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三十四、偽の神託 キャル視点

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いよいよ聖女としてお披露目される。

緊張して、昨夜は眠れなかった。

胸が張り裂けるように痛い。

「こんな時こそアイリス先生に、そばにいて欲しかったな」

護衛騎士に守られながら、教会の薄暗い廊下を歩く。 

これからケッケ神官長に挨拶にいくのだ。

「どうぞお入りなさいませ。聖女様」

教会の一番奥にある神官長の執務室の扉を叩くと、男の声がかえってきた。

「いよいよ今日から、正式な聖女様ですな。
おめでとうございます」

机の前で書類を読んでいたケッケ神官長は、立ち上がると握手を求めてくる。

「ありがとうございます」

なぜか、初めて会ったときから神官長のことが苦手だった。

年の割には整った顔、長身、見てくれは悪くないんだけど、暗くて冷たい雰囲気がする。

元々は大貴族の息子で、優秀な神学校を卒業しているらしい。

けど、ケッケ神官長の言葉には、説得力がまるでなかった。

「これからよろしくお願いいたします」

おずおずと、ケッケ神官長に差し出された手を握る。

その手は、まるで氷のように冷たかった。

アイリス先生の手は、いつも温かかったのに。

「ふーん。まともな挨拶が、できるようになったんですか」

神官長はそう言うと、皮肉っぽく鼻で笑う。

こういうところが、むかつくんだ。

「さあ。参りましょうか」

「はい」

二人並んで、教会のバルコニーへむかう。

「王国中の人間が、新しい聖女様に期待してここに集まっています。
これから、あなたに一番に考えて欲しいことは、教会の経営と権力の維持ですな。
大貴族と良い関係を保ってください。 
おわかりですな」

カツカツと靴音をたてながら、神官長が念をおす。

わかるもんかい。

あたいはね。

今まで、あんた達が虫けら扱いしていた貧乏人の声に、一番耳を傾けたいんだよ。

眉をしかめたと同時に、バルコニーへ到着した。

「今からは、私の言うとおりにしてください。 
聖女様は、一言も言葉を発してはいけません。
教養のなさが露呈しては、なりませんからな。 
ただ、黙って深く頭を下げる。
それだけでいいです。
あとは私にまかせてください」

「はい」

悔しいけど、初めての場だ。

どうやっていいかわからない。 

素直にケッケ神官長の言葉にうなずく。

「おおおおお」

一歩バルコニーに足をふみいれた瞬間、集まった人から怒涛のような歓声があがった。

嘘みたい。

恥ずかしさ、誇らしさ、恐ろしさ、一度に色々な感情が胸にこみあげてくる。

だめだ。頭がクラクラしてきた。

高ぶった感情をもてあましていると、ケッケ神官長の信じられない言葉が、耳に入ってきたのだ。

「そして、あと一つ伝えなければならない。
私は昨夜大事な神託を聞いたのだ。
聖女はゴットンコーエンの妻となるべし。
神様はそうおっしゃたのだ」

あたいがゴットン氏の妻になるって。

バカいわないでよ。

アイリス先生みたいな奥さんがいるのに、あたいみたいなのにフラフラする男はごめんだ。

それにさ。

ケッケ神官長はお高くとまっているけど、裏では賭場や娼婦館に出入りしていると、教会の内部では噂になっている。

そんなオッサンが、神託なんか聞けるかよ。 

絶対、これには何かある。

そう思っていると、アイリス先生がゴットン氏の両頬をビンタして、脱兎のごとく去っていくのが見えた。

あたいだって黙っていられない。

とにかく事情をきかないと。

よし。コーエン邸へむかおう。

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