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二、王太子の婚約破棄
しおりを挟む「今日は、花祭りなのですね。
もう何回目になるのかしら。
時間が過ぎるのは、早いものね」
王妃様が、正面に座る私に華やかに微笑む。
プラチナブロンドの巻き髪に、ミルク色の肌は、いつ見ても素敵だ。
「王妃様は、お年を重ねているくせに、なぜ私よりお綺麗なんですか。
ズルイです」
「ま。ソファは、お上手まで一流になったのね。
お妃教育の成果でしょうか」
「その通りでございます」
おどけて頭を下げる。
「ソフィ。アナタといると楽しくってよ」
特注の扇で口元を隠して、王妃様が高らかに笑った。
ここにある物は、何もかもが一点物だ。
私の座っている椅子も、テーブルも、バスタブも、ティーカップも、どれもが、特別仕様である。
「いつ伺っても、素敵なお部屋ですね」
今日は、王妃様にお茶に誘われた。
お妃教育の帰りに、偶然廊下で出くわしたから。
「アナタが嫁いでくれたら、お部屋は、これ以上に素敵にしましょうね」
「はい! 喜しいです。
そのお言葉、しっかりと胸に刻み込みました。
決して、忘れませんわよ」
「フフフ」
私は未来の王太子妃。
家同士が決めた結婚だけど、王や王妃は、幼い頃から私を可愛がってくれた。
一緒に暮らす事に不安はない。
婚約者のパリスの事は、頼りなく思うけれども。
たぶん。
泣き虫だった子供の頃を、知っているからよね。
無理にでもそう思いたい。
実は、パリスを泣かしていたのは、この私よ。
だってパリスは、走るとすぐに息を切らすし、本を読めばどもる。
イライラしたわ。
私には、たくさん弟や妹がいて、よく面倒をみた。
けど、パリスみたいに、何をやってもダメな子は一人もいない。
よし。結婚したら、私が支えてやる。
一つ姉さん女房なんだし。
皆が、期待しているようないい王妃になりたい。
私にとって結婚とは、愛や恋を成就するより、義務を立派にはたす事だった。
長年そう教えられてきたの。
「ソフィ。そろそろ、舞踏会に参りましょうか。
今宵は、各国からいらした人に、アナタを正式に紹介するいい機会になるわね」
「なんだか、緊張してきました!」
「まあ。アナタらしくもない」
王妃様と連れだって、王宮の長い廊下を広間へと歩く。
王妃様のドレスは、宝石を散りばめた春の海の色。
私のは薄い桜色で、胸元や、袖に、繊細なレースがあしらわれていた。
「王妃様のおなり」
私達が入ると、大きな声が響く。
ざわついた会場が、一瞬で静まった。
いつもと同じなんだけで、この雰囲気はなにか変だ。
着飾った人達が、哀れみや、好奇の目を私に注ぐ。
なぜなのよ。
不思議に思いながら歩く私を、会場の真ん中で、白服のパリスが手招きする。
とても、不機嫌な顔で。
パリスの隣には、ドキツイピンク色のドレスを纏ったギア公爵令嬢が、べったりと寄り添っている。
「ソフィ。僕は、ギアと結婚する。
皆にはさっき伝えた」
「なんですって。
私とアナタは、婚約中なのよ。
忘れたの」
頭がクラクラして、足下がフラつく。
でも、しっかりしないと。
「忘れてはいない。
だから、今伝える。
君との婚約は、破棄する」
会場がざわめく。
思いもかげないパリスの裏切りに、怒りがこみあげ、言葉さえでない。
煌めくシャンデリアの光が、眩しすぎる。
そう感じたとたん、気が遠くなって、倒れそうになった。
「王妃様が、お倒れになったぞ!」
同時に、男の声が耳に入る。
なんてことなの。
気を失っている場合じゃないわ。
「王妃様。しっかりしてください」
王妃様の美しい肩を、さすっていると、ギアが、薄笑いを浮かべ挑戦的な目をして、私を見ていた。
拾われた娼婦のくせに、いい気になるんじゃないわよ。
令嬢らしからぬ言葉が、口から、飛びだしそうになる。
それを矜持で、必死におさえた。
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