Gate of World―開拓地物語―

三浦常春

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4章 人民よ、健やかに

29話 今再び猫に爪を

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 食糧集めと仮倉庫作り。それが、現在の指針である。

 どちらを優先するか、それは迷い所ではあるが、人口が増えたお蔭で手分けも可能になった。とは言え、早速建築を始めようにも、設計図が完成していないのも事実である。

 一先ずは食糧と資材――先の男子部屋建造によって消費した《木材》に加え、採用を視野に入れている石系ブロックの材料も収集する必要がある。

 仮倉庫は「仮」と冠するだけあって、柱に屋根を取り付けるだけの簡素な物である。村人が収集に出掛けている間に、設計図を完成させることにした。

 建設予定地は男子部屋のすぐ隣。畑に面した、七メートル四方の空間である。

 今でもそこは、資材置き場として機能している。活動の中心地というだけあって、人の出入りはかなり多い。

 村人による伐採作業や《石材》の採掘、その傍ら食糧の調達が絶え間なく続いている為か、空間には資材が山を成していた。

 その間に座り込む姿が見えた。この村では珍しい、色素の薄い髪――サミュエルである。

 これはチャンスなのでは。俺は息を詰まらせた。だが話し掛けようにも、話題がない。無難に天気の話題か、その前に体調を気遣うべきか。

 バインダーに視線を落としたり、余所を向いたりと、暇を誤魔化していると、ふいに視線がこちらを捉えた。
 猫のようだ。俺は深く深く悩んだ後、ようやく口を開いた。

「あの」

「あのさ」

 慌てて唇を引き結ぶ。するとサミュエルもまた、キュッと黙り込んでしまった。

「えっと……先どうぞ」

「……いや、そっちが」

 沈黙が降りる。長らく重苦しい空気が続いたが、やがてサミュエルが、溜息と共に肩を降ろした。

「イアンが『罠師』になったって自慢してたけど、本当?」

「え、ええ。つい先程。承諾して頂きました」

「ふーん」

 度重なる静寂に、俺は転げ回りたくなった。相性が悪いのか、それとも恐れているのか。俺の中で、何かが足踏みをしていた。

「……ここ、《なめし台》とか置いてないみたいだけど、加工はどうするつもり」

「《なめし台》? ええと……『罠師』に必要ですか?」

「《毛皮》が欲しいならね」

 毛皮と言えば、現在寝台として活躍する《ワラ敷きベッド》の上級品、《毛皮のベッド》の材料となる。慰労の意でも、是非とも揃えたい品物だ。

「で、アンタの用は?」

 不意に掛けられたその言葉に、俺の背が強張る。

「あ、ああ……えっと、不自由はありませんか?」

「はあ? 別に……」

 イアンは呆気に取られた様子だった。まさかこのような話題を振られるとは、夢にも思わなかったのだろう。俺も予想外である。

「そ、それならよかったです。よかった。……あ、いやいや、そうじゃなくてですね」

「何」

「その――ですね。役職の話なんですけど」

 現在俺達に必要な役職は三つである。一つ目に、村の防衛を行う『戦士』。もう一つに、薬草を扱い、加工や傷の治癒を行う『薬草師』。そしてレシピや、育成作物の解放に必須な研究を担う『学者』。

 『薬草師』と『学者』は、植林を行う為に最低限必要な役職である。だが森林は、今のところ、そう遠くない距離に位置しており、優先順位は高くない。

 しかし、かと言って、消去法の下サミュエルを『戦士』に任命するというのも、問題があるのである。

 ――奴等は『戦士』にしないでくれ。

 憂慮するアランの声が、どうしても耳から離れなかったのだ。

 サミュエルは元襲撃者である。今ではすっかり村の一員となっているが、アランを始めとした入植者からの評価はマイナスを出発点としている。余程の信頼を得ない限り、少年達に「殺傷能力を持つ道具」を持たせたいとは思わないだろう。

 俺もその意見には賛成だった。と言うよりも、流されざるを得ない状況であった。

 開拓においては、何よりも村人の士気と信頼が重要となる。それを勝ち取ることが出来なければ、潤滑とした運営は望めない。しかし――。

「役職って……何かに就かせる訳? 敵に?」

「無職の人を養う余裕はありませんから」

 もっと発展し、職業が揃った後に彼等が加入していたならば、対応は大きく変わっていただろう。少なくとも、無職を寛容するくらいには。

「それに、今は仲間です。……貴方と出会って二日。俺は、サミュエル君とイアン君をずっと見て来ました。とても真面目で、でも子供らしい面もあって……貴方達が村の一員となってくれたことで、この村もより発展できたと思います」

「……何、急に。気持ち悪い。それが何の関係が?」

「サミュエル君とイアン君には、ずっとここで、平和に暮らしてもらいたいと思っています。しかし、貴方達が身を以って証明してくれたように、外には敵が存在します。だから俺達は早急に――ルールの加護が及ぶ間に、敵を迎え撃つだけの力を蓄えないといけない。この村を、みんなを守る為に」

 サミュエルは俺が言わんとしている事を察したようだった。軽蔑の視線が、一層深みを増す。

「まあ、妥当な判断か」

「他の人が戦闘職に就くまでの間だけでいいんです。でもその間に、同胞と戦うことになるかもしれません。それでも引き受けて頂けますか?」
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