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二十五、別居の始まり

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それから数日が過ぎた頃だった。

「聖女様。あともう少しでおわれそうですね」

広間で、聖女への贈り物を返す作業をしていると、せわしい足音が聞こえてくる。

「センセー。じゃなくてアイリス先生。
昨日借りた本、じゃなくて、お借りした本を読んでいて、思ったことがあるんだ。
あ、違う。あるんです」

「聖女様。そんなに焦らなくてもいいですよ。 
一番大事な事は、心構えですから。
いくら礼儀作法がキチンと整っていても」

その次の言葉を言いかけた時、バタンと乱暴に扉が開かれた。

「わしの純金懐中時計が、見当たらん。
心当たりはないか」

音にひかれて、出入り口に視線をむけると、ムッとした様子のお義父様が仁王立ちしている。

「私のクリスタルの花瓶もないざます」

「私のダイヤの首飾りも消えたのよ」

お義父様の背後から、お義母様とお義姉様のイライラした声がとんできた。

「あたいが知ってるよ。
オジサン達にあげたけど、気が変わったんで、こっそり返してもらったんだ」

「聖女様。失礼ですが、一度与えた物を、奪い取るのはどうかと思いますぞ」

「そうよ、そうよ」

お義父様が、ギュッと眉をひそめると、残りの二人がヒステリックな声をあげる。

「そーなんだ。悪かったよ。
でも、あれってさ。
聖女の権力で、私腹を肥やそうと考えている人達からの賄賂なんだって。
もらうわけには、いかないだろ」

作業の手を止めて、聖女がお義父様達の方へ歩いてゆく。

「あたいバカだから、それに気がつかなかったんだ。
けど、よく考えたら、先生の言うとおりだったんだよ。
あたい、まっとうな聖女になりたいんだ。
だから、今回は許して」

聖女が、皆に向かって、両手を合わせ頭をさげた。

「そりゃ。まあ。そうだが」

正論を吐かれて、反論しようにもできないお義父様は、残念そうにため息をつく。

「さすが。アイリスざますね。
見事に聖女様を調教したのね」

フンと鼻をならして、お義母様がこちらをにらんだ。

「お義母様の信じる占いも、アイリスに限ってはハズレね。
アイリスは、ゴットンの嫁にふさわしくないわ」

腕組みをしたお義姉様は、後ろでずーと黙っているゴットンを振り返った。

「ゴットンも何か言ってやりなさいよ。
それとも、嫁が自分より賢いから、グウの音もでないのかしら」

「ね、姉さん。そ、その言い方は、ひ、酷いよ」

ゴットンは、極度に緊張するとドモル癖があるのだ。 

せっかく、お義姉様に言い返そうとしているのにあれでは迫力がない。

人差し指をふり、こっそりゴットンに魔法をかける。

とたんにゴットンは、スムースに話はじめた。

「なによ。私が悪いって言うわけ」

「そうだ。自分がダイヤの首飾りをもらい損なったから、アイリスにやつあたりをしているだけだろ」

気の弱いゴットンが、声をあらげる。

私を庇う為に。

少し感動してしまった。

「自分は何ももらえなかったから、そんなことが言えるのよ」

「ちがう。僕は、贈り物を断ったんだ。
僕は物なんかいらない。
無邪気な聖女様を見てるだけで、よかったんだ。
なのに、最近の聖女様は、まるで別人のようで淋しいよ。
アイリス。君のせいだぞ」

ゴットンが罵声をあげる。

はああ。

あきれて何も言えない。

結局、ゴートン家の人達は全員、聖女を私物化しようとしているのだ。

「ゴットン。よく言ったざます。
わかったでしょ。アイリス。
変に聖女教育をがんばらなくても、いいってことに」

扇で顔を仰ぎながら、お義母様が勝ち誇った顔でこちらをチラミする。

「わかりませんわ。お義母様」

「姑になんて態度だ。
アイリス。君には失望したよ。
もう同じ部屋で暮らせない」

ゴットンはそう言い放つと、部屋から出ていった。

「アイリス。あまり意地をはると損をするぞ。 
どうやらゴットンは、聖女様に本気のようだな。
なら、わしにいい考えがある」

お義父様は、下品に笑いながら、お義母様とお義姉様を引き連れていく。

その日から、言葉どおりゴットンは、夫婦の部屋へ戻らなかった。
 
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