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15、どうしたのかな、私 フラン視点

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「アイリーン様、たいへんです。
 はやくお邸へお戻りください。
 マリーン様がアイリーン様のお部屋をあらしてるんです。
 私がいくら止めても、言うことを聞いてくれなくて」

 血相をかえて走ってきた中年の女が、悔しそうに唇をかむ。

 すると、ハリス君が、
「マリーンがどうして」
と顔をひきつらせてかたまっている。 

 それを傍で見ていた僕はコクリと首を傾げた。

「彼女はアイリーンを呼んでいるのに、どうしてハリス君が返事をするのだろう。
 わからない」

 顎に手をあてて、空を見上げてブツブツと考えをはきだす。

「ひょっとしたら、さっきチビクマちゃんは僕に嘘をついたとか。
 なにか事情があって、ハリスという少年のふりをしているけれど、本当はこの子はアイリーンという少女じゃないのかな」

 僕は目を閉じて、ゆっくりと曖昧な記憶をたどってゆく。

『やっぱり私は皆が言うとおりの役たたずよね。こんな時に何もできないなんて。
 お母様みたいにギフトももっていない。
 使えるのは平凡な魔法だけ』

 ハリス君はたしかそんなような事を言って、ボロボロ泣きだした。

 それから、あわてて帽子をぬぐ。

 その瞬間、今まで見たことがない不思議な色の、とても綺麗な長い髪がハリス君の肩までおちてきたのだ。

 ハリス君が帽子で涙をぬぐう様子は、どうみても健気な少女だった。

「意識がモウロウとしていたから、残念ながら自信はない。 
 だから、チビクマちゃんの言葉もすぐ信じられた。
 けど、やっぱり何かひっかかるぞ。
 あの子は一体どんな秘密をかかえているんだろう」

 少年であろうが、少女であろうが、命の恩人には違いない。

 こだわる必要はないのだが、僕はハラハラと涙をこぼす恩人に、すっかり心を奪われてしまっている。

 だから、どんな事でも知りたいのだ。

「よし。絶対また会うぞ」

 小さくなってゆくハリス君の背中を見送りながら、唇を引き結ぶ。

 そして、ミーナが見つけてくれた角笛を唇にあてて甲高い音をたてた。

ーピー、ピピピピ、ピー、ピピピー

 笛の音がおわると同時に、向こうからサクラダ1の美丈夫と噂されているキキ護衛騎士が、カモシカのようにしなやかに駆けてくる。 

 キキは僕の前で立ち止まると、本来の自分の姿にもどった。

 キキは上半身は人間。

 下半身はシカの幻獣なのだ。
 
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