あなたにはもう何も奪わせない

gacchi

文字の大きさ
上 下
38 / 56

38.おかえりなさい

しおりを挟む
オクレール侯爵家に話し合いにいっていたライオネル様が、
ヨゼフを連れて戻ってきた。

「おかえりなさい。ヨゼフも連れて帰ってきたのね」

「ああ、もうあの家にいさせる理由はないからな。
 侯爵家は退職させてきたよ。
 今日からは、ここでジュリアのために働いてもらおう」

「本当?うれしい!これからまたよろしくね、ヨゼフ」

「ええ、こちらこそ。ジュリア様」

ニコニコと笑うヨゼフに、良かったと思う。
あの後、ヨゼフだけ侯爵家に戻っていたから心配していた。
もし、私を助けたことがお父様に知られたら、どうなるんだろうと。
侯爵家を辞めたのであれば、もう大丈夫かな。

リーナにお茶を入れてもらって、話し合いの結果を聞く。

「婚約の書類はそろったから、そのまま王宮に提出してきたよ。
 ジュリアが嫡子から降りることが許可されれば、すぐに婚約も調う。
 そうしたら、ジョルダリにも書類を送るから」

「……お父様、本当に認めてくれたの?」

もめたんじゃないだろうか。
私が嫡子を降りることは問題ないだろうけど、
素直に持参金を出してくれるとは思わない。

「嫌がってはいたけどね、認めさせたよ。
 ほら、書類。確認してくれる?ジュリアのものだからね」

「私のものって、持参金のこと?」

渡された書類を見て、言葉を失う。
こんなに?通常の持参金の十数倍はある気がする。
第二王子の妃になるにしても、この半分あれば十分なんじゃ……。

「あの家からはあとから援助とか期待できないだろう?
 だから、できるだけ出させてある。
 これだけあれば、ジュリアが肩身が狭い思いすることはないよ」

「ライオネル様……ありがとう」

いくらライオネル様が気にしなくていいと言ったとしても、
持参金がないような妃は馬鹿にされる。
王家から支給される予算だけでは妃の品位は保てない。

公式行事にかかるドレスや装飾品はつくれるとしても、
非公式のお茶会などで着るドレスなどは個人で出さなくてはいけない。
後見する妃の生家がある程度お金を出すのは当たり前のことだ。

高位貴族の令嬢だからこそできることであり、
それができないような家からは妃を出す資格がないということでもある。

「ジョルダリの貴族家に後見してもらう必要はあるけど、
 母上の生家がしてくれることになっている」

「なっている?」

婚約が調う前なのに、まるで決まっているような言い方に、
つい聞き返してしまう。
ライオネル様は少しだけ気まずそうに、お茶を飲んだ。

「……ほら、その辺の話し合いは八歳の時にもうすでにしてあるから」

「本当にそのころから求婚してくれるつもりだったのね。
 でも、求婚を受けるかどうかもわからなかったのに、
 そこまでしてくれていたんだ」

「当たり前だろう?他国に嫁ぐんだ。
 不安要素をなくしてからじゃないと受けてもらえないじゃないか」

当たり前のように言うライオネル様に、
抱きつきたくなったけど抑えた。
私から抱き着くなんてはしたないと思われるかもしれない。

だけど、ライオネル様はどれだけ私のことを想っていてくれたんだろう。
私がライオネル様を知らなかった間も、
こうやって二人の未来を考えてくれていた。

私の気持ちに気がついたのか、ライオネル様はふふっと笑って、
隣の席に移動してくる。
ほら、と両手を広げてくれるのを見て、その胸に顔を寄せる。

恥ずかしいけど、うれしい。
こうやって抱きしめられても、誰からも怒られない。
気がついたら、周りには誰もいなくなっていた。
リーナやジニーですら、いつのまにか部屋から出て行ってしまっている。

……本当に婚約できるんだ。

「これでもう大丈夫だよ。
 俺たちの婚約はすぐに認められるはずだ」

「うん……ありがとう。うれしい」

「……もう、いいか」

「え?」

「ジュリアにふれても」

「………うん」

本当は駄目なのかもしれないけれど、
ライオネル様の顔が近づいてくるのがわかって、そっと目を閉じた。

ふれた唇にゆっくりと熱が伝わってくる。
離れるまでの数秒間がすごく長く感じられた。
このまま時間が止まるんじゃないかと思うくらい。

ぎゅうと強めに抱きしめられ、私もライオネル様の背中に手を伸ばす。
お互いに抱きしめあう形になったら、もう何も不安はなくなる。

「ジュリアが侯爵家を捨てたんだ。
 そして、俺を選んだ。
 そのことを後悔させないように頑張るから」

「うん……大丈夫。きっと後悔しないわ」

私が捨てられたんじゃない。嫡子を奪われたんじゃない。
私が侯爵家を捨てたんだ。ありえないくらいの持参金を奪って。

そうして、幸せになるためにジョルダリに行く。
ライオネル様の妃になるために。

そこにはもう何も後悔なんてなかった。
もうお父様もお母様も必要ない。
お兄様もアンディも忘れて、この人のために生きて行こう。




そうして三日後には私たちの婚約が認められ、
ライオネル様はジョルダリへと書類を送った。

ジョルダリ国王に送ったのかと思ったが、
送り先は第一王子であるお兄様のようだ。

「これで、議会が動くと思う」

「議会?」

「ああ、俺の婚約が決まったとなれば、王妃争いが激しくなる。
 だから、俺の婚約を公表する前に議会で採決を取るはずだ」

「どんな法案?」

「王命による婚約の廃止と高位貴族の政略結婚の禁止だ」

「……本当に?」

「ああ、ジョルダリは変わるよ」


そして、その言葉通り、ジョルダリの議会で法案は可決され、
ジョルダリ国は大きく動き出すことになる。

しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

【完結】気付けばいつも傍に貴方がいる

kana
恋愛
ベルティアーナ・ウォール公爵令嬢はレフタルド王国のラシード第一王子の婚約者候補だった。 いつも令嬢を隣に侍らす王子から『声も聞きたくない、顔も見たくない』と拒絶されるが、これ幸いと大喜びで婚約者候補を辞退した。 実はこれは二回目人生だ。 回帰前のベルティアーナは第一王子の婚約者で、大人しく控えめ。常に貼り付けた笑みを浮かべて人の言いなりだった。 彼女は王太子になった第一王子の妃になってからも、弟のウィルダー以外の誰からも気にかけてもらえることなく公務と執務をするだけの都合のいいお飾りの妃だった。 そして白い結婚のまま約一年後に自ら命を絶った。 その理由と原因を知った人物が自分の命と引き換えにやり直しを望んだ結果、ベルティアーナの置かれていた環境が変わりることで彼女の性格までいい意味で変わることに⋯⋯ そんな彼女は家族全員で海を隔てた他国に移住する。 ※ 投稿する前に確認していますが誤字脱字の多い作者ですがよろしくお願いいたします。 ※ 設定ゆるゆるです。

婚約破棄のその後に

ゆーぞー
恋愛
「ライラ、婚約は破棄させてもらおう」 来月結婚するはずだった婚約者のレナード・アイザックス様に王宮の夜会で言われてしまった。しかもレナード様の隣には侯爵家のご令嬢メリア・リオンヌ様。 「あなた程度の人が彼と結婚できると本気で考えていたの?」 一方的に言われ混乱している最中、王妃様が現れて。 見たことも聞いたこともない人と結婚することになってしまった。

【完結】婚約者様、王女様を優先するならお好きにどうぞ

曽根原ツタ
恋愛
オーガスタの婚約者が王女のことを優先するようになったのは――彼女の近衛騎士になってからだった。 婚約者はオーガスタとの約束を、王女の護衛を口実に何度も破った。 美しい王女に付きっきりな彼への不信感が募っていく中、とある夜会で逢瀬を交わすふたりを目撃したことで、遂に婚約解消を決意する。 そして、その夜会でたまたま王子に会った瞬間、前世の記憶を思い出し……? ――病弱な王女を優先したいなら、好きにすればいいですよ。私も好きにしますので。

親切なミザリー

みるみる
恋愛
第一王子アポロの婚約者ミザリーは、「親切なミザリー」としてまわりから慕われていました。 ところが、子爵家令嬢のアリスと偶然出会ってしまったアポロはアリスを好きになってしまい、ミザリーを蔑ろにするようになりました。アポロだけでなく、アポロのまわりの友人達もアリスを慕うようになりました。 ミザリーはアリスに嫉妬し、様々な嫌がらせをアリスにする様になりました。 こうしてミザリーは、いつしか親切なミザリーから悪女ミザリーへと変貌したのでした。 ‥ですが、ミザリーの突然の死後、何故か再びミザリーの評価は上がり、「親切なミザリー」として人々に慕われるようになり、ミザリーが死後海に投げ落とされたという崖の上には沢山の花が、毎日絶やされる事なく人々により捧げられ続けるのでした。 ※不定期更新です。

婚約破棄直前に倒れた悪役令嬢は、愛を抱いたまま退場したい

矢口愛留
恋愛
【全11話】 学園の卒業パーティーで、公爵令嬢クロエは、第一王子スティーブに婚約破棄をされそうになっていた。 しかし、婚約破棄を宣言される前に、クロエは倒れてしまう。 クロエの余命があと一年ということがわかり、スティーブは、自身の感じていた違和感の元を探り始める。 スティーブは真実にたどり着き、クロエに一つの約束を残して、ある選択をするのだった。 ※一話あたり短めです。 ※ベリーズカフェにも投稿しております。

願いの代償

らがまふぃん
恋愛
誰も彼もが軽視する。婚約者に家族までも。 公爵家に生まれ、王太子の婚約者となっても、誰からも認められることのないメルナーゼ・カーマイン。 唐突に思う。 どうして頑張っているのか。 どうして生きていたいのか。 もう、いいのではないだろうか。 メルナーゼが生を諦めたとき、世界の運命が決まった。 *ご都合主義です。わかりづらいなどありましたらすみません。笑って読んでくださいませ。本編15話で完結です。番外編を数話、気まぐれに投稿します。よろしくお願いいたします。 ※ありがたいことにHOTランキング入りいたしました。たくさんの方の目に触れる機会に感謝です。本編は終了しましたが、番外編も投稿予定ですので、気長にお付き合いくださると嬉しいです。たくさんのお気に入り登録、しおり、エール、いいねをありがとうございます。R7.1/31

我慢するだけの日々はもう終わりにします

風見ゆうみ
恋愛
「レンウィル公爵も素敵だけれど、あなたの婚約者も素敵ね」伯爵の爵位を持つ父の後妻の連れ子であるロザンヌは、私、アリカ・ルージーの婚約者シーロンをうっとりとした目で見つめて言った――。 学園でのパーティーに出席した際、シーロンからパーティー会場の入口で「今日はロザンヌと出席するから、君は1人で中に入ってほしい」と言われた挙げ句、ロザンヌからは「あなたにはお似合いの相手を用意しておいた」と言われ、複数人の男子生徒にどこかへ連れ去られそうになってしまう。 そんな私を助けてくれたのは、ロザンヌが想いを寄せている相手、若き公爵ギルバート・レンウィルだった。 ※本編完結しましたが、番外編を更新中です。 ※史実とは関係なく、設定もゆるい、ご都合主義です。 ※独特の世界観です。 ※中世〜近世ヨーロッパ風で貴族制度はありますが、法律、武器、食べ物など、その他諸々は現代風です。話を進めるにあたり、都合の良い世界観となっています。 ※誤字脱字など見直して気を付けているつもりですが、やはりございます。申し訳ございません。

不遇な王妃は国王の愛を望まない

ゆきむらさり
恋愛
〔あらすじ〕📝ある時、クラウン王国の国王カルロスの元に、自ら命を絶った王妃アリーヤの訃報が届く。王妃アリーヤを冷遇しておきながら嘆く国王カルロスに皆は不思議がる。なにせ国王カルロスは幼馴染の側妃ベリンダを寵愛し、政略結婚の為に他国アメジスト王国から輿入れした不遇の王女アリーヤには見向きもしない。はたから見れば哀れな王妃アリーヤだが、実は他に愛する人がいる王妃アリーヤにもその方が都合が良いとも。彼女が真に望むのは愛する人と共に居られる些細な幸せ。ある時、自国に囚われの身である愛する人の訃報を受け取る王妃アリーヤは絶望に駆られるも……。主人公の舞台は途中から変わります。 ※設定などは独自の世界観で、あくまでもご都合主義。断罪あり。ハピエン🩷 ※稚拙ながらも投稿初日からHOTランキング(2024.11.21)に入れて頂き、ありがとうございます🙂 今回初めて最高ランキング5位(11/23)✨ まさに感無量です🥲

処理中です...