上 下
9 / 76

八、野薔薇の村

しおりを挟む
「王宮の空気はローズの体質にあわないと思われます」

もうずいぶん前のことだった。

お母様のその一言で、私の為にここが建てられたのは。

ここは王宮の中につくられた小さな村だった。

完璧に手入れされた庭園とは対照的に、村には手つかずの自然があふれている。

ー野薔薇の村ー

私の名前にひっかけて、いつしか村はこう呼ばれた。

中央には緩やかに流れる川。

あちこちに咲き乱れる色取り取りの野薔薇、たっぷりと緑色の葉をつけた木立。

「やっぱりここへ戻ってくると、落ちつくわね」

青い空にうかぶ、繭のような雲を見あげ、両手をひろげて深呼吸をする。

お母様が肝入れでつくらせた村は、いつも美しく輝いていた。 

「ただいま。グラス」

農家を模した、やや大きな家の扉を開くと同時に中へ入ってゆく。

低い垣根で囲まれた家の壁には、蔦がからまっている。

無防備に見えるこの家は、実はお母様がはった結界で守られていた。

「お帰りなさいませ。ローズ様。
ちょうど今、野薔薇茶の用意をしたところです」

家の奥から明るいグラスの声がする。

三才年上の専属侍女のグラスは乳姉妹だ。

グラスの母であり、私の乳母であるグラントは、去年流行病で亡くなってしまった。

一人っ子のグラスは、もともと父を早くに亡くしている。

グラスをひきとりたい親戚がいたようだけど、グラスはここに残ることを選んでくれた。

「私は一生ローズ様についていきます」

たまにグラスは冗談めかしに言うけれど、その眼差しは真剣そのものだ。

ソバカスの目立つ頬、茶色い短髪、女性としては縦横に大きなグラスは、血のつながったダリアよりずーと信頼できた。

「ちょうど喉がかわいていたのよ。
いただきます」

キッチンの四角い木のテーブルに腰をおろして、薔薇色の飲み物が注がれたカップを口元によせてゆく。 

「ローズ様。
結局、クレオ様はお茶会にこられるのですか?」

かたわらに立ったグラスが、小首をかしげる。

「ええ。喜んで参加してくれるそうよ」

カップに浮かぶ花びらに視線を向けながらも、口元がほころんでいく。

「ローズ様。良かったですね。
きっとクレオ様も、ローズ様と同じ想いなのですよ。
ただローズ様は王女様。
ご自分から告白するのを、ためらっておられるのです」

グラスは両手で拳をつくると、自分の言葉に「うん」とうなずいている。

「そうかしら」

「そうですとも。
良かったですね。初恋がかなって」

グラスは人の良い微笑みをむけた。

「残念ながら、初恋じゃないのよ」

「え」

グラスは少し驚いたような声をあげたが、すぐにゆっくりと首を左右にふる。

「例のあの方ですね。
あれは初恋なんてものじゃないですよ」

グラスの言うことは、きっと正しいと思う。

けど、ずーと以前に一瞬出会っただけの人の面影が、いまだに胸の奥底に沈んでいるのはなぜなの。

 ー氷の王子ー

出会ってからずーと、彼のことを勝手にそう読んでいた。 

しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

【完結】フェリシアの誤算

伽羅
恋愛
前世の記憶を持つフェリシアはルームメイトのジェシカと細々と暮らしていた。流行り病でジェシカを亡くしたフェリシアは、彼女を探しに来た人物に彼女と間違えられたのをいい事にジェシカになりすましてついて行くが、なんと彼女は公爵家の孫だった。 正体を明かして迷惑料としてお金をせびろうと考えていたフェリシアだったが、それを言い出す事も出来ないままズルズルと公爵家で暮らしていく事になり…。

【完結】伯爵の愛は狂い咲く

白雨 音
恋愛
十八歳になったアリシアは、兄の友人男爵子息のエリックに告白され、婚約した。 実家の商家を手伝い、友人にも恵まれ、アリシアの人生は充実し、順風満帆だった。 だが、町のカーニバルの夜、それを脅かす出来事が起こった。 仮面の男が「見つけた、エリーズ!」と、アリシアに熱く口付けたのだ! そこから、アリシアの運命の歯車は狂い始めていく。 両親からエリックとの婚約を解消し、年の離れた伯爵に嫁ぐ様に勧められてしまう。 「結婚は愛した人とします!」と抗うアリシアだが、運命は彼女を嘲笑い、 その渦に巻き込んでいくのだった… アリシアを恋人の生まれ変わりと信じる伯爵の執愛。 異世界恋愛、短編:本編(アリシア視点)前日譚(ユーグ視点) 《完結しました》

【完結】妖精姫と忘れられた恋~好きな人が結婚するみたいなので解放してあげようと思います~

塩羽間つづり
恋愛
お気に入り登録やエールいつもありがとうございます! 2.23完結しました! ファルメリア王国の姫、メルティア・P・ファルメリアは、幼いころから恋をしていた。 相手は幼馴染ジーク・フォン・ランスト。 ローズの称号を賜る名門一族の次男だった。 幼いころの約束を信じ、いつかジークと結ばれると思っていたメルティアだが、ジークが結婚すると知り、メルティアの生活は一変する。 好きになってもらえるように慣れないお化粧をしたり、着飾ったりしてみたけれど反応はいまいち。 そしてだんだんと、メルティアは恋の邪魔をしているのは自分なのではないかと思いあたる。 それに気づいてから、メルティアはジークの幸せのためにジーク離れをはじめるのだが、思っていたようにはいかなくて……? 妖精が見えるお姫様と近衛騎士のすれ違う恋のお話 切なめ恋愛ファンタジー

人質生活を謳歌していた虐げられ王女は、美貌の公爵に愛を捧げられる

美並ナナ
恋愛
リズベルト王国の王女アリシアは、 敗戦に伴い長年の敵対国である隣国との同盟のため ユルラシア王国の王太子のもとへ嫁ぐことになる。 正式な婚姻は1年後。 本来なら隣国へ行くのもその時で良いのだが、 アリシアには今すぐに行けという命令が言い渡された。 つまりは正式な婚姻までの人質だ。 しかも王太子には寵愛を与える側妃がすでにいて 愛される見込みもないという。 しかし自国で冷遇されていたアリシアは、 むしろ今よりマシになるくらいだと思い、 なんの感慨もなく隣国へ人質として旅立った。 そして隣国で、 王太子の側近である美貌の公爵ロイドと出会う。 ロイドはアリシアの監視役のようでーー? これは前世持ちでちょっぴりチートぎみなヒロインが、 前向きに人質生活を楽しんでいたら いつの間にか愛されて幸せになっていくお話。 ※設定がゆるい部分もあると思いますので、気楽にお読み頂ければ幸いです。 ※前半〜中盤頃まで恋愛要素低めです。どちらかというとヒロインの活躍がメインに進みます。 ■この作品は、エブリスタ様・小説家になろう様でも掲載しています。

甘すぎ旦那様の溺愛の理由(※ただし旦那様は、冷酷陛下です!?)

夕立悠理
恋愛
 伯爵令嬢ミレシアは、恐れ多すぎる婚約に震えていた。 父が結んできた婚約の相手は、なんと冷酷と謳われている隣国の皇帝陛下だったのだ。  何かやらかして、殺されてしまう未来しか見えない……。  不安に思いながらも、隣国へ嫁ぐミレシア。  そこで待っていたのは、麗しの冷酷皇帝陛下。  ぞっとするほど美しい顔で、彼はミレシアに言った。 「あなたをずっと待っていました」 「……え?」 「だって、下僕が主を待つのは当然でしょう?」  下僕。誰が、誰の。 「過去も未来も。永久に俺の主はあなただけ」 「!?!?!?!?!?!?」  そういって、本当にミレシアの前では冷酷どころか、甘すぎるふるまいをする皇帝ルクシナード。  果たして、ルクシナードがミレシアを溺愛する理由は――。

伝える前に振られてしまった私の恋

メカ喜楽直人
恋愛
母に連れられて行った王妃様とのお茶会の席を、ひとり抜け出したアーリーンは、幼馴染みと友人たちが歓談する場に出くわす。 そこで、ひとりの令息が婚約をしたのだと話し出した。

このたび、あこがれ騎士さまの妻になりました。

若松だんご
恋愛
 「リリー。アナタ、結婚なさい」  それは、ある日突然、おつかえする王妃さまからくだされた命令。  まるで、「そこの髪飾りと取って」とか、「窓を開けてちょうだい」みたいなノリで発せられた。  お相手は、王妃さまのかつての乳兄弟で護衛騎士、エディル・ロードリックさま。  わたしのあこがれの騎士さま。  だけど、ちょっと待って!! 結婚だなんて、いくらなんでもそれはイキナリすぎるっ!!  「アナタたちならお似合いだと思うんだけど?」  そう思うのは、王妃さまだけですよ、絶対。  「試しに、二人で暮らしなさい。これは命令です」  なーんて、王妃さまの命令で、エディルさまの妻(仮)になったわたし。  あこがれの騎士さまと一つ屋根の下だなんてっ!!  わたし、どうなっちゃうのっ!? 妻(仮)ライフ、ドキドキしすぎで心臓がもたないっ!!

幼妻は、白い結婚を解消して国王陛下に溺愛される。

秋月乃衣
恋愛
旧題:幼妻の白い結婚 13歳のエリーゼは、侯爵家嫡男のアランの元へ嫁ぐが、幼いエリーゼに夫は見向きもせずに初夜すら愛人と過ごす。 歩み寄りは一切なく月日が流れ、夫婦仲は冷え切ったまま、相変わらず夫は愛人に夢中だった。 そしてエリーゼは大人へと成長していく。 ※近いうちに婚約期間の様子や、結婚後の事も書く予定です。 小説家になろう様にも掲載しています。

処理中です...