妹に悪役令嬢にされて隣国の聖女になりました

プロローグ 夫と妹の裏切り

 　シンシア国のリーフ伯爵家は、巨額な富を手にした。

　当主ローラが、幻の花と言われていたゴールデンローズを咲かす事ができたからだ。

　花、葉、茎、すべてが黄金色に輝くゴールデンローズの花びらに触れれば、どんな怪我も病も完治する。

　この花を咲かすとこができた者は、ここ数百年現れなかった。

　豊穣のギフト持ちの中から、より女神に愛された者にしかその力はあたえられない。

　そんな稀な力をローラは授けられたのだ。
　
　ローラはたぐいまれな美貌をほこっていた。

　もえるような若草を彷彿させる淡い緑の髪は、光の加減により銀色にも金色にも、ピンク色にも見える。

　やや吊り上がったアーモンドのような目。

　その目の真ん中できらめくのは、髪と同じ色の丸い瞳だ。

　様々な色に輝く瞳は１級品の宝石のようである。
　
　ローラは女だった。

　まだまだ女伯爵が珍しい時代である。

　だからだろう。

「『女になにができる。
　いくらゴールデンローズがあっても、そのうち領地はひどくなるぜ』
　なんて陰口をたたかれたくないのよ」

　これがローラの口癖だった。

　言葉どおり、ローラは領地経営に熱心にとりくんだ。

　おかげでリーフ家の領地は、王族から見本領地として表彰されるまでになった。

　当然、他の領主から嫉妬も半端ない。

「やり手の女伯爵らしいけどさ。
　その面はガマを踏み潰したようらしいぞ」

「おまけに。
　身体はブタのようだというし」

「ワハハハ。
　そんな女と結婚した男の気持ちがわからないな。
　女はな。
　ちょっとぐらいバカぐらいの方が、愛嬌があって可愛いもんさ」

「そうだよな」

　ローラと面識のない伯爵達は、自分の能力のなさを棚の上にあげて、こんな風にローラを罵倒していたものだ。

　それはローラの耳にもはいっている。

　けれどローラは、苛つくことも、心を痛めることもなかった。

　なぜなら、優しい夫パインがいたからだ。

「心の貧しい男達が多いのね。
　それに比べて、私の夫パインはなんて心の広い人なんでしょう」

　花のような微笑みをうかべて、心ない中傷を聞き流していた。

　あの日までは。

  あの日、予定より早く出張がおわったローラは、パインを驚かせようと連絡をせずに屋敷へもどった。

「パインのことだもん。
　きっとオーバに喜ぶわよ」

　ローラが悪戯っぽい笑みをうかべて、夫婦の部屋の扉を開けた時だった。

　ソファーでむつみ合う男女の姿が飛び込んでくる。

「あなた達、そこで一体何をしているの」

　ローラは、予想外の展開に一瞬呼吸をするのを忘れたほどだ。

「何をしているのって、聞いているでしょ！」

　ローラは部屋のソファーに橫たわって、熱いキスを交わしているパインと妹のカーラにむけて声をはりあげると、クルリと背を向けて玄関から飛び出していった。

「待ってくれ。ローラ。
　さっきのは誤解なんだよ」

　すぐに追いかけてきたのだろう。

　背中からパインのあせった声がする。

　誤解ですって。

　いっそ、カーラを愛していると言ってくれた方がマシだわ。　

　ずるい浮気男め。

「見損なったわよ。パイン」

　ローラが泣きながら中庭を走り、邸の立派な門を、勢いよく飛び出した時だった。　

　左手から、猛スピードで馬車が走ってきたのだ。

「きゃあああ」

　ローラは悲鳴をあげると、広い道に倒れてしまう。

　美しい額から、ダラダラと真っ赤な血を流して。

　ローラは即死だった。

　そして、馬車は何事もなかったかのように、その場を走る抜けていってしまう。

　主を失ったリーフ家では、ローラの娘アイリーンが、揺りかごでスヤスヤと眠りについていた。

　たった今、自分の運命が大きく変わった事など知らずに。