53 / 76
五十二、ナール宰相とグラス
しおりを挟む
「ここでお昼をいただこうと、立ち寄っただけです」
かつて、こんな風に怒鳴られたことは一度もない。
それで、緊張して声が震えた。
「嘘じゃありません。
ローズ様と私は、ここで少し休憩させてもらおうと思っただけです」
そう早口でまくしたてるグラスの足元で、ブーニャンが「ニャー」と声をあげる。
「あの派手な猫は、たしかブーニャンでは」
先ほどの男とは違う声が、耳をかすめた。
ブーニャンを知っているということは、この人達は王宮内で働いているのね。
しかも、かなり私の身近で。
「ローズ様。ブーニャン」
今度は最初に聞いた男の声がする。
「ローズ様。ブーニャン」
男は何度か同じ言葉を繰り返していたが、突然あきれたような、驚いたような声をあげた。
「ひょっとして、ローズウッド王妃なのか」
「はい。間違いありません」
そう言いながら、クルリと身体を男達の方へむける。
「そんな平民のような格好をしてるから、まったくわからなかったぞ。
王妃がこんなところで食事をするのか。
はあああ。
これは驚いた」
視線の先には破顔したレオ王がいた。
レオ王の背後にはユリア騎士。
「王様。笑っている場合じゃありませんぞ。
私の言いつけを無視して、立ち入り禁止区域に入るなど、いくら王妃様でも叱ってもらわねば」
レオ王の隣に立つナール宰相は、顔をこわばらせ苦言をのべる。
「ごめんなさいね。ナール宰相」
シュンとして、小首を傾げた。
けど、グラスは強気に反論する。
「ローズ様。
納得できないことに、謝ることないですよ。
ナール宰相の方が、おかしいんじゃないですかね」
「な、なんと失礼な」
グラスは王妃の専属とはいえ侍女だ。
そんなグラスから、厳しい言葉を投げつけられた宰相は心底驚いたようで、目を丸くする。
「だってね。
ここには化け物なんていなかった。
なのにどーして、あんな嘘をつくんですか。
王様を丸めこんで、何か企んでいるんじゃないでしょうかね。
あー。わかった。
クーコの実を独り占めしたいんでしょ」
グラスは王宮生活が長いわりには、オベッカとかが苦手な人だ。
自分が正しいと思えば、時として相手かまわず猪突猛進する。
「グラス。もうやめなさい。
王様に対しても失礼でしょ」
あわてて、グラスの腕をひっぱった。
「ほー。
なんという侮辱だ。
王妃様は侍女に、一体どういう教育をしているのですかね。
きっとダリア王女様なら、こんなことにはならなかったはずだ。
私は失態をおかした。
なんとしてでも、王様を説き伏せてダリア王女様をもらうべきだったのに。
そしたら、今ごろはスベル王国との交渉も、優位に進んでいただろうにな」
どうやらナール宰相も、グラスと同じ人種のようね。
忖度なしの言葉をぶつけてくる。
もし、私がダリアだったら、ナール宰相は今頃きっと火だるまよ。
「ナール宰相は面白い人ね」
フフフ、と目を細めた時だった。
「いい加減にしろ。ナール宰相。
私の王妃に失礼だぞ」
レオ王が声をあげる。
『私の王妃』ですって。
綺麗な唇から放たれた言葉は、一気に私の心を溶かしてゆく。
気持ちがフンワリとする。
「そうよ。
二人とも、もう言い争いは終わりにするのよ。
ほら、グラス。
はやくお昼にしましょう。
少し手狭だけど、ここで皆でいただきましょうか」
「まあ。ローズ様がそうおっしゃるならそうしましょうか」
突然ウキウキする私に何かを感じたグラスは、テーブルにバスケットを置くとナール宰相に頭を下げる。
「先ほどは申し訳ありません。
カッとして、つい言い過ぎてしまいました」
「いや。私の方こそ大人げなかったです。
どうか、王妃様。
私を不敬罪で訴えてくださいませ」
ナール宰相が、塩をふられたナメクジのように、みるみる小さくなってゆく。
「あの程度のことは、少しも気にもなりません。
いざという時に、本当の事を言ってくれる。
そんな人は王族にとって一番大切ですのよ。
きっと、あなたはそういう人だと思いました。
ナール宰相」
ゆったりと微笑むと、足元にいたブーニャンが呟いた。
「ニャーン。
まあ、その言い草。
まるでポプリ国の女王そっくりね」
と。
かつて、こんな風に怒鳴られたことは一度もない。
それで、緊張して声が震えた。
「嘘じゃありません。
ローズ様と私は、ここで少し休憩させてもらおうと思っただけです」
そう早口でまくしたてるグラスの足元で、ブーニャンが「ニャー」と声をあげる。
「あの派手な猫は、たしかブーニャンでは」
先ほどの男とは違う声が、耳をかすめた。
ブーニャンを知っているということは、この人達は王宮内で働いているのね。
しかも、かなり私の身近で。
「ローズ様。ブーニャン」
今度は最初に聞いた男の声がする。
「ローズ様。ブーニャン」
男は何度か同じ言葉を繰り返していたが、突然あきれたような、驚いたような声をあげた。
「ひょっとして、ローズウッド王妃なのか」
「はい。間違いありません」
そう言いながら、クルリと身体を男達の方へむける。
「そんな平民のような格好をしてるから、まったくわからなかったぞ。
王妃がこんなところで食事をするのか。
はあああ。
これは驚いた」
視線の先には破顔したレオ王がいた。
レオ王の背後にはユリア騎士。
「王様。笑っている場合じゃありませんぞ。
私の言いつけを無視して、立ち入り禁止区域に入るなど、いくら王妃様でも叱ってもらわねば」
レオ王の隣に立つナール宰相は、顔をこわばらせ苦言をのべる。
「ごめんなさいね。ナール宰相」
シュンとして、小首を傾げた。
けど、グラスは強気に反論する。
「ローズ様。
納得できないことに、謝ることないですよ。
ナール宰相の方が、おかしいんじゃないですかね」
「な、なんと失礼な」
グラスは王妃の専属とはいえ侍女だ。
そんなグラスから、厳しい言葉を投げつけられた宰相は心底驚いたようで、目を丸くする。
「だってね。
ここには化け物なんていなかった。
なのにどーして、あんな嘘をつくんですか。
王様を丸めこんで、何か企んでいるんじゃないでしょうかね。
あー。わかった。
クーコの実を独り占めしたいんでしょ」
グラスは王宮生活が長いわりには、オベッカとかが苦手な人だ。
自分が正しいと思えば、時として相手かまわず猪突猛進する。
「グラス。もうやめなさい。
王様に対しても失礼でしょ」
あわてて、グラスの腕をひっぱった。
「ほー。
なんという侮辱だ。
王妃様は侍女に、一体どういう教育をしているのですかね。
きっとダリア王女様なら、こんなことにはならなかったはずだ。
私は失態をおかした。
なんとしてでも、王様を説き伏せてダリア王女様をもらうべきだったのに。
そしたら、今ごろはスベル王国との交渉も、優位に進んでいただろうにな」
どうやらナール宰相も、グラスと同じ人種のようね。
忖度なしの言葉をぶつけてくる。
もし、私がダリアだったら、ナール宰相は今頃きっと火だるまよ。
「ナール宰相は面白い人ね」
フフフ、と目を細めた時だった。
「いい加減にしろ。ナール宰相。
私の王妃に失礼だぞ」
レオ王が声をあげる。
『私の王妃』ですって。
綺麗な唇から放たれた言葉は、一気に私の心を溶かしてゆく。
気持ちがフンワリとする。
「そうよ。
二人とも、もう言い争いは終わりにするのよ。
ほら、グラス。
はやくお昼にしましょう。
少し手狭だけど、ここで皆でいただきましょうか」
「まあ。ローズ様がそうおっしゃるならそうしましょうか」
突然ウキウキする私に何かを感じたグラスは、テーブルにバスケットを置くとナール宰相に頭を下げる。
「先ほどは申し訳ありません。
カッとして、つい言い過ぎてしまいました」
「いや。私の方こそ大人げなかったです。
どうか、王妃様。
私を不敬罪で訴えてくださいませ」
ナール宰相が、塩をふられたナメクジのように、みるみる小さくなってゆく。
「あの程度のことは、少しも気にもなりません。
いざという時に、本当の事を言ってくれる。
そんな人は王族にとって一番大切ですのよ。
きっと、あなたはそういう人だと思いました。
ナール宰相」
ゆったりと微笑むと、足元にいたブーニャンが呟いた。
「ニャーン。
まあ、その言い草。
まるでポプリ国の女王そっくりね」
と。
1
お気に入りに追加
635
あなたにおすすめの小説
【完結】フェリシアの誤算
伽羅
恋愛
前世の記憶を持つフェリシアはルームメイトのジェシカと細々と暮らしていた。流行り病でジェシカを亡くしたフェリシアは、彼女を探しに来た人物に彼女と間違えられたのをいい事にジェシカになりすましてついて行くが、なんと彼女は公爵家の孫だった。
正体を明かして迷惑料としてお金をせびろうと考えていたフェリシアだったが、それを言い出す事も出来ないままズルズルと公爵家で暮らしていく事になり…。
【完結】伯爵の愛は狂い咲く
白雨 音
恋愛
十八歳になったアリシアは、兄の友人男爵子息のエリックに告白され、婚約した。
実家の商家を手伝い、友人にも恵まれ、アリシアの人生は充実し、順風満帆だった。
だが、町のカーニバルの夜、それを脅かす出来事が起こった。
仮面の男が「見つけた、エリーズ!」と、アリシアに熱く口付けたのだ!
そこから、アリシアの運命の歯車は狂い始めていく。
両親からエリックとの婚約を解消し、年の離れた伯爵に嫁ぐ様に勧められてしまう。
「結婚は愛した人とします!」と抗うアリシアだが、運命は彼女を嘲笑い、
その渦に巻き込んでいくのだった…
アリシアを恋人の生まれ変わりと信じる伯爵の執愛。
異世界恋愛、短編:本編(アリシア視点)前日譚(ユーグ視点)
《完結しました》
【完結】妖精姫と忘れられた恋~好きな人が結婚するみたいなので解放してあげようと思います~
塩羽間つづり
恋愛
お気に入り登録やエールいつもありがとうございます!
2.23完結しました!
ファルメリア王国の姫、メルティア・P・ファルメリアは、幼いころから恋をしていた。
相手は幼馴染ジーク・フォン・ランスト。
ローズの称号を賜る名門一族の次男だった。
幼いころの約束を信じ、いつかジークと結ばれると思っていたメルティアだが、ジークが結婚すると知り、メルティアの生活は一変する。
好きになってもらえるように慣れないお化粧をしたり、着飾ったりしてみたけれど反応はいまいち。
そしてだんだんと、メルティアは恋の邪魔をしているのは自分なのではないかと思いあたる。
それに気づいてから、メルティアはジークの幸せのためにジーク離れをはじめるのだが、思っていたようにはいかなくて……?
妖精が見えるお姫様と近衛騎士のすれ違う恋のお話
切なめ恋愛ファンタジー
旦那様、離婚しましょう
榎夜
恋愛
私と旦那は、いわゆる『白い結婚』というやつだ。
手を繋いだどころか、夜を共にしたこともありません。
ですが、とある時に浮気相手が懐妊した、との報告がありました。
なので邪魔者は消えさせてもらいますね
*『旦那様、離婚しましょう~私は冒険者になるのでお構いなく!~』と登場人物は同じ
本当はこんな感じにしたかったのに主が詰め込みすぎて......
モブの私がなぜかヒロインを押し退けて王太子殿下に選ばれました
みゅー
恋愛
その国では婚約者候補を集め、その中から王太子殿下が自分の婚約者を選ぶ。
ケイトは自分がそんな乙女ゲームの世界に、転生してしまったことを知った。
だが、ケイトはそのゲームには登場しておらず、気にせずそのままその世界で自分の身の丈にあった普通の生活をするつもりでいた。だが、ある日宮廷から使者が訪れ、婚約者候補となってしまい……
そんなお話です。
人質生活を謳歌していた虐げられ王女は、美貌の公爵に愛を捧げられる
美並ナナ
恋愛
リズベルト王国の王女アリシアは、
敗戦に伴い長年の敵対国である隣国との同盟のため
ユルラシア王国の王太子のもとへ嫁ぐことになる。
正式な婚姻は1年後。
本来なら隣国へ行くのもその時で良いのだが、
アリシアには今すぐに行けという命令が言い渡された。
つまりは正式な婚姻までの人質だ。
しかも王太子には寵愛を与える側妃がすでにいて
愛される見込みもないという。
しかし自国で冷遇されていたアリシアは、
むしろ今よりマシになるくらいだと思い、
なんの感慨もなく隣国へ人質として旅立った。
そして隣国で、
王太子の側近である美貌の公爵ロイドと出会う。
ロイドはアリシアの監視役のようでーー?
これは前世持ちでちょっぴりチートぎみなヒロインが、
前向きに人質生活を楽しんでいたら
いつの間にか愛されて幸せになっていくお話。
※設定がゆるい部分もあると思いますので、気楽にお読み頂ければ幸いです。
※前半〜中盤頃まで恋愛要素低めです。どちらかというとヒロインの活躍がメインに進みます。
■この作品は、エブリスタ様・小説家になろう様でも掲載しています。
伝える前に振られてしまった私の恋
メカ喜楽直人
恋愛
母に連れられて行った王妃様とのお茶会の席を、ひとり抜け出したアーリーンは、幼馴染みと友人たちが歓談する場に出くわす。
そこで、ひとりの令息が婚約をしたのだと話し出した。
壊れた心はそのままで ~騙したのは貴方?それとも私?~
志波 連
恋愛
バージル王国の公爵令嬢として、優しい両親と兄に慈しまれ美しい淑女に育ったリリア・サザーランドは、貴族女子学園を卒業してすぐに、ジェラルド・パーシモン侯爵令息と結婚した。
政略結婚ではあったものの、二人はお互いを信頼し愛を深めていった。
社交界でも仲睦まじい夫婦として有名だった二人は、マーガレットという娘も授かり、順風満帆な生活を送っていた。
ある日、学生時代の友人と旅行に行った先でリリアは夫が自分でない女性と、夫にそっくりな男の子、そして娘のマーガレットと仲よく食事をしている場面に遭遇する。
ショックを受けて立ち去るリリアと、追いすがるジェラルド。
一緒にいた子供は確かにジェラルドの子供だったが、これには深い事情があるようで……。
リリアの心をなんとか取り戻そうと友人に相談していた時、リリアがバルコニーから転落したという知らせが飛び込んだ。
ジェラルドとマーガレットは、リリアの心を取り戻す決心をする。
そして関係者が頭を寄せ合って、ある破天荒な計画を遂行するのだった。
王家までも巻き込んだその作戦とは……。
他サイトでも掲載中です。
コメントありがとうございます。
タグのコメディに反対意見が多かったので修正しました。
必ず完結させますので、よろしくお願いします。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる