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29.変わる時

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ジルベール様が私を連れて向かったのは、
ロジェロ侯爵家専用の控室だった。

中に入るとマリーナさんが笑顔で迎えてくれた。

「お疲れさまでした、ジルベール様、シャル様」

「ああ」

「マリーナさんは夜会に出なくてもいいの?」

「ええ。魔術師になった時点で家は関係ないと決めていますから」

「そうなんだ」

エレーナ様の従姉妹だというのはわかったけど、
結局マリーナさんの家名を知らない。
魔術師になる時に捨てたからとは聞いたけど。

マリーナさんが淹れてくれたお茶を飲んでほっとしたところで、
ドアが静かにノックされる。
マリーナさんが相手を確認して部屋の中に通した。

入ってきたのは金髪青目の王族服……え?この人って王太子?
さっき壇上で話していた人がジルベール様に笑いかける。

「あれでよかったか、ジルベール」

「ああ、お疲れ。お前が話したってことは、
 陛下は最後まで抵抗してたってことか?」

「いや、父上ではなく、母上だな。
 わかるだろう?エクトルの叔母なんだぞ。
 似たような教育を受けてきている」

「あの公爵家は本当に馬鹿だな。
 生まれたのが王子だけだったからよかったものの、
 王女が生まれていたらどうする気だったんだ?」

「さぁな。母上のことだからわかっていないんだろう」

ぽんぽんと繰り出される会話についていけない。
王太子とジルベール様、もしかして仲良し?

「ところでちゃんと紹介してくれよ。
 愛しの婚約者なんだろう?」

「お前に言わると腹が立つが……。
 シャル、王太子のエドモンドだ」

「エドモンドだよ。名前で呼んでかまわない。
 親友の婚約者だからね」

「シャルリーヌです……よろしくお願いいたします。
 あの、エドモンド様はジルベール様の親友なんですか?」

「そうだよ」

「………そうだ」

にっこり笑って答えてくれたエドモンド様と、
嫌そうに答えてくれるジルベール様。
そっか。本当に親友なんだ。

「さきほどはありがとうございました。
 ジルベール様との婚約を認めていただけてうれしかったです」

「うん、エクトルが迷惑をかけていたみたいだしね。
 お詫びもかねて。俺が認めたって言えば、
 婚約を認めないって誰も言えなくなるだろう」

「王妃は気に入らないようだったが。
 まぁ、叔母もシルヴィも王家の血筋じゃないってわかったんだ。
 これ以上押しつけてくるようなことはしないだろうな」

どうやら王妃はシルヴィ様をジルベール様の婚約者にと考えていたらしい。
王家の血筋だからというのが理由なら、その理由はなくなった。
ということは、王妃は知らなかったんだ。偽の王女だったってこと。
本当に一部の人間しか知らなかったことなのかな。

「陛下も王妃も黒の問題は関係ないと思ってたんだろうけど、
 もともと王家に魔力の多い令嬢ばかり嫁がせていたのが原因だからな。
 魔術師が減ってしまった理由もそうだし。
 このあたりで何とかしないと、この国に魔術師はいなくなってしまう」

「どうして魔術師が減ってしまう原因なんですか?」

「王家のものは魔術師にならない。
 高位貴族の令嬢も魔術師になるのは難しい。
 なのに、王家も高位貴族も魔力の多いものを嫁がせたがる。
 嫁がせた後は魔術師を辞めさせてしまう癖に。
 本来なら伯爵家以下に嫁がせて、子孫を魔術師にするべきなのに」

「あぁ、そういうことですか。
 じゃあ、王族や高位貴族の令嬢も魔術師になれば解決しますか?」

ささやかな疑問で聞いたのに、その場にいた全員にえ?って顔をされる。
何かまずいことでも聞いたかな。

「えっと……王族でも魔術師になればいいと思うんです。
 高位貴族の令嬢でもなりたいって方もいますよね。
 そうすれば人が少ないのは解決するんじゃないかって」

たしかエレーナ様も魔術師にあこがれていた。
侯爵家の令嬢だからダメだっていうなら、
それを変えてしまえばいいんじゃないのかな。

悩むような顔をしていたエドモンド様は、
同じように考え込んでいたジルベール様に問いかける。

「……そうだよな。
 あまりにも簡単すぎて、思いつかなかった。
 ダメだって言われているからダメなんだって。
 王家が決めたルールを変えれば済む話なんだよな。
 ジルベール、受け入れは可能か?」

「……王家がそれを許すのなら可能だ。
 お前がルールを変えれば、すぐにでも入って来そうなのが数名いるな」

「セドリックか。だが、いいのか?
 マリーナは嫌がるんじゃないのか?」

セドリック様って、第二王子だよね。
どうしてマリーナさんが嫌がるんだろう。

「私が嫌がっていたのは第二王子妃になることですから、
 セドが魔術師になることは拒みません」

「あいつが魔術師になったらマリーナにつきまとうと思うが」

「私は魔術院の塔をいただいていません。
 ジルベール様の屋敷で侍女をしていますので、
 つきまとうのは無理だと思います」

「それはそうか。ジルベールの許可なしに入るのは無理だな。
 では、ルールを変えてもかまわないな?」

マリーナさんがうなずいて、ジルベール様もうなずいた。
……マリーナさん、第二王子妃になってほしいって言われてたの?
知らない事実に驚いたけれど、それを聞けるような雰囲気じゃない。

「院長には俺が話をしておく。
 セドリックが入ってくれば上級魔術師が増える。
 院長は喜ぶだろう」

「わかった。あぁ、シャル嬢。
 俺は会場に戻るけれど、何かあれば遠慮なく言ってくれ。
 君のことはジルベールが守るだろうけど、
 王家も君のことを守りたいと思っているからね」

「ありがとうございます」

「多分、生まれてくる子は王女だと思う。
 生まれたら会ってやってくれ」

「はい!」

エドモンド様はにこやかな顔で部屋から出ていく。
生まれてくるのが王女ってことは、黒髪なのかな。
私と同じだけど、きっと同じようにはならない。
エドモンド様が、ジルベール様がそうさせないだろう。

よかったと思って笑っていたら、ジルベール様に頭をなでられる。
見上げたら何か複雑そうな顔をしている。

「どうかしました?」

「いや、俺もシャルが生まれてきた時から守りたかった」

「え?」

「もっと早くに出会えたら、シャルが傷つくことはなかった」

「ふふ。大丈夫です。ジルベール様が助けてくれましたから」

「そうか」

あの日、黒猫だった私を助けてくれたのはジルベール様だ。
黒だった私に手を差し伸べてくれた初めての人。
それが遅かったなんて思っていない。
私の心はちゃんとジルベール様に助けられている。

笑いあっていたら、また誰かが来たようだ。ノックする音が聞こえる。
マリーナさんが相手を確認に行って、険しい顔でジルベール様に報告する。

「来たのはアンクタン家です。
 どうしましょうか」

「え?お父様たち?」
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