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26.十年前
しおりを挟む「一人で取り返しに行くなんて無茶するなよ」
「ごめんなさい」
「俺はそんなに頼りないか?」
「……ごめんなさい」
頼りないとは思っていない。
だけど、頼ろうとは思っていなかった。
だって、私とライオネル様はそんな関係じゃない。
ライオネル様はため息をついて、私の手を取る。
「授業は火事のため中止だそうだ。少し話そうか」
「うん……」
そのまま手をひかれて、カフェテリアの個室へと連れていかれる。
私たちの後ろからついてきたジニーは個室へは入らなかった。
いつもなら二人きりにするのはまずいって、一緒に入るのに。
「聞きたいことがあるんだろう?」
「……ライオネル様があの時の少年?」
「あの時の、っていうのが西門の時ならそうだ」
やっぱりそうだった。
あの時、私を助けてくれたのはライオネル様だった。
「私だって、最初から気づいていたの?」
「もちろん」
「私は気がつかなかった。見えてなかったせいもあるけど、
騎士に聞いたら赤色か茶色の髪だって言ってたから」
「あの時は身分を隠してたから、赤茶色のカツラをかぶってたんだ。
だからジュリアがカツラをかぶせられてたのに気がつけたんだと思う」
そうか。ライオネル様もカツラをつけていたんだ。
そんなこと思いもしなかった。
「どうして会った時に教えてくれなかったの?
もしかして、ずっと言わないでおくつもりだった?」
「卒業する時、ジョルダリに帰る時には言うつもりだった」
「帰る時?すぐじゃダメだったの?」
わかっていたのなら、最初に教えてほしかった。
そうしたらライオネル様にすぐにお礼を言えたし、
あの少年はブリュノ様かもしれないなんて悩まずに済んだのに。
「……その守り石について説明しようか」
「これ、守り石っていうの?あの時もお守りとしてって言ってたものね」
「ああ、もともとは精霊石という宝石だ。
それに王族の魔力が入ると、守り石と呼ばれるものになる。
昔、もっと王族の魔力が強くて魔術を使えた時代、
何か大変なことが起きて魔力切れになった時に、
その石に貯めてある魔力を使って身を守るためにあったんだ」
「身を守るため?」
「ああ。王族は命を狙われやすい。
護衛がいつもいるとは限らない。
護衛が殺されて、自分も魔術で対抗して、
それでも力が及ばなかった時、最後の手段として守り石の魔力を使うんだ」
「最後の手段」
魔術がどんなものかはわからないけれど、王族が最後の手段として持つもの。
これは……高価なものだとは思ってたけれど、値段がつけられるようなものではない。
まさかそれほどまで大事なものだとは思っていなかった。
「これの価値が理解できたよな。
王族は自分を守るためにこの守り石を持つが、
それとはまた別に大事な意味を持っている」
「別の意味?」
「……求婚する時に渡すんだ」
「……え?」
「求婚する時に、相手に自分の守り石を渡す」
「えええ?」
求婚する時に?聞き違いじゃなかった。
だって、あの時は初めて会った時で、まだ八歳で!
混乱している私にライオネル様はごめんと謝った。
「ジュリアがわかってないのはわかってる。
ジョルダリ国の令嬢でもなければ守り石なんて知らないだろうから。
わかっていて、渡したんだ」
「どうして私に?」
「わかっていて……求婚の意味で渡した」
「はぁ?」
意味がわからない。私はわかっていないのに、求婚したってこと?
「あの時、ジュリアは泣いてるし、震えてるし、
俺がなんとかしなきゃって思った。
なんとか泣き止んでほしくて、大丈夫だって思ってほしくて、
ジュリアを抱きしめてしまった」
思い出す……抱きしめてくれた時、
同じように小さな身体だって気づいて、
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だけど、その腕の中は温かくて、安心できて、
人の体温がこんなにも優しいんだって知った。
「俺の腕の中で安心したようなジュリアに、
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だから、兄上よりも王太子にふさわしいと言い出す馬鹿が絶えない。
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それから2年たって、ようやく馬鹿な貴族たちを始末できて、
俺は国に帰れることになった。
その帰る時に、ジュリアに会ったんだ」
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「多分、逆だな。
そんな時だからこそ、ジュリアを助けたんだと思う」
「え?」
「俺は誰も助けられなかった。
乳母も侍女も、みんな大事な人だったのに、俺のせいで死んでいった。
苦しんで倒れているのに、一人も助けられなかった……」
泣きそうな顔をするライオネル様に、思わず手にふれる。
令嬢として恥ずかしいことをしている自覚はある。
だけど、話しているライオネル様が消えてしまいそうだと思った。
「ごめん……もう大丈夫だけど、ありがとう。
このまま話してもいい?」
「うん」
ライオネル様は私の手をぎゅっとにぎった。
いつも温かいライオネル様の手が冷たく感じた。
それが悲しくて、その上からもう片方の手も添える。
「この国に逃げて来た時は悲しくて苦しくて、
みんなを殺した奴を俺が殺してやりたくて、でも何もできないままだった。
国に帰れる時もうれしかったけれど、これでいいのかなって。
何もできない俺が王族にいていいのかって迷ってた」
「ライオネル様は何もできなくないわ」
「そう思ってくれるのなら、それはジュリアのおかげだ」
「私の?」
「ああ。ジュリアを助けられて、俺の腕の中で安心してくれた。
それがうれしくて、やっと守れたって思えて、
ジュリアが腕の中で微笑んでくれた時、ずっとそばにいてほしいと思った」
あの時、そんなことを思われていたなんて。
わかるわけない。まだ八歳だったのだし、私は目が見えていなかった。
ライオネル様の声と腕の中の温かさだけ覚えている。
「正直に言うと、少しだけ冷静に判断したのもあった。
この国の侯爵家の令嬢なら俺の妃にしても問題ないって。
だから、ブローチを渡した。
で、意味はわかっていないと知ってたから、預けるって言ったんだ。
一度ジョルダリ国に戻って父上の許可が取れたら、
正式に会いに行こう、その時にちゃんと求婚しようって」
「じゃあ、どうして今まで会えなかったの?」
「その前に感染症が流行ってしまった」
「……あ」
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