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1章 手探り村長、産声を上げる
2話 ニート襲来
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他愛ない会話に興じていると、遠くから馬車がやって来た。いや、馬車と呼ぶには少々みすぼらしい。馬車は馬車でも、対人に特化した物ではなく、荷を運ぶ為に形成された車――帆馬車とするのが最適であろう。
舗装されていない道を、車輪が無理矢理突き進む。車体はこれでもかと揺れ、さながら地震体験装置に乗せられた水入りコップのようだった。
「一人目の住民がいらっしゃったようですよ!」
俺達の前で帆馬車は止まる。馬は嘶き、大層な身なりの御者がそれを宥める。
完全に停止した車だったが、いつまで経っても、その荷台から入植者が降りて来ることはなかった。
まさか落としたのではなかろうか。そんな予感すら芽生え始めた頃、ようやく帆の中から声が聞こえた。
「助けてくれ……」
無骨の手が荷台の淵を掴む。ぬっと這うように現れたのは血の気の失せた顔だった。
その男は荷台から顔を出すなり、胃の中の物を吐き出した。モザイクこそ掛かって見えるものの、流石に目の前で嘔吐されると気分が悪い。俺は情けないことに、ナビ子に助けを求めることしか出来なかった。
「いらっしゃいませ、アラン様。ようこそ、新しい地へ! 住民一同、歓迎致します!」
あからさまな定型文を口にして、ナビ子は腰を折る。対する男――アランは口元を拭って、「おう」と手を挙げる。その声は掠れ、今にも息絶えてしまいそうだった。
「さあ、ポリプロピレンニキ様。早速この方に仕事を与えましょう。まずは《木材》の入手など、いかがでしょう?」
「おいおい、まっ……うぷ……待てよ。書類、見たろ?」
生まれたての小鹿のような足取りで、アランはようやく地面を踏み付けた。背丈は俺よりも高い。百八十センチメートルはあるかもしれない。軽くウェーブの掛かった茶髪を後頭部に纏め、その下では虚ろな垂れ目が瞬いている。
鍛冶でも任せたら似合いそうだ。空想を巡らせる俺を嘲笑うかの如く、その男は、
「『ニート』志望なんで。よろしく」
そんなことを言い放った。
「ニート?」
「『ニート』とは、資材集めにも内政にも参加しない役職のことです」
「役職なんですか、それ」
最も働かなくてはならない初めての入植者がこれか。俺は「やり直し」を視野に入れた。
「でもでも! でもですね、ポリプロピレンニキ様!」
まるで思考を読んだかのように、ナビ子は俺の前で手を振る。
「『ニート』を志望していても、他の職に就かせることは出来ますし、それに『ニート』の上級職には有益なものもあってですね! 晩成型の職業になっていて……だから、絶望するにはまだ早いですよ!」
「うん、そうだよな……そうだよな。よし、分かった」
そう頷くと、近くから抗議の声が上がる。余程働きたくないらしい。アランは俺の肩を掴んで、大きく揺らした。
「勘弁してくれよ! 働きたくないんだって!」
「そんなこと言われても……このままじゃ餓死するらしいですし」
「お前がやりゃァいいじゃん!」
「俺もやりますから。そもそも、どうしてここに志願したんです? ゲーム発売からしばらく経ってますし、もっと発展した村とか他にあった筈ですけど」
少々メタい発言だったか。若干後悔しつつ男の回答を待っていると、彼は顔を歪めた後、どしりと座り込んだ。
「とにかく! オレは働かねぇからな! 歩けなくなるくらい脛齧りまくってやる!」
「ナビ子さん。彼、何の役職に就けますか?」
「聞け!」
いつの間にやら、彼を運んで来た馬車は消えていた。問答の最中に、あるべき場所に帰ったのかもしれない。
これでアランは、実家へ戻る為には歩くしかなくなった訳だ。それは逃走防止に繋がると同時に、口説き落とせなければ枷を背負うという危険も孕んでいる。
開拓初日の村に送り込むべき人材ではない。俺は運営の采配を疑わざるを得なかった。
「アラン様は現在、『農民』『戦士』『石工師』『木工師』『ニート』のいずれかの職業に就くことが出来ます。こちらの《スターターパック》に転職に必要なアイテムが揃っているので、御活用ください」
俺の手に大きな麻袋が渡る。中にはハンマーやミノ、クワ、木刀。さらに、「こむぎ」や「ニンジン」と書かれた小袋まで入っている。
「シミュレーションゲーム」と謳われるだけあって、種やツール素材を自力で集めるような「サバイバル感」は少なく設定してあるようだ。少なくとも序盤においては。
「『戦士』はまだ必要ないし、『ニート』は論外」
「えっ、論外なんですか?」
「初見で冒険したくないですし。『石工師』……石もまだ扱う予定はないし、『農民』か『木工師』のどっちかかなぁ。この二つはどういう役職なんですか?」
「『農民』は畑を耕し、作物を育て、食糧を生産します。『木工師』は《木材》を加工して、家具や一部の転職アイテムを作成することが出来ます」
『木工師』は捨て難い職業だ。今後家や施設の建築を行うとなると、《木材》の加工も必要になってくるだろう。しかし今は採用するべき時ではない。何せ加工する為の《木材》がなく、仕事にならないのだから。
「じゃあ『農民』かな。とにかく今は基盤を整えないと」
「よい判断だと思います。では、こちらで手続きを」
結構面倒臭いな。「転職」ボタン一つで済むとばかり思い込んでいたが、実際はサインまで必要とするらしい。俺はナビ子からバインダーを受け取って、書類に文字を書き加えた。
以下の者を『農民』とする。
アラン
――承認、ポリプロピレンニキ
「はいっ、おめでとうございます! これでアラン様は、晴れて『農民』となりました!」
「はあっ!? おい、ふざけんな!」
すっかり回復したアランが掴み掛かって来る。余程働きたくないのだろう。しかしよく考えてみれば、まさか開拓すら始まっていない植民地に送られるとは、彼とて想定外であったろう。彼もまた被害者なのかもしれない。人が増えたら、彼の願望を叶えてやろう。
密かに決めつつ男を宥めていると、ナビ子が一つ手を叩いた。まだチュートリアルは終わらない。
「では、村長さん! 早速アラン様に畑を耕してもらいましょう!」
「嫌だぁああああああ!!」
入植者番号一
名前・アラン
性別・男
希望役職・ニート
特性・世話焼き
舗装されていない道を、車輪が無理矢理突き進む。車体はこれでもかと揺れ、さながら地震体験装置に乗せられた水入りコップのようだった。
「一人目の住民がいらっしゃったようですよ!」
俺達の前で帆馬車は止まる。馬は嘶き、大層な身なりの御者がそれを宥める。
完全に停止した車だったが、いつまで経っても、その荷台から入植者が降りて来ることはなかった。
まさか落としたのではなかろうか。そんな予感すら芽生え始めた頃、ようやく帆の中から声が聞こえた。
「助けてくれ……」
無骨の手が荷台の淵を掴む。ぬっと這うように現れたのは血の気の失せた顔だった。
その男は荷台から顔を出すなり、胃の中の物を吐き出した。モザイクこそ掛かって見えるものの、流石に目の前で嘔吐されると気分が悪い。俺は情けないことに、ナビ子に助けを求めることしか出来なかった。
「いらっしゃいませ、アラン様。ようこそ、新しい地へ! 住民一同、歓迎致します!」
あからさまな定型文を口にして、ナビ子は腰を折る。対する男――アランは口元を拭って、「おう」と手を挙げる。その声は掠れ、今にも息絶えてしまいそうだった。
「さあ、ポリプロピレンニキ様。早速この方に仕事を与えましょう。まずは《木材》の入手など、いかがでしょう?」
「おいおい、まっ……うぷ……待てよ。書類、見たろ?」
生まれたての小鹿のような足取りで、アランはようやく地面を踏み付けた。背丈は俺よりも高い。百八十センチメートルはあるかもしれない。軽くウェーブの掛かった茶髪を後頭部に纏め、その下では虚ろな垂れ目が瞬いている。
鍛冶でも任せたら似合いそうだ。空想を巡らせる俺を嘲笑うかの如く、その男は、
「『ニート』志望なんで。よろしく」
そんなことを言い放った。
「ニート?」
「『ニート』とは、資材集めにも内政にも参加しない役職のことです」
「役職なんですか、それ」
最も働かなくてはならない初めての入植者がこれか。俺は「やり直し」を視野に入れた。
「でもでも! でもですね、ポリプロピレンニキ様!」
まるで思考を読んだかのように、ナビ子は俺の前で手を振る。
「『ニート』を志望していても、他の職に就かせることは出来ますし、それに『ニート』の上級職には有益なものもあってですね! 晩成型の職業になっていて……だから、絶望するにはまだ早いですよ!」
「うん、そうだよな……そうだよな。よし、分かった」
そう頷くと、近くから抗議の声が上がる。余程働きたくないらしい。アランは俺の肩を掴んで、大きく揺らした。
「勘弁してくれよ! 働きたくないんだって!」
「そんなこと言われても……このままじゃ餓死するらしいですし」
「お前がやりゃァいいじゃん!」
「俺もやりますから。そもそも、どうしてここに志願したんです? ゲーム発売からしばらく経ってますし、もっと発展した村とか他にあった筈ですけど」
少々メタい発言だったか。若干後悔しつつ男の回答を待っていると、彼は顔を歪めた後、どしりと座り込んだ。
「とにかく! オレは働かねぇからな! 歩けなくなるくらい脛齧りまくってやる!」
「ナビ子さん。彼、何の役職に就けますか?」
「聞け!」
いつの間にやら、彼を運んで来た馬車は消えていた。問答の最中に、あるべき場所に帰ったのかもしれない。
これでアランは、実家へ戻る為には歩くしかなくなった訳だ。それは逃走防止に繋がると同時に、口説き落とせなければ枷を背負うという危険も孕んでいる。
開拓初日の村に送り込むべき人材ではない。俺は運営の采配を疑わざるを得なかった。
「アラン様は現在、『農民』『戦士』『石工師』『木工師』『ニート』のいずれかの職業に就くことが出来ます。こちらの《スターターパック》に転職に必要なアイテムが揃っているので、御活用ください」
俺の手に大きな麻袋が渡る。中にはハンマーやミノ、クワ、木刀。さらに、「こむぎ」や「ニンジン」と書かれた小袋まで入っている。
「シミュレーションゲーム」と謳われるだけあって、種やツール素材を自力で集めるような「サバイバル感」は少なく設定してあるようだ。少なくとも序盤においては。
「『戦士』はまだ必要ないし、『ニート』は論外」
「えっ、論外なんですか?」
「初見で冒険したくないですし。『石工師』……石もまだ扱う予定はないし、『農民』か『木工師』のどっちかかなぁ。この二つはどういう役職なんですか?」
「『農民』は畑を耕し、作物を育て、食糧を生産します。『木工師』は《木材》を加工して、家具や一部の転職アイテムを作成することが出来ます」
『木工師』は捨て難い職業だ。今後家や施設の建築を行うとなると、《木材》の加工も必要になってくるだろう。しかし今は採用するべき時ではない。何せ加工する為の《木材》がなく、仕事にならないのだから。
「じゃあ『農民』かな。とにかく今は基盤を整えないと」
「よい判断だと思います。では、こちらで手続きを」
結構面倒臭いな。「転職」ボタン一つで済むとばかり思い込んでいたが、実際はサインまで必要とするらしい。俺はナビ子からバインダーを受け取って、書類に文字を書き加えた。
以下の者を『農民』とする。
アラン
――承認、ポリプロピレンニキ
「はいっ、おめでとうございます! これでアラン様は、晴れて『農民』となりました!」
「はあっ!? おい、ふざけんな!」
すっかり回復したアランが掴み掛かって来る。余程働きたくないのだろう。しかしよく考えてみれば、まさか開拓すら始まっていない植民地に送られるとは、彼とて想定外であったろう。彼もまた被害者なのかもしれない。人が増えたら、彼の願望を叶えてやろう。
密かに決めつつ男を宥めていると、ナビ子が一つ手を叩いた。まだチュートリアルは終わらない。
「では、村長さん! 早速アラン様に畑を耕してもらいましょう!」
「嫌だぁああああああ!!」
入植者番号一
名前・アラン
性別・男
希望役職・ニート
特性・世話焼き
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