あなたにはもう何も奪わせない

gacchi

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20.自分の立場

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「……何も。お父様からもお母様からも何も。
 ずっとそうなの。私はいないものとされて、お兄様だけが大事で。
 お兄様がいなくなっても、私は見てもらえなかった。
 ……今も、あの子だけ」

どれだけ努力しても、亡くなったお兄様には敵わない。
私の存在なんて、お父様とお母様にはどうでもいいんだ。
今まで頑張ってきたのは何だったんだろう。

「俺が見ている」

「え?」

「兄が死んだ後、嫡子となって学び直すというのは、
 普通に嫡子教育を受けるよりもはるかに難しい。
 だが、ジュリアは両親の手も借りずに、
 一人で成し遂げ、嫡子として恥ずかしくない成績にまでなっている」

「ライオネル様?」

「どれだけ頑張ってきたのか、俺は知っているよ。
 オクレール家の嫡子は君だ、ジュリア。
 そう簡単に嫡子の交代は認められない。
 その男の子が戸籍にのっていないならなおさらだ」

嫡子の交代は簡単ではない。言われてみて思い出す。
三大侯爵家の一つ、クルーゾー侯爵家長女イルマ様が嫡子を降りたのは、
王太子妃になったから。
政略結婚でも王命でもなく、王太子の求婚を受け、
嫡子を降りるとイルマ様自身が決めたからだった。

そのくらい嫡子の意思というものが確認されることだ。
これも政略結婚をさせないための一つ。
親が子に言うことを聞かせるために嫡子を降ろす、と脅せないようになっている。

だから、いくらお父様とお母様がアンディを嫡子にしようとしても、
私が嫡子を降りると言わない限り交代はできない。

「落ち着いたか?」

「うん……ごめんなさい。
 情けないことを言ったわ」

「情けなくないよ。大丈夫。
 苦労してきたのはわかってた。
 俺でよければいつでも聞くよ」

「ありがとう」

不思議な話だ。
本当なら私が努力してきたのを一番知っていなければいけない、
家族からはいないものとされていて、
まだ四か月しか一緒にいないライオネル様が認めてくれるなんて。

私がこれまでしてきたことなんて知らないだろうに。
想像だけでも大変だってわかるからかな。
それでも認めてくれる人がいるというのはうれしい。

卒業したら、嫡子として社交界に出ることになる。
夜会に出て、婚約相手を選んで。
王家に願い出ればそのまま婚約は認められ、結婚することになる。

お父様が嫌がっている間は爵位を継げないかもしれないけれど、
それでもお父様が亡くなれば自動的に私が継ぐことになる。
いくらお父様があの子に継がせたいと言っても、王家が認めることはない。

何をそんなに不安がっていたんだろう。
この国はこんなにも私の立場を守ってくれるのに。



それからは、もうお父様たちには関わらないことにして、
食事も元のように私だけ部屋で取ることにした。
何か言われるかと思っていたけれど、何も言われなかった。

あの時、食事を共にとお父様が言ったのは、
アンディを紹介するためだけだったのかもしれない。
お母様がアンディを受け入れたから、
私がいなくても問題ないと思ったのだろう。

あの三人はもう私の家族ではない。
私にはリーナがいてくれるし、ヨゼフが欲しい物を手配してくれる。
お父様たちと関わらなくても何一つ問題はない。

そんなことよりも、卒業まではあと半年ほど。
卒業すればライオネル様はジョルダリ国に帰ってしまう。
それまで学生生活を楽しむことにしよう。
家族について悩むのはそれからでも遅くない。


今まで通りの生活を送ろうとして、快適に過ごせたのは二週間ほどだった。
私が姿を見せなくなったからか、
あの男の子が私の部屋にたびたび来るようになってしまった。

「ねぇ、これ何!」

「これはガラスペンよ」

「キラキラしてる!」

「あ!」

勉強しているところに来たと思ったら、ガラスペンを取り上げられる。
欲しいともちょうだいとも言わず、そのまま持っていってしまった。

「……気に入ったのかしら」

「いいのですか?」

「何が?」

「今ので、もう五回目ですよ。
 ジュリア様の物を勝手に持っていかれるの」

「そうね……欲しかったんでしょうね」

「違うと思います。
 たぶん、ジュリア様が自分を見ないのが面白くないんでしょうね。
 この屋敷にいるものは皆が可愛がってくれると思っているようですから」

「そうかもしれないわね」

あの男の子、アンディは三歳になったばかりだと言う。
元気がよく、屋敷内を走り回り、そして意外にも賢いらしい。

そういえばお兄様もそうだった。
じっとしていられるのは一時間が限度だったのに、嫡子教育は進んでいた。
短時間で覚えられるけれど、長時間勉強するのは嫌だったらしい。

天才というのだろうか。
何度も読んで書いて覚えなければならない私とは違う。

うらやましいと思いながらも、戸籍すらないアンディが心配になる。
お父様はアンディに家庭教師をつけたそうだが、
どう説明しているのだろう。


それからも毎日のようにアンディは私の部屋に来ては、
何か一つ持って行った。

子どものころから読んでいた絵本、クリスタルの置物、
光沢のあるリボン、小さなぬいぐるみ……
どれもお気に入りのものだった。

その中にはリーナからの贈り物もあったので、
持っていかれた時にはリーナが一番怒っていた。

「取り返してきましょう!」

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