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三十五、さよならゴットン

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教会の前で辻馬車にのり、コーエン邸まで戻ってきた。

「お早いお戻りで」

まだ何も知らないのだろう。

あわてて玄関まで迎えにきたハリス執事が、不思議そうに首を傾ける。

「すぐお義父様達も帰ってこられるわ。
ちょっと問題がおきて、お義父様の執務室で話し合うことになっているの」

「かしこまりました、若奥様。
ではお部屋の用意を整えておきます」

一瞬ハリス執事は驚いた表情を見せたが、すぐに冷静に頭をさげた。

「私ね。もうすぐここの若奥様じゃなくなるのよ」

「なんと、なんと」

さっきよりも慌てた様子のハリス執事は、声をあげる。

「悪いけど、事情を説明している時間はないの。
部屋に戻りますね」

ひきつった微笑を執事にむけると、階段をかけのぼってゆく。 

一刻でも早く屋敷からでていきたい。

その為に荷物を整えておくのだ。

「ただいま、アーサ」

勢いよく部屋にとびこんでゆくと、迎えにきたアーサとぶつかりそうになった。

「もちろんいるわよ。 
さっき仕事がおわったところよ。
一応部屋を確認してくれるかな。
こんな感じでオッケイかしら」

アーサが、銀色の目に誇らしげに色をうかべる。

「部屋の確認ってどういうことなの」

アーサにせかされて、キョロキョロと部屋を見渡す。

「あら。出て行く準備が、すっかりできているのね。
さすがアーサ。
本当にありがとう」

「カーテンやベットとかは、使用人仲間にあげたの。
ゴットンとの生活を思い出すから、いらないと思ってね」

「大正解よ」

「レオン王子からいただいたテーブルは、トランクにしまってあるわ」

アーサは、床におかれている茶色いトランクを指さした。

「収納袋にいれてくれたのね」

「あれは大きな家具でも、魔獣でもなんでも小さくして収納できる優れものなのよね」

「アーリャさんのつくる魔道具は、素晴らしいものばかりね。
私も一つぐらい、皆の役にたつ魔道具をつくってみたいわ。
けど無理よね。
こんな平凡な女には」

「そんなことないわ。
アイリスの人生は、まだまだこれからよ」

人形のアーサの方が、ゴットンより人間らしい言葉が言えるんだ。

そう思ったと同時に扉が叩かれた。

「若奥様。旦那様達が執務室でお待ちです」

使用人の若い女が呼びにくる。

「わかりました。今すぐまいります。
じゃあ、アーサ。
悪いけど、トランクの中で待っててくれるかしら」

「うん。いいわよ」

アーサはコクリとうなずき、トランクへと消えてゆく。

それから、わすが数分後。

「お待たせしました」

トランクを手にして、執務室へいくと扉はすでに開かれていた。

それなりに豪華なつくりの部屋の窓際には、大きな執務机が一つおかれている。

その机の側に立っていたお義父様、お義母様、お義姉様、ゴットンが一斉にこちらをふりむく。

「おおきたか。何の用かわかるな」

お義父様が机の上を指さす。 

「わかってます」

ぶっきらぼうに返事をして、机の上に置かれた一枚の書類を手にする。

予想通り離婚届だ。

「公衆の面前で夫の頬をぶつなんて、アイリスらしくない。
けど、神託でよほど動揺したんだな。
無理もない。許してやるよ。
だから、そこに早くサインをしてくれよ。
もしアイリスが僕といたいなら、愛人として、ここにおいてやってもいいよ」

ゴットンは勝ち誇った顔をする。

「それもいいざますね。
アイリスには、領地経営をまかせればいいわ」

お義母様が優雅に扇で顔をあおぐ。

「そんな必要はないわ。お母様。
領地経営だって、聖女様がいれば魔法でどうにでもなるわよ」

お義姉様が甲高い声で笑った。

「さあ。はやくアイリス」

ゴットン達が声をあわせて、こちらをジーとにらむ。

「ご心配なく。
ゴットンなんかに、一ミリも未練はありませんから」 

机におかれたペンで、素早く書類にサインをした。

これで離婚が成立したのだ。

あっけない別れである。

けど、かえって気持ちがふっきれた。

「これで自由になれたのね!」

両手を天井にあげて、ピョンとはねる。

それから、しばらくは笑いがとまらなかった。

「可哀想にね。気がふれたざますね」

お義母様が眉をひそめた時、「ゴットン氏との結婚なんか嫌だよ」と聖女が部屋にとびこんできた。

「聖女様は、アイリスに気を使っているんだな。
いや、妻だから名前呼びかな」

ゴットンがまぬけ顔で頭をかく。

と同時に、レオン王子が大勢の兵士をひきつれて、執務室に押しいってきたのだ。

「ご心配なく、聖女様。
あの神託は偽物だ。
コーエン伯爵とその息子ゴットンを、贈賄罪および詐欺罪で逮捕する」

王子の力強い声が、部屋中に響く。
 
  
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