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8、物語を売ります

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 あれだけカーラに言われたけど、私はアラン様の邸へ出向く気にはならなかった。

「夕食ぬきぐらいでへこたれるもんですか」

 なんて強気でいられるのは、これまでもそういう事があったからだ。

 その度にリンダやサムが、カーラの目を盗んで差し入れをしてくれた。

 今回もたぶんそうなるはず。

「こんな邸、もうすぐでてやるんだから」

 そう言うと、本邸と比べものにならない、みすぼらしい離れにある自室の机にかじりつく。

「うーん、結末はどーしようかしら」

 机の前においた紙の前で、羽ペンを持ったまま天井を見上げて悩む。

 私は町の貸本屋さんに、自分がつくった物語を売っているのだ。

 最初は自分の為に書いたていた。

 不幸な境遇の女の子が素敵な人に出会って、幸せになる物語を。

「アイリーンの物語は、読んでいる人を優しく励ましてくれるよ。
 だからミーナだけが読むのはもったいない。
 貸本屋さんに原稿をもっていったら」

「バカね。私の書いた物語なんて、誰も読んでくれないわよ」
と言いながらも、物語ををほめられたのはとても喜しかった。

 試しに変装して、町の貸本屋さんをのぞいたのがきっかけで、お店に私の本も置いてもらっているのだ。

 本といっても立派なものではない。

 原稿を二つおりにして、お店の人が表と裏に表紙をつけてくれたようなものだ。

 けど、私の本を読んでくれる人はとぎれなかった。

 報酬は借りてくれる人数による。

 たいした儲けにはならなかったけど、見知らぬ誰かが、私の物語を読んでくれるなんて最高に幸せだった。

「ねえ。アイリーン。
 いっつも同じような悪徳令嬢がでてくるけど、それって絶対マリーンがモデルだよね」

「うん。
 それと、ちょくちょく登場するキツイ継母はカーラよ」

「やっぱりね。
 あの2人のことなんか、もっと悪く書いちゃいな」

 ペンダントの鎖をはずして、机の上にチョコンと座ったミーナが、私の腕をひっぱる。

「ちょっとミーナ。
 悪いけど静かにしてくれない。
 今、最高なラストを思いついたから」

 そう言ってカリカリとペンの音をたてて、原稿用紙に文字を書き込む。

「ミーナ。
 もう少しで完成よ。
 明日、町にでかけましょう。
 たまには帰りに、美味しいお茶でも飲んでこようね」

 部屋のたてつけの悪い扉から、ビュウビュウ隙間風がふいてくる。 

 窓にかかるカーテンはツギハギだらけだ。

 天井裏からは、ドドドとネズミが走る音が聞こえてくる。

 けれど、物語をつむいでいる時間は、こんな私でも王女様や聖女様にだってなれるのだ。

 私には豊穣のギフトはあたえられなかった。

 けど、空想力をもって生まれたことには感謝しかない。
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