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第1章 その女、超常に見舞われるにつき
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しおりを挟むその男が叫んだ言葉の内容はさっぱりわからないが、おそらくそれが悪口のスラングであることは間違いない。
何故なら、私はたった今、ソイツの側頭部に猛烈な蹴りを食らわせた所だから。
今は夜、薄暗い路地裏で、おまけに雨足が強くなりつつある。
ふとそこへ呻き声がして、私が背後に庇っていた老人が起き上がろうとしている気配がした。
ソイツが、その呻き声に一瞬気を取られたのがわかった。
ので、ソイツの懐に潜り込むようにして、思いっきり金的を食らわせてやった。
うん、我ながら見事な一撃。
おじいちゃんが見ていたら褒めてくれていたはず。
聞くに耐えない悲鳴をあげたソイツに、背後の老人も、「Oh...」とアメリカンに狼狽えた声をあげた。
というか、彼は本当にアメリカ人なのかもしれない。少なくとも、彼らが英語圏の人間であることは確かだ。2人は、この路地裏で英語らしき言葉で何やら言い争い、それがそのうち片方が棍棒のようなもので老人を殴りつけるというバイオレンスなやり取りに発展した所に私は居合わせたのである。
で、私は今、前かがみになって燻る棍棒野郎にかかと落としでとどめを刺し、ようやく老人と顔を合わせた。
「Ah,are you all right?」
「……」
あっ、これは引いてますね。原因はおそらく、私が血みどろだからだ。壁に寄りかかりつつも立ち上がると遥かに私より背が高い老人が、暗がりの中でも、驚愕の表情をしているのが伝わってくる。
己の底辺の英語力を嘆きつつ、それでも「I will call police…」と言葉を絞り出したところで思い出す。そういえば、今スマホ持ってないんだった。
申し訳ないがセルフで呼んでもらうしかないな、そもそも携帯持っているのだろうか、頼むから持っててくれ…と、思ったところで不穏な気配を感じ、咄嗟に目の前の老人を突き飛ばした瞬間、横から衝撃(不思議と痛みは感じなかった)を受けるとともに視界が大きくブレた。今度は私が側頭部に一撃もらったらしい。
老人が何か叫んでいるが、その声が先程より遠くに聞こえた。
あ、これ死ぬかも。
頭はいけませんよ、頭は。
というのも、私はさっきトラックに跳ね飛ばされたばかりで、血みどろなのは主に頭からの出血によるもので、視界が悪いのは実は雨のせいだけじゃなかったりするわけで。
そもそも、意識が戻った瞬間、トラックに跳ねられたと思しき交差点ではなく、見知らぬ路地裏だったこともおかしい。が、そんな状況について考える間も無く大柄の男2人が争っているのが目に入り、しかもそのうちどうやら若い方が老人を棍棒で殴り始めたとあって咄嗟に単身で突っ込んで行ってしまった。…今思えば頭がやられていたとしか思えない。
いくら武道を嗜んでいる身とはいえ、我ながら無茶すぎるが後の祭り。
暗くてよく見えないし、いよいよ打ち付ける雨の感触もわからなくなってきたが、おそらく頭からはホラーかと思うほどおびただしい量の血がしたたっている。
だから、その棍棒野郎の一撃で地面に崩れ落ちる瞬間、紙袋から飛び出していたソレが目に入って、咄嗟に手に取った私を誰が責められよう。
左手で鷲掴んだソレを、私の体にのしかかる棍棒野郎の顔面に突きつけて、思いっきり鳴らした。
キョエエエエエエーーー
夜の薄暗い路地裏の緊迫した空気を、びっくりチキンの珍妙にしてけたたましい雄叫びが見事にぶち壊した。
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