あなたにはもう何も奪わせない

gacchi

文字の大きさ
上 下
35 / 56

35.求婚

しおりを挟む
「侯爵家を出るのなら、これを受け取ってもらえないか?」

「これ……あのブローチ」

「卒業前にもう一度渡すって言ったけど、
 侯爵家を出るのなら遠慮はしなくていいだろう?
 俺の妃になってくれないか?」

「え……でも」

侯爵家を出たら何の後ろ盾もない平民になってしまう。
そんな私がジョルダリ国の第二王子でもある、
ライオネル様の妃になんてなれるわけがない。

早く断らないといけないって思うのに、
ライオネル様に見つめられて言葉が出ない。

「俺はあきらめたくないって言っただろう。
 このブローチを受け取ってほしい」

「……無理よ。
 だって、平民になってしまうのよ?」

「それがなんとかなると言ったら?」

「え?」

「ジュリアが侯爵家のまま俺に嫁ぐことができるとしたら?」

そんなわけがないと思いながらも考えてしまう。
何の憂いもなく、ライオネル様の妃になれるのだとしたら。

「何の問題もないとしたら、俺のものになってもいいと思うの?」

「それは……でも、持参金もない妃なんて認められるわけがない」

嫡子になる前だって、あんなに私の存在を疎んでいたお父様が、
妃になれるだけの持参金を出してくれるわけがない。

ライオネル様の妃になりたいと思うけれど、
もう期待するのはこりごりだった。
一度でも夢見てしまって、そこからあきらめるのはつらいから。

卒業までこのまま静かにそばにいられたら、それでいい。
これ以上のことは望んじゃいけない。
黙って首を横に振ろうとしたら、慌てたように止められる。

「ジュリア。俺がなんとかする。
 だから、ジュリアの気持ちだけ教えて」

「気持ちだけって」

「俺が好き?」

「……聞かないで」

ライオネル様の手が頬にふれる。
大きな手に頬を包まれるようにされ、顔を背けられない。

手のひらにはあのブローチ。
少しずつ心が温かくなるのを感じる。
癒されて、閉じこもろうとしていた気持ちが緩んでくる。

「好きだ。ジュリア以外に誰かを好きになれるとは思えない。
 ジュリアがなんの憂いもなく嫁げるように努力するから、
 気持ちを教えてくれないか?
 ……俺のことはどう思っている?」

「ライオネル様……」

「お願いだ。俺を信じてくれ」

「…………すき」

あぁ、もう隠せない。
小さな声でかすれていたけれど、ライオネル様には聞こえたようだ。
気持ちがあふれて、もうなかったことにはできないと感じた。

恥ずかしくて顔を隠そうとしたら、その上から抱きしめられる。
あの時のようだと思ったけれど、震えていたのは私じゃなくライオネル様だった。

「やっと……抱きしめられる。
 なんどもあきらめなきゃいけないって、言い聞かせて、
 それでもあきらめたくなかったんだ。
 ジュリアを、この腕に抱きしめたくて、
 無理やりにでも連れて帰れたらいいのにって」

「ごめんなさい……」

「どうして謝るんだ?」

「こんなにめんどうな私を想ってくれて……」

「めんどうじゃないよ。
 あぁ、でも、やっとこれで俺も動ける」

「動ける?」

動くって、何をするつもりなんだろう。
聞こうとしたけれど、ライオネル様はにっこり笑ってごまかした。

「うまくいったら報告するから、待ってて。
 絶対にジュリアを妃として連れて帰るから。
 多分、ひと月かふた月で終わると思う」

「待っていればいいの?」

「うん……でも、こっちは少しくらい待たなくてもいい?」

「え?」

見上げたら、ひたいに口づけられる。

「……今、口づけた?」

「これくらいは許して。
 唇にするのは、正式に婚約するまで我慢するから」

「……うん」

今まで見たことないくらい、ライオネル様が優しい目をしているから、
思わずうなずいてしまった。

あっさり許可を出してしまったからか、
柔らかく笑ったライオネル様に頬に何度も口づけされる。
頬だけじゃなく、髪や頭にも口づけが降ってくる。
ぎゅうっと抱き寄せられて、力をぬいて胸に頬を寄せた。

あぁ、もう我慢しなくていいんだ。
ライオネル様に好きって言っても、つらくならない。
あきらめなくてもいい。これからも一緒にいたいと願ってもいいんだ。

「好き……」

「うん、俺も好き」

腕の中で聞くライオネル様の低い声が甘く聞こえて、
夢じゃないのかなって思ってしまう。



ライオネル様がお父様と話すためにオクレール侯爵家に行くと言い出したのは、
私が追い出されてからひと月半が過ぎたころだった。

行方不明になってからひと月以上も見つからないからと、
王宮に私の除籍願いが出されたらしい。
ライオネル様は提出された書類を見て、にやりと笑う。

「侯爵と話し合う時期が来たよ。
 ちょっと行ってくるね」

「本当に大丈夫?」

「大丈夫。すぐに戻ってくるから待っていて」

「……うん、わかった」

不安がないわけじゃない。
本当に私が侯爵家の身分のままライオネル様の妃になれるのか。
あのお父様が素直に持参金を出してくれるとは思えない。

だけど、ライオネル様に任せることにした。

私には嫡子を降りる理由は何一つない。
遊び歩いていたわけでも、無断で外泊しているわけでもない。

ここに来てからも毎日きちんと学園に通っていた。
王宮から人が来て無事を確認されたこともある。
だから、お父様が提出した書類は絶対に受理されない。

それを知った時、お父様がどんな顔をするのか、
ちょっとだけ見てみたいと思った。

しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

【完結】気付けばいつも傍に貴方がいる

kana
恋愛
ベルティアーナ・ウォール公爵令嬢はレフタルド王国のラシード第一王子の婚約者候補だった。 いつも令嬢を隣に侍らす王子から『声も聞きたくない、顔も見たくない』と拒絶されるが、これ幸いと大喜びで婚約者候補を辞退した。 実はこれは二回目人生だ。 回帰前のベルティアーナは第一王子の婚約者で、大人しく控えめ。常に貼り付けた笑みを浮かべて人の言いなりだった。 彼女は王太子になった第一王子の妃になってからも、弟のウィルダー以外の誰からも気にかけてもらえることなく公務と執務をするだけの都合のいいお飾りの妃だった。 そして白い結婚のまま約一年後に自ら命を絶った。 その理由と原因を知った人物が自分の命と引き換えにやり直しを望んだ結果、ベルティアーナの置かれていた環境が変わりることで彼女の性格までいい意味で変わることに⋯⋯ そんな彼女は家族全員で海を隔てた他国に移住する。 ※ 投稿する前に確認していますが誤字脱字の多い作者ですがよろしくお願いいたします。 ※ 設定ゆるゆるです。

婚約破棄のその後に

ゆーぞー
恋愛
「ライラ、婚約は破棄させてもらおう」 来月結婚するはずだった婚約者のレナード・アイザックス様に王宮の夜会で言われてしまった。しかもレナード様の隣には侯爵家のご令嬢メリア・リオンヌ様。 「あなた程度の人が彼と結婚できると本気で考えていたの?」 一方的に言われ混乱している最中、王妃様が現れて。 見たことも聞いたこともない人と結婚することになってしまった。

【完結】婚約者様、王女様を優先するならお好きにどうぞ

曽根原ツタ
恋愛
オーガスタの婚約者が王女のことを優先するようになったのは――彼女の近衛騎士になってからだった。 婚約者はオーガスタとの約束を、王女の護衛を口実に何度も破った。 美しい王女に付きっきりな彼への不信感が募っていく中、とある夜会で逢瀬を交わすふたりを目撃したことで、遂に婚約解消を決意する。 そして、その夜会でたまたま王子に会った瞬間、前世の記憶を思い出し……? ――病弱な王女を優先したいなら、好きにすればいいですよ。私も好きにしますので。

わたしを捨てた騎士様の末路

夜桜
恋愛
 令嬢エレナは、騎士フレンと婚約を交わしていた。  ある日、フレンはエレナに婚約破棄を言い渡す。その意外な理由にエレナは冷静に対処した。フレンの行動は全て筒抜けだったのだ。 ※連載

婚約破棄直前に倒れた悪役令嬢は、愛を抱いたまま退場したい

矢口愛留
恋愛
【全11話】 学園の卒業パーティーで、公爵令嬢クロエは、第一王子スティーブに婚約破棄をされそうになっていた。 しかし、婚約破棄を宣言される前に、クロエは倒れてしまう。 クロエの余命があと一年ということがわかり、スティーブは、自身の感じていた違和感の元を探り始める。 スティーブは真実にたどり着き、クロエに一つの約束を残して、ある選択をするのだった。 ※一話あたり短めです。 ※ベリーズカフェにも投稿しております。

願いの代償

らがまふぃん
恋愛
誰も彼もが軽視する。婚約者に家族までも。 公爵家に生まれ、王太子の婚約者となっても、誰からも認められることのないメルナーゼ・カーマイン。 唐突に思う。 どうして頑張っているのか。 どうして生きていたいのか。 もう、いいのではないだろうか。 メルナーゼが生を諦めたとき、世界の運命が決まった。 *ご都合主義です。わかりづらいなどありましたらすみません。笑って読んでくださいませ。本編15話で完結です。番外編を数話、気まぐれに投稿します。よろしくお願いいたします。 ※ありがたいことにHOTランキング入りいたしました。たくさんの方の目に触れる機会に感謝です。本編は終了しましたが、番外編も投稿予定ですので、気長にお付き合いくださると嬉しいです。たくさんのお気に入り登録、しおり、エール、いいねをありがとうございます。R7.1/31

我慢するだけの日々はもう終わりにします

風見ゆうみ
恋愛
「レンウィル公爵も素敵だけれど、あなたの婚約者も素敵ね」伯爵の爵位を持つ父の後妻の連れ子であるロザンヌは、私、アリカ・ルージーの婚約者シーロンをうっとりとした目で見つめて言った――。 学園でのパーティーに出席した際、シーロンからパーティー会場の入口で「今日はロザンヌと出席するから、君は1人で中に入ってほしい」と言われた挙げ句、ロザンヌからは「あなたにはお似合いの相手を用意しておいた」と言われ、複数人の男子生徒にどこかへ連れ去られそうになってしまう。 そんな私を助けてくれたのは、ロザンヌが想いを寄せている相手、若き公爵ギルバート・レンウィルだった。 ※本編完結しましたが、番外編を更新中です。 ※史実とは関係なく、設定もゆるい、ご都合主義です。 ※独特の世界観です。 ※中世〜近世ヨーロッパ風で貴族制度はありますが、法律、武器、食べ物など、その他諸々は現代風です。話を進めるにあたり、都合の良い世界観となっています。 ※誤字脱字など見直して気を付けているつもりですが、やはりございます。申し訳ございません。

不遇な王妃は国王の愛を望まない

ゆきむらさり
恋愛
〔あらすじ〕📝ある時、クラウン王国の国王カルロスの元に、自ら命を絶った王妃アリーヤの訃報が届く。王妃アリーヤを冷遇しておきながら嘆く国王カルロスに皆は不思議がる。なにせ国王カルロスは幼馴染の側妃ベリンダを寵愛し、政略結婚の為に他国アメジスト王国から輿入れした不遇の王女アリーヤには見向きもしない。はたから見れば哀れな王妃アリーヤだが、実は他に愛する人がいる王妃アリーヤにもその方が都合が良いとも。彼女が真に望むのは愛する人と共に居られる些細な幸せ。ある時、自国に囚われの身である愛する人の訃報を受け取る王妃アリーヤは絶望に駆られるも……。主人公の舞台は途中から変わります。 ※設定などは独自の世界観で、あくまでもご都合主義。断罪あり。ハピエン🩷 ※稚拙ながらも投稿初日からHOTランキング(2024.11.21)に入れて頂き、ありがとうございます🙂 今回初めて最高ランキング5位(11/23)✨ まさに感無量です🥲

処理中です...