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第1章 その女、超常に見舞われるにつき

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それから、とうに100歳を越しているように見えるお婆さんがやっているたばこ屋さんに寄って、タバコ(おじいちゃんへのお供え用あって、私は喫煙者ではない)を買って家に帰ろうとしたところで、時雨さんの店にスマートフォンを置き忘れたことに気がついた。
それで、引き返す途中横断歩道を渡っていたところで、信号無視×スピード違反のダブルパンチなトラックに跳ね飛ばされたのである。
多分、一度意識を失ったんだろうけど、だとすれば次に目が覚めた時の、あの光景はなんだったんだろう。
雨の中の、あの路地裏の攻防は。
そもそも、私がいた所は山肌に面した奥まった土地で、間違ってもあんな高い建物に囲まれた路地裏ではなかったはず。
…え、もしかして結構引きずられた?
私が跳ねられたところからマンションやビルが乱立する駅前まで、短く見積もって1.5キロはあるんですけど。
こっわ。
自分の怪我の状態を知るのが怖い。
でも、感覚的に体の損傷はそこまで酷くなさそうなんだけど。
というか、頭を打ったせいなのか何なのか、さっきから体の感覚が妙に遠いというか、鈍いというか。

『大丈夫かい?起きているのが辛いなら、眠ってしまった方がいい』

…そろそろ目の前の現実に戻ろう。
何故ここにラディ・ミラー…というか、ジャック・ローレンスがいるのか。
私は未だ混乱でバカみたいに口を開けたまま彼を見上げた。
よかった、何度瞬きしてもまだ見えてる。
事故でイカれた頭が見せる幻覚じゃなさそうだ。
いや、よくない。
どういう状況だ、これ。
咄嗟に思いついたのは、ハリウッドのドッキリというか、チャリティーの一環で、病院の子供達をサプライズ訪問するアレだ。
私が運ばれた病院が幸運にも訪問先に選ばれた、というパターンか。

『聞いているのか?…まさか、耳が聞こえなくなったのか⁉︎』

「ひっ⁉︎あっ、No,No,I'm listening,I'm listening,I'm listening!」
顔が近い!目が潰れる!というか、そんな悲しそうな顔しないで!
必死で首を振ると、ジャックはイケメンに耐性のない芋女には刺激が強すぎるサンシャインスマイル(造語)を浮かべた。あ、尊い…と思った次の瞬間には、ネイティブの英語で怒涛の勢いで喋り出す。待って、全然聞き取れない。
「Sorry,I can't understand english well!」
more slowlyもっとゆっくり…と頼むと、ジャックはふと我に返ったようにキョトンとして首を傾げた。
Where are you from?とゆっくり言われ、変なことを聞くなあと思いながら、私は「Japan,I'm Yuriko Tachibana」と、遅ればせながら自己紹介をする。

が、それを聞いたジャックの表情は一瞬にして凍りついた。
そんな彼を見て私も凍りついた。

え?何事?
思わずシーツを引き寄せる私。
ジャックは硬ばった顔のまま、人差し指を立てると、閉じたドアから病室の外を透視するかのように見やった。それから再び私に視線を戻すと「今から自分に関する情報を聞かれた時は全部“わからないI don't know”で答えるんだ、いいね?」というような類のことを低い声で囁いてくる。
迫力に押されるがまま…というか、ウィスパーなテノールバリトンボイス(造語Part2)に当てられて浮ついたファン心のままに頷いたのと同時に足音がして、扉が内側に開かれて医者らしき白衣の男性が入ってきた。
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