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四、娼婦のギア

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「おケガは、ありませんか。
 ぜひ、これを受け取ってください」

パリスは、上着の胸ポケットから、金貨を一枚取り出すと、女の掌に握らせたわ。

「旦那様。これは金貨じゃないか。
アタイは、生まれて初めて見たよ。
アタイは、ギアって言うんだ。
実は、奉公先でやらかしちまってよ。
飯抜きなんだ。
腹ペコで死にそうな時、銀貨を見つけちまって走りだしたんだよ」

「ギア。年は、いくつなの」

「ギア。家は近いの」

ギアは、私の質問は何度も無視した。

反対に、パリスには、かなり馴れ馴れしい態度だったわ。

無邪気にはしゃぐギアに、パリスは目を細めていた。

クシャクシャの赤毛、ソバカスだらけの肌、ボロボロのワンピースのギアは、パリスの胸あたりしか背丈がない。

その上痩せっぽっちだから、タンポポの綿毛の様に、フワフワと頼りなかった。

「君って、水たまりにはまった子猫みたいだね」

「旦那様は、まるで王子様だよ」

 二人の会話に、私の入る隙間はすでになかった。

「女。いい加減にしろ。この方は」
 
近衛騎士が、言いかけたのを、パリスは手で制して、ギアにとろける様に微笑んだ。

「僕の屋敷へ、きてくれませんか。
食べ物なら、たくさんありますから」

「きっと旦那様の所なら、ご馳走だらけだろね」

「急に言われても、ギアさんだってお支度が大変でしょ。
それに今夜は、大事なお客様が大勢くるのよ。
待たせては失礼よ」

柔らかくパリスに、ダメだしをした。

「お支度っていってもさ。
アタイには、この服一枚しかないんだよ。
だから、すぐに出発できるよ」

「では、問題はない」

「キャハハ。喜しすぎるよ」

ギアは、パリスの腕にしがみつく。

「しかたがないわね。
屋敷に着くまでに、理由をつけて帰さなくてわ」

ため息をついた時、どこからか男の声が聞こえてきた。

「あれは娼婦の、ギアじゃねえか。
また、マヌケな貴族を、エジキにするつもりかよ」

なんですって。

まさか。きっと聞き間違いよ。

ちゃんと確かめたかったが、馬車は走り出そうとしていた。

パリスは、ギアに気をとられて、私の事なんかすっかり忘れていたの。

失礼ね。

あわてて、馬車へ急いだわ。

それからパリスは、ずーとギアの虜だ。

野良猫ギア。

陰では、そうバカにされていた。

けれど評判の悪い、ババネア公爵が、養女にしたのだ。

もちろん、ギアを利用して、王家に接近する為にね。

けど、パリスはうかれていた。

『これでギアも、貴族になった。
もう、皆に悪口を言わせない』ってね。 

私のストレスは、日に日に強くなっていき、爆発寸前だった。
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