Gate of World―開拓地物語―

三浦常春

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1章 手探り村長、産声を上げる

6話 村長の権利

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 クローイは丁寧に寸法を計ると、材木を切り分けていく。その手付きは設計図が身体に組み込まれているかのように的確で、滞り一つなかった。これまでに見てきた気弱と称すに相応しい少女はすっかり鳴りを潜め、職人然とした凛々しい横顔を見せている。

 勇ましいクローイを眺めていたかったが、ゆっくりとしていられないのも事実だ。

「暗くなってきたな」

 未だ芽を出さない畑の傍に屈み込みながら、アランが呟く。

 太陽が沈めば辺りは暗くなる。これは、この世界においても常識である。視界が奪われれば、忍び寄る危険に気付かないかもしれないし、何よりもクローイの作業が進まない。俺は少し考えた後、

「よし、焚き火をしよう」

「よい案だと思います!」

 ナビ子がぴょこんと跳ねる。

「《焚き火》があれば簡単な調理が出来ますし、何よりも明るさが確保されます。また、この世界には獰猛な獣達が潜んでいます。明かりは極力絶やさずにいましょう」

「本当に何かいるのか、この世界」

 役職に『戦士』――戦闘職が用意されていることから、脅威となる存在を予感していた。

 理想は日のある内にシェルター等の宿を確保することだったが、だだっ広い草原ではそれも困難である。今から作ろうにも、完成する頃には薄明を迎えるだろう。武器も、武器になるような物も持たない丸腰の俺達は、獣からすれば格好の餌食だ。

 開拓初夜にモンスターに襲われてゲームオーバーとならないよう、俺は急いで焚き火の準備を始めようとした。

「――あれ」

 《木材》が手からすり抜ける。触ってる筈なのに、なぜか掴めない。俺の手が、あるいは《木材》が突然質量を失ったかのように、指の隙間を通り過ぎて行く。

 何度試しても、接触箇所を移しても結果は同じだった。まさかバグでも起きたか。首の後ろを、ひやりとした寒気が伝った。

。私が言ったこと、お忘れですか?」

 黄昏の地上にナビ子が立っている。その全貌は影になりつつあるが、少なくとも、溌剌とした笑みを浮かべていないことは確かだった。

「あなたは村人の活動を手伝うことは出来ない。そういう仕様なのです。あなたに出来ることは、会話と指示だけ。それが村長であり、プレイヤーであるあなたに授与された、数少ない権限なのです」

「こういう意味だったのか……」

 何度挑戦しても手にすることのできない《木材》。接触が不可能であるから手伝うこともできない。感覚を得る権利すら剥奪された自分の手を、俺はじっと見つめていた。

「アラン様、《焚き火》の準備をお願いします」

「お、おう」

 俺に代わってナビ子が指示を飛ばす。戸惑いつつもアランは指示に従い、事前に集めておいた《木材》を重ねていく。

 焚き火と名が付いているのだから、火を焚かなければ意味がない。俺達はどこからか火を調達する必要があるのだが、一見彼等はマッチ等を持っている様子はなかった。

 木と木を擦り合わせて火を起こす――などと原始的な動きが見られるかと思いきや、どういう訳か、フッと組み上がった木々の上に熱い芽が顔を出した。まるで魔法のように。

 暗くなりゆく世界を淡い光が照らす。広々とした草原のど真ん中、俺達は唯一の明かりを囲む。

 辺りに降りた黒幕が今にも掴み掛かって来そうだ。ぶるりと身体を震わせた俺を見かねてか、ナビ子が一つ手を叩く。

「折角ですし、《キノコ群》から採れた新鮮なキノコを食べましょう! 今日はキノコパーティーですよ~!」

 先程までの剣呑とした気配はすっ飛び、ナビ子は笑顔を作る。そうかと思えば昼間集めたばかりのキノコを手にして、

「どれにします?」

 彼女の手には数個のキノコ――茶色と赤、さらには青、形状様々なキノコが揃えられている。その様子を覗き込んだアランは顎を摩る。

「いや、これ……選ぶの、一つしかねぇだろ」

 ひょいとアランは青色のキノコを手に取る。俺は思わず慄いた。なんて毒々しい。本当にそれを食すつもりなのか。確実に腹を下す色である。

「なんだぁ、村長さん。怪訝そうだな?」

「そりゃそうですよ。そんな色……」

「食ってみるか? 旨いぞ~、これ」

 ケラケラと笑いながら、アランは串状の枝にキノコを刺していく。青一色、計三個のキノコが胡散臭さと共に焚き火へと掲げられた。その瞬間火が弾け、待っていましたと言わんばかりに食指を伸ばす。

「あの……俺もこれ、食べられる奴ですか?」

「いえ、不可能です。先程も申しました通り、村長さんが出来るのは、指示と会話だけです」

「寂しいなぁ」

 同じ火を囲んでいながら、そこで調理された食物を口に入れることは出来ない。食事の喜びを村人と分かち合うことは不可能である。仕方ないと理解しているが、どうしても疎外感を感じ得ない。

「てことは、俺、飢え死にしない?」

「そうですね。私含め、住民の全てが死亡しても、あなただけは生き残る手筈となっています」

 当然であろう。俺はあくまでプレイヤー。ゲーム世界でどれだけ傷付こうと、飢えて土を食らおうと死にはしない。この世界に住まう彼等とは違うのだ。その線引きがはっきりと成されたようで、俺の胸中に軽い穴が空いた。

「それなら尚更、みんなが生活出来る基盤を作らないと」

「ですね。明日からまた頑張りましょう!」

 ナビ子はぐっと拳を突き上げる。それに釣られて俺も手を持ち上げた。

 とばりは次第に厚く、より鬱蒼と横たわる。あまりにも静かな空間には、火の破裂と工具の音だけが響いていた。

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