あなたにはもう何も奪わせない

gacchi

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19.浸食されていく

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次の日、いつもと同じように迎えに来てくれたライオネル様は、
私の顔を見るなり抱き上げた。

「え?」

「いいから、おとなしくして」

「う、うん」

抱き上げられたまま馬車に乗せられると、
ラオネル様は私を隣に座らせて頬に手をあててきた。

「何があった……こんな顔色を悪くして」

「あ、あの……」

「昨日の子どものせいか?」

「……うん」

一目見てわかるくらい顔色が悪かったのなら、
隠しても知られてしまうだろう。
昨日は一睡もできなかった。
何が起こったのか理解できなくて、ううん、理解したくなくて。
心配するリーナにも何も言えなかった。

「説明できるか?ゆっくりでいい」

「……夕食を共にって言われて、食事室に行ったら、
 ずっと部屋に閉じこもっていたお母様がいたの」

「侯爵夫人……たしか、長男が亡くなった後、
 心を病んでしまったとか?」

「知ってたのね」

家のことはあまり説明していなかった。
ただ、最初のころにお父様に挨拶したいと言われ、
ずっと領地にいるということだけは言っておいた。
お母様のことは聞かれなかったけど、知っていたからなんだ。

「悪い……一応は交流する前にある程度調べてあった」

「そっか。そうだよね。
 私がどんな人かわからずに仮婚約の相手役にはしないよね」

もし私がライオネル様に結婚をねだるような性格だったら困るものね。
第二王子のそばに置いて問題ないか調べられて当然だった。

「それで……話の続きを」

「あぁ、そうね。お父様があの男の子を連れてきたの。
 そしたら、お母様がアンディって」

「アンディ?」

「ええ、お兄様の名前よ。
 言われてみれば、お兄様にそっくりなの。
 薄茶色の髪や青い目も……でも、あの子はお兄様じゃない」

「それは当然だろう」

「なのに、あの子は会いたかったお母様って」

「……どういうことだ?」

「わからないの、でも、あの子はアンディとして受け入れられた。
 お父様とお母様に……」

お兄様がいた時と同じように、私の存在はないものとされた。
あの男の子だけが大事だとわからせられるように、
お父様とお母様が話しかけていた。

「……わかった。こっちで調べてみよう」

「調べられるの?」

「侯爵家の戸籍がどうなっているかくらいは調べられるはずだ。
 ジニー頼めるな?」

「わかりました。数日中には」

「ごめんなさい、ジニーお願いするわ」

「ええ、ご心配なさらずに。これも仕事ですから」

「ありがとう」

気を使わないでいいように仕事だと言って微笑んでくれたジニーに、
少しずつ気持ちが落ち着いてきた。
…落ち着いたら、さっきからライオネル様に手を握られていることに気がついて、
別な意味で胸が苦しくなる。

「あ、あの、ライオネル様?」

「ん?」

「て、手が」

「ああ、学園に着いたら離す。
 それまではこうしていようか」

どうしてという言葉は言えなかった。
多分、私を心配してくれているだけなんだろうから。
ふれている手からライオネル様の体温が伝わってくる。
まるであのブローチをさわっている時みたいだ。
身体だけじゃなく、心まで温まるような。

だから、手を握ってくれたのかな。
私が落ち着くように。


学園に着いて、降りた時には気持ちは落ち着いていた。
いつも通りというわけにはいかないけれど、
少し顔色が悪いな、くらいになっていたと思う。


その日も家に帰ったらあの男の子がいた。
昨日はまだ慣れていなくておとなしかっただけなのか、
家中を走り回って遊んでいるから、嫌でも目に入ってしまう。

さすがに自室には来ないだろうと思っていたのに、
気になるのか何度かドアを開けてのぞきこんできた。

アンディと呼ばれる男の子が何者なのかわからなくて、
どう接していいのかわからない。
ただ、泣かせるようなことがあれば、
お父様とお母様に叱られることだけはわかっていた。

興味があるのか、私の近くに来ようとする男の子に、
少しずつ気力を削られていく気がした。

「アンディ、アンディはどこにいるの?」

「あ、お母様!僕はここだよ!」

「まぁ、アンディ。そんなところにいたの。
 中庭のお花が綺麗に咲いているのよ。お茶にしましょう?」

「はぁい」

遠くからお母様の声がしたと思ったら、
男の子は走ってお母様のもとへ行った。
中庭でお茶……お母様が部屋から出られるようになったことは、
娘として喜ぶべきことなんだと思う。

私が声をかけても反応してくれなかったのにと、
恨みがましく思ってしまうのは間違いなんだろう。

だけど、お兄様にそっくりなあの男の子を、
嫌いになってしまいそうな自分を止められなかった。




あの男の子についてジニーから報告されたのは、五日後のことだった。

「調べてみたのですが、オクレール侯爵家にはジュリア様だけでした。
 養子をとったということではないようです。
 戸籍には登録されていません」

「戸籍にない?」

「はい。それで領地のほうでわかるものがいないか調べてきました。
 その男の子の名前はアンディで間違いありません」

「本当にアンディなんだ」

「……父親はオクレール侯爵です」

「お父様の息子……異母弟ってこと?」

「そうです。母親は領地にいる分家の娘です。
 身分としては子爵家で、出戻りのようですね」

「愛人ってこと?」

「愛人という感じではなく、子どもを産ませるためだけの関係だったようです。
 ……そのような女性が他に三人ほど。
 息子が生まれたら引き取るという契約だったと」

「息子を……」

オクレール侯爵家はこれで安泰だと言ったお父様の言葉が思い出される。
どうしても息子が欲しかったお父様。

「ジュリアは何か言われていないのか?」

「……何も。お父様からもお母様からも何も。
 ずっとそうなの。私はいないものとされて、お兄様だけが大事で。
 お兄様がいなくなっても、私は見てもらえなかった。
 ……今も、あの子だけ」

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