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六十三、黒い靄

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「ナール宰相。
申し訳ございません」 

空っぽになった宰相のカップに、ポットから蕾茶を注ぎながらグラスが、消え入りそうな声をあげる。 

「なにがです」

ナール宰相が首を傾けると、髭も一緒にゆれた。 

「私をここへ呼んだのはグラスなのだな。
王妃が緊急で会いたがっていると、嘘をついて」

グラスが返事をする前に、王様が柔らかく微笑む。

「はい。その通りでございます」

グラスがしゅんとする。

「まあ。グラス。
どうして、そんなことをしたの。
王様は多忙なのよ。
悪ふざけが過ぎるわね」

グラスをいさめていると、王様に手で制止された。

「グラス。
何か大事なことを伝えたいのだな。
話してみなさい」

「ありがとうございます。
このところ王妃様は、連日悪夢にうなされて、十分な睡眠がとれてません。
それでとうとう目の下に、あんな大きな隈ができてしまいました。
私は王妃様が、心配なんです。
一刻も早く、王様に力になっていただきたく、嘘をついてしまいました。
そうでもしないと王妃様は、多忙な王様に気を使って、打ちあけようとしませんから。
申し訳ございませんでした」

グラスは、王様とこちらに交互に頭を下げた。

「何を言っているの。
そうとも知らずに責めたりして、ごめんなさいね」

「気にしないでください。
ローズ様は、王様のことになると目が見えなくなるのを、承知してますから。
全然大丈夫です」

そう言うとグラスは、口角を上げてニカッと笑う。

「仲直り成立だな。
では、王妃。
悪夢の内容を教えてくれないか」

「はい。
毎回、正体不明の何者かに追いつめられるんです。
それで、最後はきまって殺される。
ある時は崖から突き落とされて、またある時は、火破りの刑によってです」 

「なるほどな。
その何者かはどんな姿をしているんだ」
 
「それがはっきりしないの。
黒い靄のような形にしか、見えないの」

「黒い靄か」  

私の言葉を繰り返した王様は、顎に手を添え、考え深い目で天井を見上げる。
 
何か心当たりでもあるのかしら。

そう思った時だった。

「オイラには、もっとはっきり見えたぜ」

チューちゃんが、グラスがしているエプロンのポケットから、テーブルの上に飛び移ってきたのは。

「お、ネズミ殿。
じゃなくて、王妃様の使い魔でしたな」

ナール宰相が、物珍しそうにチューちゃんの姿を眺めていると、今度は隣の部屋から、ブーニャンがやってきた。

「使い魔と私は、夢を共有できるんです。
彼らの方が、私より詳しく何者かの正体が見えたみたいなの」 

そう王様に伝えると、カップに口をつけて喉を潤す。




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