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28.王太子の言葉

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陛下の開始宣言の後、王太子が前に出てきた。
王太子は二十七才だったはず。
ここに王太子妃がいないのは出産間近だからだと聞いている。

もしかして王太子が前に出来てきたのは、
生まれたことを発表するんだろうか?

「今日の夜会は、すべての貴族家が出席している。
 あとで聞いてなかった、知らなかったという言い逃れはできない。
 もし家族がこの場にいなかった場合は必ず伝えておくように」

王太子の顔は喜びというよりも、苦しそうな表情に見える。

「先々代の国王は過ちをおかした。
 そのことを今日この場で明らかにしようと思う」

少し離れた場所でひぃと悲鳴が聞こえた。
そして、女性のつぶやくような声。

「や、嫌よ。言わないで、ねぇ」

声の方向に目を向ければ、金髪の夫人が倒れそうなほど青ざめている。
そのつぶやきは王太子にも聞こえたはずなのに、
そちらには目も向けずに話し続ける。

「先代国王の妹、アデライト王女は黒髪黒目で生まれた」

「え?」
「ど、どういうことだ?」
「アデライト王女って……金髪だったわよね?」

王太子の言葉に、あちこちの当主、夫人たちが動揺している。
アデライト王女……ジルベール様のお祖母様だ。
ジルベール様を見たら、顔色一つ変えずに王太子を見ていた。

どうやらジルベール様は知っていたようだ。
だから、夜会で方が付くと言っていたのかな。

「この国では黒色は不吉だ、魔女だという言い伝えがあった。
 なんの根拠もない話だ。だが、先々代の国王は王女を隠した。
 王女が魔女だと言われないように、金髪の乳兄弟を身代わりにした。
 皆が知っているアデライト王女は身代わりをつとめた伯爵令嬢ディアナだ」

会場中が静まり返る。
あまりのことに理解できないといった顔をしている。

「先代侯爵エルキュール殿はアデライト王女の息子だ。
 だが、アデライト王女はエルキュール殿が五歳の時に亡くなり、
 そのまま後妻となったディアナ夫人がマリーズ子爵夫人を産んだ」

「いやぁぁぁぁぁ」

先ほど嫌がっていた金髪の夫人が倒れる。
助けようとそばに寄った令嬢がジルベール様の従妹シルヴィ様だと気がつき、
倒れたのがジルベール様の叔母だとわかった。

自分が王女の娘ではなく、伯爵令嬢の娘だとわかったからか。
シルヴィ様も真っ青で今にも倒れそう。
子爵は近くにいないのか、近衛騎士たちが倒れた夫人を連れていく。

「三十年前、黒色と魔女は関係ないという、
 魔術院の院長の研究結果が報告された。
 その研究にはアデライト王女の資料も含まれている。
 王族、高位貴族から生まれた令嬢が、
 魔力が豊富な場合、黒髪で生まれる可能性が高い」

周りにいた人たちが私を見ているのに気がついた。
さっきまでのさげすんだような目ではなく、
驚いて観察しているような?

「私の妃、アンジェラが産む子が王女だった場合、
 黒髪で生まれてくるかもしれない」

あ。そうだ。王太子妃の出産が近い。
王女が黒髪で生まれてくるかもしれないから、
この夜会で公表することにしたの?

「そして、ジルベールの子も。
 特級魔術師と上級魔術師の子は、
 黒髪で生まれてくる可能性が高い」

「え?……ジルベール様と私の!?」

思わず声を出してしまったら、
ジルベール様は面白そうに笑った。

「生まれてくるのが女だったら間違いなく黒髪だな。
 男だったら金髪だろうけど、
 俺はシャルに似た黒髪の娘の方がいいな」

「えぇ?」

ジルベール様が発言したために、王太子がこちらを向いた。

「ロジェロ侯爵家当主ジルベールと、
 アンクタン伯爵令嬢シャルリーヌの婚約を王太子の名で認めよう。
 そして、今後は黒色への偏見、虐げている者がいれば、
 王家への不敬になると思え」

王太子が私とジルベール様の婚約を認めてくれた。
黒色への偏見もこれでなくなる?
うれしくて涙がこぼれそうになっていたら、
王太子に反論するものがいた。

「それは横暴だろう!」

「エクトルか。何が横暴なのか言ってみろ」

王太子に真っ向から反論したのはエクトル様だった。
反論して大丈夫なのかと思ったら、エレーナ様が小声で教えてくれる。

「あの令息は公爵家のニ男なの。
 王太子とは従兄弟だから、強気なのよ」

「従兄弟……だから、ジルベール様にもあんなふうに」

ジルベール様が放っておけといったのもそれが理由かもしれない。
公爵家のニ男だとしたら、ジルベール様でも手を出せないのかも。

「黒色が呪われているのは誰だって知っている。
 それを王女が黒色だったからって何だって言うんだ。
 結局、ロジェロ侯爵家は呪われているってことなんだろう?」

「横暴なのはお前だ、エクトル」

「は?」

エクトル様の反論に答えたのはジルベール様だった。
大きな声を出したわけじゃないのに、
ジルベール様の低い声は会場に響く。

「では、お前のような体の大きな男は力があって危ない。
 人を殴り殺すこともできるのは恐怖だ。
 だから人が殺されないように幽閉すべきだと王家が決めたらどう思う?」

「そんな理由で幽閉できるわけないだろう!?」

「お前が言っているのは同じことだ。
 黒色なのは魔力が豊富だからだ。
 たしかに魔力が豊富なら人を呪う魔女になることも可能だ。
 だが、可能性だけで人を幽閉できるわけじゃない」

「違うだろう、黒は呪われているんだ」

「まだそんなことを言っているのか。
 黒が呪われているだなんて、そんな研究結果はどこにもないんだ。
 ずっと昔、領主の言うことを聞かなかった魔術師が黒髪だった。
 それを不満に思った領主が魔女だと言いふらした。
 お伽話の最初なんて、そんな些細なきっかけだ。
 どうしてそんな理由で黒髪が責められなくてはいけない」

「そ、そんなの嘘だ」

どうしても認められないのか、エクトル様は嘘だと言い続ける。

「そうか。お前も王家の血を継いでいるのだから、
 お前の娘も黒髪で生まれてくる可能性があるんだがな?」

「え?……あ……」

「自分の娘を、黒髪で生まれたという理由だけで、
 魔女だと虐げるつもりなのか?」

「……いや、……でも」

「産んだ子の魔力が豊富なのは王家の血のせいなのに、
 エクトルと結婚した令嬢は責められそうだな。
 お前は魔女を産んだのだと。
 そんなお前と結婚してくれる令嬢、見つかるのか?」

「………」

この言葉に、あちこちから令嬢の嫌だという声が聞こえる。
エクトル様と結婚したらそうなると思えば、
誰も婚約者になりたがらないはず。
令嬢の父親だちだって、孫が魔女だと言われて責められるような家に、
大事な娘を嫁がせたいとは思わない。

うなだれてしまったエクトル様を見て、
王太子がもう一度声を張り上げた。

「今、聞いて分かっただろう。これは王家だけの問題じゃない。
 王家の血を引く高位貴族なら黒髪が生まれる可能性がある。
 黒を虐げるというのは王家の血を虐げるということ。
 今後、いかなる偏見も許さない。
 誰か反論があるというのなら聞こう。この場で言ってくれ」

皆、周りをきょろきょろと見回したけれど、
反論するものは出てこなかった。

「よし、反論はないな。
 これから一切、黒色への虐待は認めない。
 発覚した場合は王家への不敬罪として捕まえる。話は以上だ。
 さぁ、夜会を始めようか」

最初から通達されていたのか、王太子の合図で楽団が音楽を奏で始める。
それに合わせて、あちこちに移動が始まる。

「シャル、騒ぎが落ち着くまで休憩室に行こうか」

「はい」

開始宣言から、あっという間の出来事だった。
なのに、私を見る目はすっかり変わってしまった。

会場から出るとき、遠くにアンクタン家がいるのが見えた。
頭を抱えたお父様と、機嫌が悪そうなお義母様。
そして、ドリアーヌが私を見つけて、
今にも攻撃魔術を使いそうなほどにらみつけてくる。

「ジルベール様、アンクタン家が……」

「今は放っておいていい。何もできない」

「わかりました」

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