上 下
1 / 43

一、アイリスのお願い

しおりを挟む

「うちで聖女をひきとるって。
僕はヤだな」

寝巻きから外出着に着替えながら、夫ゴットンは、思いきり頭を左右にふる。

「どうしてなの。たった数ヶ月だけよ」

ゴットンに空色のネクタイを手渡しながら、ため息をつく。

「どうしてかって。新婚生活を他人に邪魔されたくないに、決まってるじゃないか」

ゴットンは、鼻にかかった声をだすと、背中から私をギュッと抱きしめる。

「ちょっとやめてよ。痛いでしょ」

ゴットンの手を払い、彼の方へ身体をむける。

「王子様から頼まれたんだもの。
お断りはできないわ。ね、いいでしょ。お願い」

胸の前で、両手をあわせて、上目使いで彼を見ると小首を傾げた。

「アイリスに、そんな風にお願いされるのは初めてだよなあ」

ゴットンは、とまどった顔をしている。

薄茶色の髪、同じ色の瞳、ソバカスの目立つ頬、ヒョロリと背が高いゴットンと、お互いが十才の時に婚約した。

「お嬢様を、うちのゴットンの嫁に欲しいざます。
必ず幸せになりますから。占いに、そうでたざますよ」

きっかけは、そう言い張るゴットンのお母様、バルモア伯爵夫人の突然の訪問だった。 

「あの評判の占い師が、そう言ったんですか。それなら安心だ。
両家は同じような格の伯爵家だし、きっと、結婚生活も上手くいくでしょう」

私の父キャメル伯爵は、その日に娘の婚約を、成立させてしまったのだ。

えええ。そんなのアリなの。

十才の私は、心で悲鳴をあげた。

けれど大尊敬していたお父様の決めた事だ。

間違いなんてあるわけない。

王宮のエリート文官で、渋いお父様は、私の自慢だった。

あの時は、妻(私のお母様)を、病気で亡くしたばかりで、思考回路が、少々狂っていたのかもしれないけれど。

それでも、私達は同じ貴族学園を卒業し、こうやって無事結婚し、幸せに暮らしている。

足りないものを、あげるとすれば。

正直、ゴットンは少し頼りない。

学生の時の成績は、ゴットンはいつも下位、私は常にトップだった。

だからか、どうかわからないけど、話していても幼稚に思う。

ま、同じ年のカップルの場合には、よくあることよね。

気にしない事にする。

「ね。お願い。平民出身の聖女様は、貴族のマナーを何もしらないのよ。
だから、彼女が貴族学校に編入する前に教育係を頼まれたの」 
 
「クールなアイリスが、そんなに必死になるなんて珍しいなあ。
しかたない。いいよ」 

「ありがとう。お礼に」

私は、爪先だちになり、ゴットンの額にキスをした。

「うわ。すごいな」

「私から、キスをしたのは初めてでしょ。
なんか恥ずかしいわ」

「そんな事ない。今日のアイリスは、
すごく可愛い。
じゃあ、行ってきます」

「気をつけてね」

月に一度の領地視察に向かうゴットンの背中に、手を振りながら微笑む。

平凡だけど、ゴットンはいい人だ。

妻の私は、これからもずーと幸せだと信じていた。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

旦那様、離縁の申し出承りますわ

ブラウン
恋愛
「すまない、私はクララと生涯を共に生きていきたい。離縁してくれ」 大富豪 伯爵令嬢のケイトリン。 領地が災害に遭い、若くして侯爵当主なったロイドを幼少の頃より思いを寄せていたケイトリン。ロイド様を助けるため、性急な結婚を敢行。その為、旦那様は平民の女性に癒しを求めてしまった。この国はルメニエール信仰。一夫一妻。婚姻前の男女の行為禁止、婚姻中の不貞行為禁止の厳しい規律がある。旦那様は平民の女性と結婚したいがため、ケイトリンンに離縁を申し出てきた。 旦那様を愛しているがため、旦那様の領地のために、身を粉にして働いてきたケイトリン。 その後、階段から足を踏み外し、前世の記憶を思い出した私。 離縁に応じましょう!未練なし!どうぞ愛する方と結婚し末永くお幸せに! *女性軽視の言葉が一部あります(すみません)

お嬢様はお亡くなりになりました。

豆狸
恋愛
「お嬢様は……十日前にお亡くなりになりました」 「な……なにを言っている?」

【完結】仰る通り、貴方の子ではありません

ユユ
恋愛
辛い悪阻と難産を経て産まれたのは 私に似た待望の男児だった。 なのに認められず、 不貞の濡れ衣を着せられ、 追い出されてしまった。 実家からも勘当され 息子と2人で生きていくことにした。 * 作り話です * 暇つぶしにどうぞ * 4万文字未満 * 完結保証付き * 少し大人表現あり

やり直すなら、貴方とは結婚しません

わらびもち
恋愛
「君となんて結婚しなければよかったよ」 「は…………?」  夫からの辛辣な言葉に、私は一瞬息をするのも忘れてしまった。

王命を忘れた恋

須木 水夏
恋愛
『君はあの子よりも強いから』  そう言って貴方は私を見ることなく、この関係性を終わらせた。  強くいなければ、貴方のそばにいれなかったのに?貴方のそばにいる為に強くいたのに?  そんな痛む心を隠し。ユリアーナはただ静かに微笑むと、承知を告げた。

婚約者に「愛することはない」と言われたその日にたまたま出会った隣国の皇帝から溺愛されることになります。~捨てる王あれば拾う王ありですわ。

松ノ木るな
恋愛
 純真無垢な心の侯爵令嬢レヴィーナは、国の次期王であるフィリベールと固い絆で結ばれる未来を夢みていた。しかし王太子はそのような意思を持つ彼女を生意気と見なして疎み、気まぐれに婚約破棄を言い渡す。  伴侶と寄り添う心穏やかな人生を諦めた彼女は悲観し、井戸に身を投げたのだった。  あの世だと思って辿りついた先は、小さな貴族の家の、こじんまりとした食堂。そこには呑めもしないのに酒を舐め、身分社会に恨み節を唱える美しい青年がいた。  どこの家の出の、どの立場とも知らぬふたりが、一目で恋に落ちたなら。  たまたま出会って離れていてもその存在を支えとする、そんなふたりが再会して結ばれる初恋ストーリーです。

【完結】お飾り妃〜寵愛は聖女様のモノ〜

恋愛
今日、私はお飾りの妃となります。 ※実際の慣習等とは異なる場合があり、あくまでこの世界観での要素もございますので御了承ください。

仲の良かったはずの婚約者に一年無視され続け、婚約解消を決意しましたが

ゆらゆらぎ
恋愛
エルヴィラ・ランヴァルドは第二王子アランの幼い頃からの婚約者である。仲睦まじいと評判だったふたりは、今では社交界でも有名な冷えきった仲となっていた。 定例であるはずの茶会もなく、婚約者の義務であるはずのファーストダンスも踊らない そんな日々が一年と続いたエルヴィラは遂に解消を決意するが──

処理中です...