56 / 76
五十五、大切な人 レオ王視点
しおりを挟む
「わかりました。
では王様の口からお話ください」
ナール宰相の言葉に首を縦にふる。
が、一体どこまでうちあけたらいいのだろう。
心が定まらず、とまどっているとグラスが、気をきかせて席をたとうとする。
「グラス、席をはずす必要はない。
あなたにも、ここで一緒に聞いて欲しいのだから」
手でグラスを止めた。
ポプリ国から、ローズウッド王女と一緒にストーン国へやってきたこの女は、信頼できるに違いない。
その澄んだ瞳と、屈託のない笑顔がなによりの証拠だ。
だから、ここに残ってもらうことにした。
ローズとグラス、二人を前にして口火をきる。
そして、ここを立ち入り禁止区域にした理由を、ほぼ話しおえた時だった。
「王様のお母様を侮辱したのですよ。
なぜ、犯人をつかまえて罰しなかったのですか。
お母様だけじゃありません。
王様に対する侮辱でもあるのよ」
とローズが声を荒げたのだ。
いつも穏やかなローズらしからぬことなので、少々驚いてしまう。
「犯人の目星は、うすうすついているんだ」
そう返事をすると、ローズの声がより大きくなる。
「なら、今からでも遅くありません。
王家の威信にかけても、その犯人を捕らえましょう」
見たところ、かなり激高しているようだ。
ローズは怒りにまかせて、目の前の机をバジリと叩いた。
私のことなのに、自分のことのように腹をたててくれているのだな。
そう思うと温かい気持にはなる。
「残念だが、それは簡単なことではない」
唇をひき結ぶ。
「なぜですか」
「とても大切な人を、危険にさらす可能性があるからだ。
それに犯人は、やっかいな存在で簡単に手出しできない」
「なんですって」
ローズは突拍子もない声をだして、目を丸くしてから、犯人の名前を聞いてきた。
けれど、答えるわけにはいかない。
犯人はこの国の元王妃の悪霊だ。
と言っても、信じられないだろうから。
仮にもし、ローズが信じてくれたとしても、まだうちわけたくない。
なんの対策もないからだ。
ただやみくもに、ローズをこの件に巻き込むことはできない。
気弱な野ウサギのようなくせに、変に正義感のあるローズのことだ。
きっと自分も力になろうとするだろう。
それはとても危険なことだ。
「それじゃあ、その大切な人というのは、やはりオニキス女官のことですか。
レオ王の運命の人ですものね」
ローズが悲しげに目をふせた。
「いや。違う。
オニキス女官ではない。
以前言った運命というのは、ローズが考えているような意味ではないんだ。
今はそれだけしか言えないが」
最後の方は声がかすれていた。
本当のことをはっきりと言葉で伝えられないもどかしさで、胸がしめつけられる。
けれどわかって欲しかった。
そんな思いをこめて、ローズの瞳を真っ直ぐに見つめる。
これでわかってくれだなんて、虫がいい話しだが、今はそうするしかなかった。
「そうですか。わかりました。
それで、お母様の肖像画をここに隠して、人が近づけないようにしたんですね」
そう言ってローズは、穏やかな微笑みを見せてくれたのだ。
その笑顔に心底ホッとした。
こんなにローズの些細な変化に一喜一憂するなんて、私はどうかしたのだろうか。
ローズに関しては、気持が理性でおさえられなくなりそうだ。
正妃がおりながら、側妃におぼれていった父もそうだったのだろうか。
父も悩んでいたのだろうか。
ずーと嫌っていた父を、初めて身近に感じたのだ。
「ああ。そうだ。
ナール宰相と相談してな。
他に質問はないか」
「ひょとして、クーコの木をあそこに移したのも王様なのですか」
冷静を取り戻したローズは、クーコの木のことを気にかけていた。
「そうだ。
あれは生前母が大切に育てていた木だ。
危害を受けないように、人々の目から隠した」
そう言ってから、薬草園の用意ができたことを告げると、ローズは丁寧に頭をさげてくれた。
「心配かけてごめんなさい」
ローズがナール宰相とグラスに、か弱い声をだした時だった。
胸がキリリと痛む。
皆に謝罪しなければならないのは、私だからだ。
そう思った瞬間、気がつけばローズを抱きしめていた。
では王様の口からお話ください」
ナール宰相の言葉に首を縦にふる。
が、一体どこまでうちあけたらいいのだろう。
心が定まらず、とまどっているとグラスが、気をきかせて席をたとうとする。
「グラス、席をはずす必要はない。
あなたにも、ここで一緒に聞いて欲しいのだから」
手でグラスを止めた。
ポプリ国から、ローズウッド王女と一緒にストーン国へやってきたこの女は、信頼できるに違いない。
その澄んだ瞳と、屈託のない笑顔がなによりの証拠だ。
だから、ここに残ってもらうことにした。
ローズとグラス、二人を前にして口火をきる。
そして、ここを立ち入り禁止区域にした理由を、ほぼ話しおえた時だった。
「王様のお母様を侮辱したのですよ。
なぜ、犯人をつかまえて罰しなかったのですか。
お母様だけじゃありません。
王様に対する侮辱でもあるのよ」
とローズが声を荒げたのだ。
いつも穏やかなローズらしからぬことなので、少々驚いてしまう。
「犯人の目星は、うすうすついているんだ」
そう返事をすると、ローズの声がより大きくなる。
「なら、今からでも遅くありません。
王家の威信にかけても、その犯人を捕らえましょう」
見たところ、かなり激高しているようだ。
ローズは怒りにまかせて、目の前の机をバジリと叩いた。
私のことなのに、自分のことのように腹をたててくれているのだな。
そう思うと温かい気持にはなる。
「残念だが、それは簡単なことではない」
唇をひき結ぶ。
「なぜですか」
「とても大切な人を、危険にさらす可能性があるからだ。
それに犯人は、やっかいな存在で簡単に手出しできない」
「なんですって」
ローズは突拍子もない声をだして、目を丸くしてから、犯人の名前を聞いてきた。
けれど、答えるわけにはいかない。
犯人はこの国の元王妃の悪霊だ。
と言っても、信じられないだろうから。
仮にもし、ローズが信じてくれたとしても、まだうちわけたくない。
なんの対策もないからだ。
ただやみくもに、ローズをこの件に巻き込むことはできない。
気弱な野ウサギのようなくせに、変に正義感のあるローズのことだ。
きっと自分も力になろうとするだろう。
それはとても危険なことだ。
「それじゃあ、その大切な人というのは、やはりオニキス女官のことですか。
レオ王の運命の人ですものね」
ローズが悲しげに目をふせた。
「いや。違う。
オニキス女官ではない。
以前言った運命というのは、ローズが考えているような意味ではないんだ。
今はそれだけしか言えないが」
最後の方は声がかすれていた。
本当のことをはっきりと言葉で伝えられないもどかしさで、胸がしめつけられる。
けれどわかって欲しかった。
そんな思いをこめて、ローズの瞳を真っ直ぐに見つめる。
これでわかってくれだなんて、虫がいい話しだが、今はそうするしかなかった。
「そうですか。わかりました。
それで、お母様の肖像画をここに隠して、人が近づけないようにしたんですね」
そう言ってローズは、穏やかな微笑みを見せてくれたのだ。
その笑顔に心底ホッとした。
こんなにローズの些細な変化に一喜一憂するなんて、私はどうかしたのだろうか。
ローズに関しては、気持が理性でおさえられなくなりそうだ。
正妃がおりながら、側妃におぼれていった父もそうだったのだろうか。
父も悩んでいたのだろうか。
ずーと嫌っていた父を、初めて身近に感じたのだ。
「ああ。そうだ。
ナール宰相と相談してな。
他に質問はないか」
「ひょとして、クーコの木をあそこに移したのも王様なのですか」
冷静を取り戻したローズは、クーコの木のことを気にかけていた。
「そうだ。
あれは生前母が大切に育てていた木だ。
危害を受けないように、人々の目から隠した」
そう言ってから、薬草園の用意ができたことを告げると、ローズは丁寧に頭をさげてくれた。
「心配かけてごめんなさい」
ローズがナール宰相とグラスに、か弱い声をだした時だった。
胸がキリリと痛む。
皆に謝罪しなければならないのは、私だからだ。
そう思った瞬間、気がつけばローズを抱きしめていた。
1
お気に入りに追加
632
あなたにおすすめの小説
身代わり婚~暴君と呼ばれる辺境伯に拒絶された仮初の花嫁
結城芙由奈@2/28コミカライズ発売
恋愛
【決してご迷惑はお掛けしません。どうか私をここに置いて頂けませんか?】
妾腹の娘として厄介者扱いを受けていたアリアドネは姉の身代わりとして暴君として名高い辺境伯に嫁がされる。結婚すれば幸せになれるかもしれないと淡い期待を抱いていたのも束の間。望まぬ花嫁を押し付けられたとして夫となるべく辺境伯に初対面で冷たい言葉を投げつけらた。さらに城から追い出されそうになるものの、ある人物に救われて下働きとして置いてもらえる事になるのだった―。
この度、猛獣公爵の嫁になりまして~厄介払いされた令嬢は旦那様に溺愛されながら、もふもふ達と楽しくモノづくりライフを送っています~
柚木崎 史乃
ファンタジー
名門伯爵家の次女であるコーデリアは、魔力に恵まれなかったせいで双子の姉であるビクトリアと比較されて育った。
家族から疎まれ虐げられる日々に、コーデリアの心は疲弊し限界を迎えていた。
そんな時、どういうわけか縁談を持ちかけてきた貴族がいた。彼の名はジェイド。社交界では、「猛獣公爵」と呼ばれ恐れられている存在だ。
というのも、ある日を境に文字通り猛獣の姿へと変わってしまったらしいのだ。
けれど、いざ顔を合わせてみると全く怖くないどころか寧ろ優しく紳士で、その姿も動物が好きなコーデリアからすれば思わず触りたくなるほど毛並みの良い愛らしい白熊であった。
そんな彼は月に数回、人の姿に戻る。しかも、本来の姿は類まれな美青年なものだから、コーデリアはその度にたじたじになってしまう。
ジェイド曰くここ数年、公爵領では鉱山から流れてくる瘴気が原因で獣の姿になってしまう奇病が流行っているらしい。
それを知ったコーデリアは、瘴気の影響で不便な生活を強いられている領民たちのために鉱石を使って次々と便利な魔導具を発明していく。
そして、ジェイドからその才能を評価され知らず知らずのうちに溺愛されていくのであった。
一方、コーデリアを厄介払いした家族は悪事が白日のもとに晒された挙句、王家からも見放され窮地に追い込まれていくが……。
これは、虐げられていた才女が嫁ぎ先でその才能を発揮し、周囲の人々に無自覚に愛され幸せになるまでを描いた物語。
他サイトでも掲載中。
【完】嫁き遅れの伯爵令嬢は逃げられ公爵に熱愛される
えとう蜜夏☆コミカライズ中
恋愛
リリエラは母を亡くし弟の養育や領地の執務の手伝いをしていて貴族令嬢としての適齢期をやや逃してしまっていた。ところが弟の成人と婚約を機に家を追い出されることになり、住み込みの働き口を探していたところ教会のシスターから公爵との契約婚を勧められた。
お相手は公爵家当主となったばかりで、さらに彼は婚約者に立て続けに逃げられるといういわくつきの物件だったのだ。
少し辛辣なところがあるもののお人好しでお節介なリリエラに公爵も心惹かれていて……。
22.4.7女性向けホットランキングに入っておりました。ありがとうございます 22.4.9.9位,4.10.5位,4.11.3位,4.12.2位
Unauthorized duplication is a violation of applicable laws.
ⓒえとう蜜夏(無断転載等はご遠慮ください)

【完結済】姿を偽った黒髪令嬢は、女嫌いな公爵様のお世話係をしているうちに溺愛されていたみたいです
鳴宮野々花@書籍2冊発売中
恋愛
王国の片田舎にある小さな町から、八歳の時に母方の縁戚であるエヴェリー伯爵家に引き取られたミシェル。彼女は伯爵一家に疎まれ、美しい髪を黒く染めて使用人として生活するよう強いられた。以来エヴェリー一家に虐げられて育つ。
十年後。ミシェルは同い年でエヴェリー伯爵家の一人娘であるパドマの婚約者に嵌められ、伯爵家を身一つで追い出されることに。ボロボロの格好で人気のない場所を彷徨っていたミシェルは、空腹のあまりふらつき倒れそうになる。
そこへ馬で通りがかった男性と、危うくぶつかりそうになり──────
※いつもの独自の世界のゆる設定なお話です。何もかもファンタジーです。よろしくお願いします。
※この作品はカクヨム、小説家になろう、ベリーズカフェにも投稿しています。

求職令嬢は恋愛禁止な竜騎士団に、子竜守メイドとして採用されました。
待鳥園子
恋愛
グレンジャー伯爵令嬢ウェンディは父が友人に裏切られ、社交界デビューを目前にして無一文になってしまった。
父は異国へと一人出稼ぎに行ってしまい、行く宛てのない姉を心配する弟を安心させるために、以前邸で働いていた竜騎士を頼ることに。
彼が働くアレイスター竜騎士団は『恋愛禁止』という厳格な規則があり、そのため若い女性は働いていない。しかし、ウェンディは竜力を持つ貴族の血を引く女性にしかなれないという『子竜守』として特別に採用されることになり……。
子竜守として働くことになった没落貴族令嬢が、不器用だけどとても優しい団長と恋愛禁止な竜騎士団で働くために秘密の契約結婚をすることなってしまう、ほのぼの子竜育てありな可愛い恋物語。
【完結】目覚めたら男爵家令息の騎士に食べられていた件
三谷朱花
恋愛
レイーアが目覚めたら横にクーン男爵家の令息でもある騎士のマットが寝ていた。曰く、クーン男爵家では「初めて契った相手と結婚しなくてはいけない」らしい。
※アルファポリスのみの公開です。
寵愛のいる旦那様との結婚生活が終わる。もし、次があるのなら緩やかに、優しい人と恋がしたい。
にのまえ
恋愛
リルガルド国。公爵令嬢リイーヤ・ロイアルは令嬢ながら、剣に明け暮れていた。
父に頼まれて参加をした王女のデビュタントの舞踏会で、伯爵家コール・デトロイトと知り合い恋に落ちる。
恋に浮かれて、剣を捨た。
コールと結婚をして初夜を迎えた。
リイーヤはナイトドレスを身に付け、鼓動を高鳴らせて旦那様を待っていた。しかし寝室に訪れた旦那から出た言葉は「私は君を抱くことはない」「私には心から愛する人がいる」だった。
ショックを受けて、旦那には愛してもられないと知る。しかし離縁したくてもリルガルド国では離縁は許されない。しかしリイーヤは二年待ち子供がいなければ離縁できると知る。
結婚二周年の食事の席で、旦那は義理両親にリイーヤに子供ができたと言い出した。それに反論して自分は生娘だと医師の診断書を見せる。
混乱した食堂を後にして、リイーヤは馬に乗り伯爵家から出て行き国境を越え違う国へと向かう。
もし、次があるのなら優しい人と恋がしたいと……
お読みいただき、ありがとうございます。
エブリスタで四月に『完結』した話に差し替えいたいと思っております。内容はさほど、変わっておりません。
それにあたり、栞を挟んでいただいている方、すみません。

【完結】勤労令嬢、街へ行く〜令嬢なのに下働きさせられていた私を養女にしてくれた侯爵様が溺愛してくれるので、国いちばんのレディを目指します〜
鈴木 桜
恋愛
貧乏男爵の妾の子である8歳のジリアンは、使用人ゼロの家で勤労の日々を送っていた。
誰よりも早く起きて畑を耕し、家族の食事を準備し、屋敷を隅々まで掃除し……。
幸いジリアンは【魔法】が使えたので、一人でも仕事をこなすことができていた。
ある夏の日、彼女の運命を大きく変える出来事が起こる。
一人の客人をもてなしたのだ。
その客人は戦争の英雄クリフォード・マクリーン侯爵の使いであり、ジリアンが【魔法の天才】であることに気づくのだった。
【魔法】が『武器』ではなく『生活』のために使われるようになる時代の転換期に、ジリアンは戦争の英雄の養女として迎えられることになる。
彼女は「働かせてください」と訴え続けた。そうしなければ、追い出されると思ったから。
そんな彼女に、周囲の大人たちは目一杯の愛情を注ぎ続けた。
そして、ジリアンは少しずつ子供らしさを取り戻していく。
やがてジリアンは17歳に成長し、新しく設立された王立魔法学院に入学することに。
ところが、マクリーン侯爵は渋い顔で、
「男子生徒と目を合わせるな。微笑みかけるな」と言うのだった。
学院には幼馴染の謎の少年アレンや、かつてジリアンをこき使っていた腹違いの姉もいて──。
☆第2部完結しました☆
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる