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五十四、大切な人

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「わかりました。
では王様の口からお話ください」

「ああ」

レオ王は深くうなずいた。

「グラス、席をはずす必要はない。
あなたにも、ここで一緒に聞いて欲しいのだから」

「では、私は向こうへ」と立ち上がろうとしたグラスを、そう言ってレオ王は手で制する。

「第一王子が亡くなってから、母の評判は一層悪くなった」

「以前もお聞きしましたが、王子殺害の疑惑がふくれあがったんですね」

「ローズは意外に物覚えがいいんだな」

それがいつもは、それほどでもないのよ。

だけど、レオ王に関することなら、どんな些細なことでも記憶しているの。

「ええ。まあ」

曖昧な笑みを浮かべた。

「それでだな」

その先を言おうとしたレオ王子が、ギュッと悔しそうに唇をかみしめる。

「その結果。
王宮内に飾ってあった母の肖像画が、何者かの手によってナイフでズタズタにされた。
父が生きていた間は、その一枚ですんだのだが、両親が亡くなってしまうとそうはいかない」

「お母様の肖像画が、次々と襲われたんですね」

「ああ。私もなめられたものだろ」

「王様のお母様を侮辱したのですよ。
なぜ、犯人をつかまえて罰しなかったのですか。
お母様だけじゃありません。
王様に対する侮辱ですもの」

つい語気を強くする。

「犯人の目星は、うすうすついているんだ」

「なら、今からでも遅くありません。
王家の威信にかけても、その犯人を捕らえましょう」 
 
激高して、思わず机をバシリと叩いた。

こんなに興奮するなんて、我ながらびっくりだ。

なんだかんだ言っても、やはり王族の血が流れているのね。

どこの国であれ、王族が汚辱をうけるのが許せなかった。

「残念だが、それは簡単なことではない」

「なぜですか」

「とても大切な人を、危険にさらす可能性があるからだ。
それに犯人は、やっかいな存在で簡単に手出しできない」

「なんですって」

思いもかけなかったレオ王の言葉に、目を丸くして驚く。 

「かなり驚いているようだな」

レオ王がスウツと目を細める。

「その犯人というのは、一体誰なのですか」

「王宮内にいる者だ。
悪いが、名前は教えられない」

「それじゃあ、その大切な人というのは、やはりオニキス女官のことですか。
レオ王の運命の人ですものね」

そう口にしたとたん、身体の奥からわきあがった嫉妬の炎が胸をこがす。

「いや。違う。
オニキス女官ではない。
以前言った運命というのは、ローズが考えているような意味ではないんだ。
今はそれだけしか言えないが」

レオ王が苦しそうに声をしぼりだした。

真っ直ぐに私を見たままで。

じゃあ、一体どういう意味の運命なのかしら。

わからない。

だけど、先ほどの真っ黒な感情がスウッと胸の中から消えてゆく。

その大切な人はひょとしたら、私かもしれない。

なんて、ほんの数ミリ期待してしまう。

「そうですか。わかりました。
それで、お母様の肖像画をここに隠して、人が近づけないようにしたんですね」

「ああ。そうだ。
ナール宰相と相談してな。
他に質問はないか」

「ひょっとして、クーコの木をあそこに移したのも王様なのですか」

「そうだ。
あれは生前母が大切に育てていた木だ。
危害を受けないように、人々の目から隠した」

「そう言えば、お母様も薬草がお好きだったそうですよね」

「ああ。
約束した薬草園はちゃんと整えてあるから、好きに使って欲しい。
追って、連絡しようと思っていたが、
場所はここの真横にある」

「わかりました。
ありがとうございます」

丁寧に頭をさげる。

すると、グラスがホッと安心したようなため息をついた。

「いつになくローズ様が、怒りだしたのでどうなるかとヒヤヒヤしました」

「ですな」

さっきから、ずーと黙って話を聞いていたナール宰相もやっと声をあげた。

「心配かけてごめんなさい」

二人の顔に、交互に視線を移した時だった。

突然、レオ王に抱きしめられる。

「はっきりしたことが言えず、謝らなければいけないのは私の方だ。
けれど、どうか私を信じて待っていて欲しい」

レオ王は耳元で、ゆっくりささやいたのだ。

その瞬間、フワリと身体が宙に浮いたような幸せな気持ちになってしまう。



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