機能みたいですし、戻してもらえませんかね? 何でしたっけ、暴力行為がどうのって項目を……」
「それは推奨されません。村長さんに万一があれば、村の衰亡は免れません。村長さんが許可しても……」
「お願いします」
ナビ子は迷っていた。戸惑いの揺らぐ瞳を縋るように注ぎ、撤回を求めている。
「……村長に対する暴力行為の制限をオフにしました」
その瞬間、大きな拳が飛んで来る。衝撃は左から右へ流れ、俺の身体はどうと後ろに倒れ伏した。
訳が分からない。混乱の中頭を上げると、拳を振り被ったまま息を荒げるアランがいた。
「お前……ッ、オレが言ったこと忘れたのか!」
彼の顔は鬼そのものだった。チカチカと星の散る視界。懸命に意識を掻き集めるが、胸倉を掴むその手は容赦なく俺を揺らす。
「言った筈だ、『戦士』にはするなと。なあ、考えてくれなかったのか? その意味」
「か、考えましたよ……」
「で?」
「信用できないから、剣を、持たせたくない――」
「――ッ、この……!」
再び掲げられた拳に、クローイが取り付く。ルシンダはアランの手から俺を引き剥がし、容赦なく患部を触った。
「貴方ねぇ、いくら解禁が嬉しいからって張り切りすぎよ」
「うるせぇ! 引っ込んでろ!」
語気を荒げたアランは、今再び掴み掛からんばかりに牙を剥く。だがルシンダとて、それを無視できる程平和主義ではなかった。
「何よ、カッカして。嫌な男ね。殴る前に話しなさいよ、言葉があるんだから」
「年上ってだけで説教かよ」
「はー!? 今それ関係ないでしょ! 頭《あったま》きた、表出なさい。キン○マ踏み潰してやるわ!」
「望むところだ、やってみろオラァ!」
今にも殴り合いを始めそうな二人。その仲裁に入るクローイは、すっかり当惑していた。
「る、ルシンダちゃん、話しこんがらがるから……」
「いいこと、クローイ。女には戦わなくちゃいけない時があるの。それが今よ!」
「多分アランさんは、ルシンダちゃんを馬鹿にした訳じゃないと思うよ……?」
「あら、そうなの?」
「そうだよ! きっと、自分より長く生きていて経験豊富で、そんなルシンダちゃんに嫉妬したんだよ」
なるほど、とルシンダは素直にも腕を組む。対するクローイはアランの方を窺って、ポクパクと口を動かした。ごめんなさい――そう言っているようだ。
烈火とした怒気は次第に鳴りを潜める。アランは憤懣やるかたないといった様子で、一つ舌を打つ。
「サミュエルを『戦士』にするくらいなら、オレがなる」
七日目の夜、ナビ子が療養する女子部屋における定例会議は、絶句を以って始まった。
想定内の反応である。その印象は、イアンやサミュエルも抱いていたようだった。二人は顔を合わせ、居づらそうに肩を寄せている。
「イアン君には『罠師』として食糧の供給を、サミュエル君には『戦士』として村の防衛を担当してもらうつもりです」
「ふーん、まあ、いいんじゃない?」
ルシンダが腕を組みながら応じる。
「『罠師』ということは、今後は肉が食べられるようになるのかしら? それとも魚?」
「川や湖まで一人で向かわせるのは危険なので、しばらくは動物の肉になるかと」
「折角なら魚がよかったわ」
文句を口にするルシンダだったが、その声色は上機嫌だった。これまでの、キノコやニンジンに頼り切りの食生活から抜け出せるのだ。
動物性の食事がメニューに加わるだけで、開拓に対する心持ちも大分変わって来るだろう。
「お肉が取れるようになるなら、《乾燥台》……干し肉を作る台も揃えますか?」
おずおずと手を挙げたクローイ。その提案を聞き入れるついでに、俺は昼間の会話を思い出す。
「そうですね。それから、《なめし台》でしたっけ。毛皮を作るやつ。それも、時間がある時に作っておいてください」
「わ、分かりました」
クローイは端材にメモを書き付けていく。
一瞬の沈黙の後、視線がアランに注がれる。
会議が始まってこの方、彼は黙りこくっていた。少年を『戦士』に任命することを拒んでいた彼だ、マシンガンの如き文句を期待していたのだが、彼は顔を伏せたまま拳を握り固める。それが妙に不気味である。
「……もしも彼等が村人を傷付けるようなことがあったら、俺を害してもらって構いません。煮るなる焼くなり、殺すなり、好きにしてください。『村長』の権利を返納する覚悟です。――ナビ子さん。そういう設定、出来ましたよね?」
「え、あ――」
珍しくナビ子は言葉に詰まる。
俺は見てしまった。『Gate of World』攻略Wikiを。その一項目を。それは「村長」を「村人」として扱わない設定――セーフティの存在だった。
本来であれば、セーフティはシングルプレイ専用のサーバーにおいて適用される。一方俺のいるサーバー、つまりMMOサーバーでは、それらはオフになっている筈だ。
その結果、村長は村人として扱われ、空腹や体力ゲージなどといった、各種パラメータが設定されるようになる。また、村人に許された数々の行動が可能になる。
先程ナビ子に要求した暴力権――俺に対する暴力も、その一つだ。
初期設定から、多くの項目が変更されている。俺は何も弄っていないのに。メタフィクションの存在に干渉し得る何者かが、設定に手を加えている。
その真意は不明だが、攻略Wikiのどの記述を見ても、そうとしか判断できなかった。
「何か……バグか何かで、変更されてしまったと思うんです。元々オフになっていた機能みたいですし、戻してもらえませんかね? 何でしたっけ、暴力行為がどうのって項目を……」
「それは推奨されません。村長さんに万一があれば、村の衰亡は免れません。村長さんが許可しても……」
「お願いします」
ナビ子は迷っていた。戸惑いの揺らぐ瞳を縋るように注ぎ、撤回を求めている。
「……村長に対する暴力行為の制限をオフにしました」
その瞬間、大きな拳が飛んで来る。衝撃は左から右へ流れ、俺の身体はどうと後ろに倒れ伏した。
訳が分からない。混乱の中頭を上げると、拳を振り被ったまま息を荒げるアランがいた。
「お前……ッ、オレが言ったこと忘れたのか!」
彼の顔は鬼そのものだった。チカチカと星の散る視界。懸命に意識を掻き集めるが、胸倉を掴むその手は容赦なく俺を揺らす。
「言った筈だ、『戦士』にはするなと。なあ、考えてくれなかったのか? その意味」
「か、考えましたよ……」
「で?」
「信用できないから、剣を、持たせたくない――」
「――ッ、この……!」
再び掲げられた拳に、クローイが取り付く。ルシンダはアランの手から俺を引き剥がし、容赦なく患部を触った。
「貴方ねぇ、いくら解禁が嬉しいからって張り切りすぎよ」
「うるせぇ! 引っ込んでろ!」
語気を荒げたアランは、今再び掴み掛からんばかりに牙を剥く。だがルシンダとて、それを無視できる程平和主義ではなかった。
「何よ、カッカして。嫌な男ね。殴る前に話しなさいよ、言葉があるんだから」
「年上ってだけで説教かよ」
「はー!? 今それ関係ないでしょ! 頭《あったま》きた、表出なさい。キン○マ踏み潰してやるわ!」
「望むところだ、やってみろオラァ!」
今にも殴り合いを始めそうな二人。その仲裁に入るクローイは、すっかり当惑していた。
「る、ルシンダちゃん、話しこんがらがるから……」
「いいこと、クローイ。女には戦わなくちゃいけない時があるの。それが今よ!」
「多分アランさんは、ルシンダちゃんを馬鹿にした訳じゃないと思うよ……?」
「あら、そうなの?」
「そうだよ! きっと、自分より長く生きていて経験豊富で、そんなルシンダちゃんに嫉妬したんだよ」
なるほど、とルシンダは素直にも腕を組む。対するクローイはアランの方を窺って、ポクパクと口を動かした。ごめんなさい――そう言っているようだ。
烈火とした怒気は次第に鳴りを潜める。アランは憤懣やるかたないといった様子で、一つ舌を打つ。
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