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35、キノコの精霊スパイス

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 しばらく雲の切れ間を進んでいたキキは、急に猛烈な勢いで降下する。

 眼下にひろがるのは私がよく知っている市場だった。

 市場の通りを低空飛行するキキは、少しもスピードをゆるめない。

 私は振り落とされまいと必死でキキの身体にしがみつき、ギュッと目をとじる。

 道行く人達の目には大きな鳥の姿にでもうつっているのかな。

 空とぶ人間と幻獣に声をあげるものは1人もいない。

「目的地に到着したぞ」

 キキの声にうながされて目をあけると、まっさきに香辛料屋がとびこんできた。

 キキの背中からピョンと飛び降りて店先にたつ。

 大きな黄色い看板が目立っている店内をチラリとのぞけば、どことなく怪しげな雰囲気が漂っている。

 色とりどりのスパイスの山がズラリと並べられていて、それらの香りが混じり合ってつくられた独特の香りが私の鼻腔を刺激した。

「まさかスパイス屋さんにレストランがあるとは知らなかったわ」

「そりゃそうじゃろう。
 レストランSはサクラダ国のククレ公爵が極秘につくったんじゃから。
 ククレ公爵というのは、現王の2番目の弟でフラン王子派なんじゃ。
 レストランSに招待されるのは、国の重要人物ばかりなのじゃが、悪いがおジョーちゃんはそうは見えん。
 おジョーちゃんは一体何者なのじゃ。
 まさか。まさか。
 フラン様の思い人なのか!」

 店の奥から異常に頭の大きな小男が出てきて、まるで値踏みするように私の頭からつま先をジロジロと眺めた。

 黄色いシャツに黄色いパンツ、全身真っ黄色にコーデした小男は耳をクルクルと回す。

 これはどうみても普通の人間じゃなさそうね。

「コイツは王子の思い人なんかじゃない。
 このツラを見ればわかるだろう。
 コイツは王子の恩人なんだ。
 ここからはジイにまかせるから、よろしく頼む。
 ブレーム公爵の動きを探るためオレは忙しくてな」

 失礼な事をサラリと言ったキキはキビスを返すと、あっというまに私の視界から消えてゆく。

 ブレーム公爵って誰なのかな。

 ここまで連れてきたんだから、もう少し詳しく説明してくれたっていいのに。

「無愛想な幻獣ね」

 キキの態度に唇をとがらせた。

「おジョーちゃん。
 アイツはいつもあんなモンじゃ。
 けどサクラダ1誠実な男と言っても過言じゃない。
 まずはワシから自己紹介をしよう。
 ワシはキノコの精霊の長老、スパイスじゃ。
 サクラダは今政治が不安定でな。
 サッサとこの国へ逃げてきたんじゃ。 
 人間に化けたら、こんな不格好な男になってしまったのが残念じゃがな。
 なにしろ、シンシア国は美女揃いじゃからな」

 長い顎髭をたくわているスパイスさんは、大きなお腹に手をあてて「ガハハ」と笑う。

 キノコの精霊ですって。

 シンシア国では見たことがない。

 私は目を丸くして驚いた。

「不格好だなんてとんでもない。
 とても愛嬌のあるお姿だと思います」

「おおお。
 これは喜しい事を言ってくれるな。
 見たところおジョーちゃんはとても美しい瞳をしておる。
 サクラダではな。
 魂の美しさは瞳に現れると言われておるのじゃ。 
 フラン様が気にいるのもわかるわい。
 フラン様は政権争いに巻き込まれて疲れておるはずじゃ。
 今日はおジョーちゃんがうんと癒やしてやって欲しい」

 店はウナギの寝床のようなつくりをしていて、奥に長く伸びていた。

 私はスパイスさんに連れられて、レストランへ続く長い廊下を歩いてゆく。

 スパイスさんはとても話好きで、短い間にサクラダの国情について、わかりやすく説明してくれた。

 どこかの幻獣とは大違いよ。

「ブレーム公爵って、聖女をさらったうえに、フラン様から王位を奪おうとするなんて汚い男ですね」

 胸の奥から怒りがこみあげてくる。

 サクラダの傷ついた国民の為に、ゴールデンローズを咲かせてあげたかったな。

 自分の無力さがとても残念、とキュッと唇を一文字に結ぶ。

 まだ見ぬ国の事をここまで心配する理由はただ1つ。

 フラン様の国だからだ。

 自分の想いに気がつくと頬を赤くそめた。




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