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第1章 その女、超常に見舞われるにつき
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しおりを挟む…それとも、もしかして私は本当に記憶喪失なんだろうか?
うん、他人を疑ってばかりいないで、自分の中の原因を疑ってみるって大事(昔どっかの偉い誰かが言ってた気がする)。
とすると、あり得るのは、私が買い出しに出てトラックに轢かれたというのはずいぶん前の記憶で、実は旅行か何かでアメリカに来ていて、その記憶がごっそり抜け落ちているとか?
今思えば、雨の降るあの路地裏で目覚めた時点で、英語が飛び交っていたことといい、周りの景色といい、異国風情があった気がするし。
と思ったので、聞いてみた。今は何年の何月ですか、と。
帰って来た答えは、
『1950年の5月15日だけど』
……。
待て待て待て待て。
空耳だと言ってくれ。
私の混乱を察したのか、彼はもう一度、同じ言葉を繰り返した。
今度はゆっくりと。
ナインティーンフィフティ。
「…いやいやいや待って待って」
思わず日本語が出てしまう。
だってさすがに、それはない。未来に進んでいるならまだしも、
1950年?
なんで過去に遡ってるわけ?それも、数十年単位で。
もう一度、窓の外に視線を投げる。
ふと、建物のすぐ下の駐車場らしきスペースが目に留まった。
両目とも2.0を誇る視力で目を凝らす。ボンネットが広く、ライトがまん丸で、車高の低いレトロな車たちばかりが並んでいるのがわかった。いっそ見事なまでに日本車が一台もない。
そもそも私は運転というものをしないので車のことなど(増して外車なんて)ほとんどわからないが、その中に1つだけわかる車種を発見。
クリーム色のボディのソレは、1949年型のキャデラックのクーペなんとか。
…正式名称は忘れたが、とにかく、その車はおじいちゃんが好きだった車種であり、今、私の背後にいる男の愛車ではなかったか。
彼が、本当にあのラディ・ミラーだとすれば。
「ええっと、……Mr.Miller?」
『ラディと呼んでくれ』
さ、いい子だからベッドに戻るんだ。
と、ラディ(仮)にさも自然な流れで腰を抱かれて半ば強制的にベッドの方へ連れ戻されながら、もはやミーハーな気持ちも起こらず私はつらつらと思考を巡らせる。
まさか、
まさか、私はアレか。
トラックに轢かれた衝撃でトリップを果たした、というやつか。
それもハリウッド映画『探偵ラディ』シリーズの世界に。
ちなみにジャンルは、サスペンスもの。いや、アクションシーンの多さを考えると、むしろハードボイルドと言っていいかもしれない。
……そんなバカな。
だって、こういうのって、普通、ファンタジーの世界で起こることじゃないんですかね。
いや、そもそもただトリップするんじゃなくて、貴族の娘やらプリンセスやらに生まれ変わって、バッドエンド回避したり救済したり、とかいうパターンではないのか。いわゆるトラ転。それがちまたでの流行りだったはず。
なのに、今の私といえばまるっきり元のステータスで生身のまま。
つまり、トラックに跳ねられて頭パッカンしたところに、トリップして早々わけのわからん棍棒野郎と格闘の末怪我を上書きされるわ、
回復機能なし&言語能力:日本語オンリーで推しの前に放り出されるわ、
世界が私に厳しすぎて泣きそうなんだけど。
……あと、どうでもいい事かもしれないけど、気づいてしまった以上、突っ込んでいいかな。軽い現実逃避も兼ねて。
私が寝ていたベッドの枕元に、びっくりチキンもいい感じに寝かされてる。
多分、私を気遣ってくれたラディ(仮)か誰かがやってくれたんだろうけど、ソレ、添い寝用のぬいぐるみじゃないんだわ。
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