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五十二、ナール宰相とグラス

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「ここでお昼をいただこうと、立ち寄っただけです」

かつて、こんな風に怒鳴られたことは一度もない。 

それで、緊張して声が震えた。

「嘘じゃありません。
ローズ様と私は、ここで少し休憩させてもらおうと思っただけです」

そう早口でまくしたてるグラスの足元で、ブーニャンが「ニャー」と声をあげる。

「あの派手な猫は、たしかブーニャンでは」

先ほどの男とは違う声が、耳をかすめた。

ブーニャンを知っているということは、この人達は王宮内で働いているのね。

しかも、かなり私の身近で。

「ローズ様。ブーニャン」

今度は最初に聞いた男の声がする。

「ローズ様。ブーニャン」

男は何度か同じ言葉を繰り返していたが、突然あきれたような、驚いたような声をあげた。

「ひょっとして、ローズウッド王妃なのか」

「はい。間違いありません」

そう言いながら、クルリと身体を男達の方へむける。

「そんな平民のような格好をしてるから、まったくわからなかったぞ。
王妃がこんなところで食事をするのか。
はあああ。
これは驚いた」

視線の先には破顔したレオ王がいた。

レオ王の背後にはユリア騎士。

「王様。笑っている場合じゃありませんぞ。
私の言いつけを無視して、立ち入り禁止区域に入るなど、いくら王妃様でも叱ってもらわねば」

レオ王の隣に立つナール宰相は、顔をこわばらせ苦言をのべる。

「ごめんなさいね。ナール宰相」

シュンとして、小首を傾げた。

けど、グラスは強気に反論する。

「ローズ様。
納得できないことに、謝ることないですよ。
ナール宰相の方が、おかしいんじゃないですかね」

「な、なんと失礼な」

グラスは王妃の専属とはいえ侍女だ。

そんなグラスから、厳しい言葉を投げつけられた宰相は心底驚いたようで、目を丸くする。

「だってね。
ここには化け物なんていなかった。
なのにどーして、あんな嘘をつくんですか。 
王様を丸めこんで、何か企んでいるんじゃないでしょうかね。
あー。わかった。
クーコの実を独り占めしたいんでしょ」

グラスは王宮生活が長いわりには、オベッカとかが苦手な人だ。 

自分が正しいと思えば、時として相手かまわず猪突猛進する。

「グラス。もうやめなさい。
王様に対しても失礼でしょ」

あわてて、グラスの腕をひっぱった。

「ほー。
なんという侮辱だ。
王妃様は侍女に、一体どういう教育をしているのですかね。
きっとダリア王女様なら、こんなことにはならなかったはずだ。
私は失態をおかした。
なんとしてでも、王様を説き伏せてダリア王女様をもらうべきだったのに。
そしたら、今ごろはスベル王国との交渉も、優位に進んでいただろうにな」

どうやらナール宰相も、グラスと同じ人種のようね。

忖度なしの言葉をぶつけてくる。

もし、私がダリアだったら、ナール宰相は今頃きっと火だるまよ。

「ナール宰相は面白い人ね」

フフフ、と目を細めた時だった。

「いい加減にしろ。ナール宰相。
私の王妃に失礼だぞ」

レオ王が声をあげる。

『私の王妃』ですって。

綺麗な唇から放たれた言葉は、一気に私の心を溶かしてゆく。

気持ちがフンワリとする。

「そうよ。
二人とも、もう言い争いは終わりにするのよ。 
ほら、グラス。
はやくお昼にしましょう。
少し手狭だけど、ここで皆でいただきましょうか」

「まあ。ローズ様がそうおっしゃるならそうしましょうか」

突然ウキウキする私に何かを感じたグラスは、テーブルにバスケットを置くとナール宰相に頭を下げる。

「先ほどは申し訳ありません。
カッとして、つい言い過ぎてしまいました」 

「いや。私の方こそ大人げなかったです。
どうか、王妃様。
私を不敬罪で訴えてくださいませ」

ナール宰相が、塩をふられたナメクジのように、みるみる小さくなってゆく。

「あの程度のことは、少しも気にもなりません。
いざという時に、本当の事を言ってくれる。
そんな人は王族にとって一番大切ですのよ。
きっと、あなたはそういう人だと思いました。
ナール宰相」

ゆったりと微笑むと、足元にいたブーニャンが呟いた。

「ニャーン。
まあ、その言い草。
まるでポプリ国の女王そっくりね」
と。
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