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五十七、王妃様のパンケーキ
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立ち入り禁止区域でレオ王達と会ってから、また数日が過ぎる。
日差しが、いつのまにか強くなっていた。
「早いものね。
ここへ来てから、もうすぐ一月になるのね。
薬草を育てるのに夢中で、あっというまに時間がすぎるわ。
楽しみが見つかって、ありがたいことよね」
今日も朝から、薬草園でグラスと一緒に土いじりだ。
隣で、青々とした草にジョーロで水をやっているグラスにニコッとする。
「ちっとも、ありがたくなんかありません」
「あら、どうしてなの」
同じようにジョーロで水まきをしていた手を止め、グラスの方へ視線を移す。
「なぜって、いくら薬草を育てても、王様との間に子供はできないからです。
初夜以来一度も王様は、ローズ様と夜を共にしなかった」
グラスが眉間にギュッと皺をよせる。
「でも、時々一緒にお茶をいただいているわ。
この前だしたクーコの実パンケーキは、すごくほめられたの」
きっとドヤ顔になっていると思う。
クーコの実は肝腎肺に帰経する。
少しだけ専門的に言えばね。
帰経とは、効き目があるという意味。
そういう理由で、この実は、ドライアイや視力回復にいいのだ。
「やっぱりクーコの実はすごいわね。
王様のドライアイが、かなり落ちついてきたらしいのよ」
おかげで、このパンケーキは正式に王宮のデザートに取り上げられた。
食べるだけで、目の疲れが改善するという評判のケーキは、今では『王妃様のパンケーキ』と呼ばれている。
クーコの実以外にも、ベリー、刻んだハーブの葉を投入し、かくし味にはスパイスを使用した。
必死でレシピを考えたお菓子が、あっというまに人々の心を掴んだ。
嬉しくないはずがない。
「相変わらず、ローズ様は呑気だこと。
それに、忘れないでください。
レシピを思いついたのはローズ様ですけど、作ったのはサムですからね。
私だけは、『王妃様とサムのパンケーキ』と呼ばせてもらってます」
グラスはそう言うと、胸をはる。
「そうよね。
サムの腕に感謝しないとね。
本当は私も厨房に入りたいんだけど、そこまですると、料理人達に気を使わせるでしょ。
ほんと、サムがいてくれて助かったわ。
嫌な顔一つせずに、私が納得するまで、何度もレシピを再現してくれたんですもの。
グラスは優しい彼がいて幸せね」
「誤解しないでください。
サムはただの友達ですよ。
あんな野暮ったい男は、私の好みじゃありませんから。
私はね。
教養高く、優雅な紳士がいいんです」
そう言いながらも、グラスの顔は見る見る赤く染まってゆく。
「ふふふ。
そんな人とグラスが、釣り合うわけないじゃない。
やっぱりグラスにはサムが一番よ」
「もう。ローズ様ったら。
人のことより自分のことです。
このままだと、確実に王様は側妃を迎えることになるんですよ。
もし、その側妃が妊娠したら、ローズ様のお立場はもっと悪くなります。
今は正念場ですよ。
なんとかして、王様をベッドに誘ってください」
真っ赤になって照れていたグラスが、眉をひそめる。
「あら。グラスったらひどいわ。
私に、娼婦のようにふるまえって言うのね」
グラスをからかうのは、面白い。
わざとらしく、目を大きく見開いた時だった。
背後からオニキス女官の声がする。
「グラスの言うとおりですよ。
このままだと、王様に側妃をお迎えするのは免れません。
なんなら、計画を前倒しにして、すぐお迎えしてもよろしいのですよ。
ストーン国の王様ですから。
側妃なんて、よりどりみどりです」
おずおずとふり向けば、数人の侍女を従えたオニキス女官が、薬草園を訪れていた。
「オニキス女官。
王妃様に、なんて言う口のきき方ですか。
謝りなさい」
あ然としていると、荒々しいグラスの声が耳をつんざく。
「これは失礼いたしました。
私なりに王妃様を心配した言葉なのですが、誤解をまねいたようですね。
どうかお許しくださいませ」
「もういいのよ。
それはそうと、こんな所まで来るなんて、どうしたのですか」
「それはですね。
『王妃様のパンケーキ』を食べて、ここにいる侍女達が全員、体調をくずしてしまいましてね。
なにか不都合があるのではと、薬草園を調べにきたのです」
勝ち誇ったようなオニキス女官と対照的に、侍女達は頭を低くさげてモジモジしている。
オニキス女官は、この侍女達に嘘をつかせているのね。
私から、唯一の楽しみを奪いたいから。
そう直感する。
「わかりました。
せいぜいお調べください。
この薬草園には、おかしなものは何もないはずですけれど」
カッとして声を荒げた。
すると、一番年配そうな侍女が、前へでて膝をおり謝罪の言葉を口にする。
日差しが、いつのまにか強くなっていた。
「早いものね。
ここへ来てから、もうすぐ一月になるのね。
薬草を育てるのに夢中で、あっというまに時間がすぎるわ。
楽しみが見つかって、ありがたいことよね」
今日も朝から、薬草園でグラスと一緒に土いじりだ。
隣で、青々とした草にジョーロで水をやっているグラスにニコッとする。
「ちっとも、ありがたくなんかありません」
「あら、どうしてなの」
同じようにジョーロで水まきをしていた手を止め、グラスの方へ視線を移す。
「なぜって、いくら薬草を育てても、王様との間に子供はできないからです。
初夜以来一度も王様は、ローズ様と夜を共にしなかった」
グラスが眉間にギュッと皺をよせる。
「でも、時々一緒にお茶をいただいているわ。
この前だしたクーコの実パンケーキは、すごくほめられたの」
きっとドヤ顔になっていると思う。
クーコの実は肝腎肺に帰経する。
少しだけ専門的に言えばね。
帰経とは、効き目があるという意味。
そういう理由で、この実は、ドライアイや視力回復にいいのだ。
「やっぱりクーコの実はすごいわね。
王様のドライアイが、かなり落ちついてきたらしいのよ」
おかげで、このパンケーキは正式に王宮のデザートに取り上げられた。
食べるだけで、目の疲れが改善するという評判のケーキは、今では『王妃様のパンケーキ』と呼ばれている。
クーコの実以外にも、ベリー、刻んだハーブの葉を投入し、かくし味にはスパイスを使用した。
必死でレシピを考えたお菓子が、あっというまに人々の心を掴んだ。
嬉しくないはずがない。
「相変わらず、ローズ様は呑気だこと。
それに、忘れないでください。
レシピを思いついたのはローズ様ですけど、作ったのはサムですからね。
私だけは、『王妃様とサムのパンケーキ』と呼ばせてもらってます」
グラスはそう言うと、胸をはる。
「そうよね。
サムの腕に感謝しないとね。
本当は私も厨房に入りたいんだけど、そこまですると、料理人達に気を使わせるでしょ。
ほんと、サムがいてくれて助かったわ。
嫌な顔一つせずに、私が納得するまで、何度もレシピを再現してくれたんですもの。
グラスは優しい彼がいて幸せね」
「誤解しないでください。
サムはただの友達ですよ。
あんな野暮ったい男は、私の好みじゃありませんから。
私はね。
教養高く、優雅な紳士がいいんです」
そう言いながらも、グラスの顔は見る見る赤く染まってゆく。
「ふふふ。
そんな人とグラスが、釣り合うわけないじゃない。
やっぱりグラスにはサムが一番よ」
「もう。ローズ様ったら。
人のことより自分のことです。
このままだと、確実に王様は側妃を迎えることになるんですよ。
もし、その側妃が妊娠したら、ローズ様のお立場はもっと悪くなります。
今は正念場ですよ。
なんとかして、王様をベッドに誘ってください」
真っ赤になって照れていたグラスが、眉をひそめる。
「あら。グラスったらひどいわ。
私に、娼婦のようにふるまえって言うのね」
グラスをからかうのは、面白い。
わざとらしく、目を大きく見開いた時だった。
背後からオニキス女官の声がする。
「グラスの言うとおりですよ。
このままだと、王様に側妃をお迎えするのは免れません。
なんなら、計画を前倒しにして、すぐお迎えしてもよろしいのですよ。
ストーン国の王様ですから。
側妃なんて、よりどりみどりです」
おずおずとふり向けば、数人の侍女を従えたオニキス女官が、薬草園を訪れていた。
「オニキス女官。
王妃様に、なんて言う口のきき方ですか。
謝りなさい」
あ然としていると、荒々しいグラスの声が耳をつんざく。
「これは失礼いたしました。
私なりに王妃様を心配した言葉なのですが、誤解をまねいたようですね。
どうかお許しくださいませ」
「もういいのよ。
それはそうと、こんな所まで来るなんて、どうしたのですか」
「それはですね。
『王妃様のパンケーキ』を食べて、ここにいる侍女達が全員、体調をくずしてしまいましてね。
なにか不都合があるのではと、薬草園を調べにきたのです」
勝ち誇ったようなオニキス女官と対照的に、侍女達は頭を低くさげてモジモジしている。
オニキス女官は、この侍女達に嘘をつかせているのね。
私から、唯一の楽しみを奪いたいから。
そう直感する。
「わかりました。
せいぜいお調べください。
この薬草園には、おかしなものは何もないはずですけれど」
カッとして声を荒げた。
すると、一番年配そうな侍女が、前へでて膝をおり謝罪の言葉を口にする。
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