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3章 村人は単なるNPCに過ぎないのか?

24話 煮崩れによる腹探り

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 六日目の朝を迎えた俺は、二つの食事を手に襲撃者の元を訪れた。

 彼等は資材置き場、最も人目に付く位置に座らされている。その近くには、マルケン巡査部長率いるキャラバン隊の一人、シリルと名乗る男が、例の如く腕を組んで立っていた。

 一晩中見張っていたのだろうか、時折組み替える足が、どこか怠そうだった。

「おはようございます」

 そう声を掛けると、男は軽い会釈の後、視線を逸らす。

 これまでに見てきた村人の誰よりも無愛想である。シャイなのだろうか。それを横目に、身を寄せ合う少年の前に腰を降ろした。

「……なんだよ」

 隻眼の少年が、そう牙を剥く。彼の目元には、薄い隈が刻まれている。十分な睡眠を取っていないのだろう。敵陣営のど真ん中に囚われていれば、それも仕方ない。

「捕虜って飯を食わせて貰えるって聞いたんだけど、ここは違うの?」

 両目揃った少年が、人懐っこく問うてくる。だが絆されてはならない。

 試用期間。しかしそうと気付かれないように。マルケン巡査部長は口を酸っぱくして言っていた。

 自分達は試されてるに過ぎないのだと知れば、本来の少年達を見ることが出来ないかもしれない。心を開かないかもしれない。

 素直でいることはデメリットが多すぎる。少なくとも今回に限っては。

 これには俺も同意せざるを得なかった。後ろめたさは残るものの、村を守る為にも鬼になる必要がある。

「ご飯なら――はい、どうぞ。シチューですよ」

 そう差し出すと、両目の少年はパッと表情を明るくした。だが自分の状態を確認すると、もどかしげに身体を揺する。

 彼等の腕は背中側で纏められている。これでは啜る以外に食事が出来ない。

 俺はシリルをちらりと見遣る。彼は億劫そうに肩を落とすと、少年達の腕を解放した。

 その途端、両目の少年は器を掴み、き込み始めた。余程空腹だったらしい。旨い旨いとスプーンを動かすその様には、襲撃者の欠片もない。純真なる子供だった。

 一方、隻眼の少年はというと、口を付けようとしなかった。頬を膨らませ、時折傍らの少年を見てはシチューに視線を落とす。

 彼は捕縛されてから、一度たりとも食事を摂っていないという。たった一晩を経ただけとはいえ空腹であろう。

「どうしました?」

 少年は応じない。だがちらりと、物言いたげに俺を見上げる。

「別のに変えましょうか」

「…………」

「もしかして、毒? それを心配してますか? 入ってませんよ、そんなの。食べてみましょうか?」

「……いい」

 少年は手を伸ばす。じっと、長らくシチューを眺めていた。やがて意を決したのか、そっと口に含んだ。

 表情が和らぐ。だがそれをすぐに引き締めると、黙々とシチューを運び始めた。

「これ、俺の村で作った《ニンジン》も入ってるんですよ」

「えっ、嘘。あんなのが!?」

 そんな物見当たらなかったと言わんばかりに、両目の少年はシチューを掻き混ぜる。

 白濁の中に角の溶けた赤色を見つけると、雛鳥のように小首を傾げた。

「これ?」

「そうですよ」

 はふ、と口に含む。怪訝な顔は変わりなく、それどころか一層深めて、

「……これ、《ニンジン》じゃないでしょ」

「《ニンジン》ですよ」

「だって《ニンジン》、こんなに柔らかくないもん」

「煮ると柔らかくなるんですよ」

 そう伝えるも、やはり実感は湧かないようだ。不思議そうな顔をそのままに、食事を進める。

 悪意の全てを削がれたかのようだ。捕縛したばかりの頃とはまるで別人である。

「お二人に提案なんですけど」

 俺はようやく本題に踏み出す。

「よかったら、俺の村で生活しませんか?」

「いいよー」

 応じるのは両目揃った少年だ。それはニッと口角を持ち上げて、屈託のない笑みを浮かべる。

「サミューもいいって」

「おい!」

 声を荒らげる隻眼の一方、少年はどこ吹く風だ。すっかり余所を向いて、口笛でも吹き出さんばかりの様子である。

 余程、気心の知れた仲なのであろう。片割れだけでなく二人同時に勧誘できてよかった。

 しみじみと小さな奇跡を反芻していると、少年がずいと身体を傾ける。

「おれ、動物がどうのって仕事をやってみたかったんだ。あと、ああいう家も作ってみたい。ここにいたら出来る?」

「動物の件は、他の役職との関係もありますので保障は出来ませんが、家を作るのは出来ますよ」

 近いうちにもう一軒建てる予定なんです。そう言うと、少年はぐっと拳を作って、

「よっしゃ、なら決まりだ! おれはイアン。こっちはサミュエル。よろしくな!」

「こちらこそ、よろしくお願いします」

 すっかり置いてけぼりの隻眼は、一人頬を膨らませていた。だがその様子を見る限り、心の底から厭《いと》うてはいないようだ。

「……ていうか、どうしたらいいんだ、これ。えっと、ナビ子さん――」

 ツインテールを探そうとしたところで、俺は思い出した。ナビ子は小屋の中で療養しているのである。例のバインダーを持って俺の前に現れることなどない。

 一先ず加入が決まったのだからと、俺はシリルに問う。

「縄、全部外してあげてもいいですか?」

「……サインしてから」

 ぼそりと聞こえたその声は、警戒を怠っていなかった。

 言葉はいくらでも取り繕える。明確な書名を以って縛らなければ安心は出来ない。彼の目はそう語っていた。

「すぐに戻って来ますので、もう少しそのままでお願いします」
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