黒猫令嬢は毒舌魔術師の手の中で

gacchi

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8.王都の屋敷

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王都にはジルベール様の別荘を出てから三日目の昼に着いた。

伯爵家の馬車に乗って王都を出た時からそれほどたっていないけれど、
お父様とお義母様とドリアーヌの邪魔にならないように、
気配を消すように小さくなっていたのはずっと昔のように感じる。

今は馬車の中ではジルベール様のひざの上に座り、
移動する時に抱き上げられるのが当たり前になってしまった。

出会ってほんの三日しか一緒にいないのに、
お世話してもらっているせいか、
ジルベール様といるのが日常になってしまっている。

「シャル様、疲れましたか?」

「ううん、大丈夫」

侍女のマリーナさんとは普通に話すようになっていた。
これは私たちがお嬢様と侍女に見えるように、
そうするようにとジルベール様から言われたからだ。

私の見た目が三歳の子どもだということもある。
他の人から見て違和感があるようなことは避けなくてはいけない。

向かい側に座るマリーナさんには私が疲れているように見えたのか、
大丈夫だと答えたのに、ジルベール様にものぞき込まれる。
この身体は小さいせいか、あまり体力がない。

「もうそろそろ着くから。あぁ、見えて来たぞ」

「どれですか?」

「あの赤いレンガの壁だ」

「壁……高いですね。壁しか見えないです」

あきらかに他の屋敷よりも高い壁。
中にある屋敷の屋根さえ見えない。
こんなに高い壁の屋敷なんて、王都内で見たことがない。

門も高く、木でできた門扉でしっかりと閉じている。
普通ならいるはずの門番はいないけれど、大丈夫なんだろうか。

「今から門を開けるが、見るか?」

「もしかして魔術ですか?見たいです!」

「よし、ではしっかり捕まっていろよ」

「はい」

ジルベール様が左腕に私を座らせる。
ちょっと不安定になるから、落ちないようにジルベール様の首に手を回す。
しがみつくようにすると、ジルベール様に笑われる。

「あぁ、それでいい」

それでいいならどうして笑ったのかと思うけれど、
機嫌が良さそうなので聞かないでおく。

ジルベール様が右手で門扉にふれると、
いくつかの丸い模様が浮かび上がる。
丸い線の中に書かれた文字がくるくると回りだして、
新しい文字の並びに変わると、かちりと音がした。

ギギギィと音を立て、大きな門扉は奥へと開いていく。

「誰もいないのに……すごい」

「この屋敷も五人で管理させている」

「え!この屋敷に残っていた使用人、いないんですか?」

「別荘に連れて行ったのが全員だ」

「えええぇ!?」

伯爵家よりもはるかに敷地が広くて、屋敷も奥が見えない。
こんなに大きな屋敷だと使用人もたくさんいるはず、そう思っていたのに。

ここを五人で管理?
侍女のマリーナさん、護衛騎士のルイさんとルナさん。
そして、料理人のトムと御者のベン。たったそれだけ?

「シャル様、この屋敷にはたくさんの魔術具があるのです。
 それを使って管理しているので、大変ではないのですよ」

「すごい……」

もう、すごいしか言えない。

「そういえば、ジルベール様のお父様とお母様は?
 引退したと聞いたけれど」

「えっと……それは」

いつもはっきり答えてくれるマリーナが、
ジルベール様を見る。聞いてはいけないことを聞いた?

「父上と母上は、この屋敷には住んでいない。
 ここはロジュロ侯爵家の屋敷ではない。
 俺が魔術院の特級魔術師として独り立ちした時に、
 王家から侯爵位とこの屋敷を賜ったんだ」

「え……じゃあ、ここはジルベール様個人の屋敷ということですか?」

「そうだ。じゃなかったら、さすがにこんな自由にはできない」

ため息交じりで返され、これ以上聞いてはいけないことなのかと思う。
だけど、ジルベール様のため息はそういう意味じゃなかった。

「明日、ロジュロ侯爵家の屋敷に顔を出してから魔術院に向かう。
 シャルも連れていくが、マリーナと一緒に馬車で待機していろ」

「あ、そうですよね。私を見られたらまずいですよね」

「そうじゃないが、いつか説明する。
 絶対に、馬車から出るなよ」

「わかりました」

いつか説明してくれるというのなら、それでいい。
ジルベール様に抱き上げられ、部屋へと連れていかれる。
ものすごく広い屋敷だけど、ほとんどの部屋は使っていないらしい。

私はジルベール様から離れられないので、
この屋敷でもジルベール様の部屋に居させてもらうことになる。
別荘よりも広いけれど、豪華な家具や美術品などはなく、
落ち着いた色調の部屋は居心地がいい。

「シャル、ここならお前でも読める本があるぞ」

「本当ですか!」

「ああ。マリーナ、子どもに魔術を教えるための教本を全部持ってきてやれ」

「かしこまりました。シャル様用の本棚を置いてもよろしいですか?」

「ああ」

マリーナさんは部屋から出て行ったと思ったら、
それほど時間はかからずに戻ってきた。

「浮いてる……」

「ふふ。重いものを運ぶときはこうするのですよ」

「マリーナさんもすごい!」

小さな本棚とたくさんの本を空中に浮かばせたまま、
マリーナさんが私のそばまで歩いてくる。
ソファのすぐ隣に本棚を置くと、本はその中に綺麗に収まっていく。

「ふぁぁぁぁ」

「すべてシャル様のための本ですわ。どうぞ」

「ありがとう!」

どれを読んだらいいんだろう。魔術の本を読むのは初めてだ。
一冊取り出そうと思って手を伸ばしたら、
お義母様に禁じられていることを思い出して、一瞬だけ動きが止まる。
心臓が嫌な感じがして、どくどくとうるさい。

「シャル」

ひょいっと後ろからジルベール様に抱きかかえられ、
ひざの上に戻される。この状態だと本棚に手が届かないのに。

「……俺が選んでやる」

「え?」

「あれがいい」

ジルベール様が本を呼ぶと、一冊が浮いて飛んでくる。

「ここでは誰もお前を叱らない。
 これから誰が何を言ってきたとしても、俺がお前を許す。
 だから、この本はお前の物だ」

「あ、ありがとうございます」

本を受け取ると、ジルベール様は満足そうに笑った。
本には『魔術を知ろう』そう書かれていた。絵本のようだ。

「読めなければ、一緒に読むか?」

「え。あ、大丈夫です。文字は読めます」

「そうか。難しくなったら、いつでも言え」

「はい」

本を読むときも、ひざの上から離れてはいけないらしい。
ジルベール様が難しい本を読んでいるすぐそばで、
ゆっくり深呼吸してから本を開いた。

本を開いたら、新しい自分に変わったような気がした。
一頁めくるたびに、光り輝いているように見える。

魔術を知ってもいいんだ。
もう、お義母様に従わなくてもいいんだ。

知らなかったことを知るのがうれしくて、
本を読み続けていたら、あっという間に夜になっていた。

「シャル様も本を読み始めると時間を忘れてしまうのですねぇ。
 さすがにもう夜ですので、食事にしてもいいでしょうか?」

「あ、ごめんなさい」

「そうだな、食事にしよう。
 シャルが熱心に読んでいたものだから、俺も途中から集中してしまっていた。
 そんなに楽しかったのか?」

「はい!」

すごく、すごく楽しかった。
今すぐにでも魔術を使いたいと思うくらい、本を読むのを止められなかった。

食事をしたら、途中で眠くなってしまって、
いつもはあんなに嫌がっているお風呂も、されるがままだった。

「魔術の本を読むのは疲れるからな。
 もう、目を閉じて眠ってもいいぞ」

「……ふぁい」

湯船につかっていたら、もう目が開かなくなった。
後ろからジルベール様に抱きかかえられてると安心して力が抜けていく。

次に目を開けたら、もう朝になっていた。


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