19 / 56
19.浸食されていく
しおりを挟む
次の日、いつもと同じように迎えに来てくれたライオネル様は、
私の顔を見るなり抱き上げた。
「え?」
「いいから、おとなしくして」
「う、うん」
抱き上げられたまま馬車に乗せられると、
ラオネル様は私を隣に座らせて頬に手をあててきた。
「何があった……こんな顔色を悪くして」
「あ、あの……」
「昨日の子どものせいか?」
「……うん」
一目見てわかるくらい顔色が悪かったのなら、
隠しても知られてしまうだろう。
昨日は一睡もできなかった。
何が起こったのか理解できなくて、ううん、理解したくなくて。
心配するリーナにも何も言えなかった。
「説明できるか?ゆっくりでいい」
「……夕食を共にって言われて、食事室に行ったら、
ずっと部屋に閉じこもっていたお母様がいたの」
「侯爵夫人……たしか、長男が亡くなった後、
心を病んでしまったとか?」
「知ってたのね」
家のことはあまり説明していなかった。
ただ、最初のころにお父様に挨拶したいと言われ、
ずっと領地にいるということだけは言っておいた。
お母様のことは聞かれなかったけど、知っていたからなんだ。
「悪い……一応は交流する前にある程度調べてあった」
「そっか。そうだよね。
私がどんな人かわからずに仮婚約の相手役にはしないよね」
もし私がライオネル様に結婚をねだるような性格だったら困るものね。
第二王子のそばに置いて問題ないか調べられて当然だった。
「それで……話の続きを」
「あぁ、そうね。お父様があの男の子を連れてきたの。
そしたら、お母様がアンディって」
「アンディ?」
「ええ、お兄様の名前よ。
言われてみれば、お兄様にそっくりなの。
薄茶色の髪や青い目も……でも、あの子はお兄様じゃない」
「それは当然だろう」
「なのに、あの子は会いたかったお母様って」
「……どういうことだ?」
「わからないの、でも、あの子はアンディとして受け入れられた。
お父様とお母様に……」
お兄様がいた時と同じように、私の存在はないものとされた。
あの男の子だけが大事だとわからせられるように、
お父様とお母様が話しかけていた。
「……わかった。こっちで調べてみよう」
「調べられるの?」
「侯爵家の戸籍がどうなっているかくらいは調べられるはずだ。
ジニー頼めるな?」
「わかりました。数日中には」
「ごめんなさい、ジニーお願いするわ」
「ええ、ご心配なさらずに。これも仕事ですから」
「ありがとう」
気を使わないでいいように仕事だと言って微笑んでくれたジニーに、
少しずつ気持ちが落ち着いてきた。
…落ち着いたら、さっきからライオネル様に手を握られていることに気がついて、
別な意味で胸が苦しくなる。
「あ、あの、ライオネル様?」
「ん?」
「て、手が」
「ああ、学園に着いたら離す。
それまではこうしていようか」
どうしてという言葉は言えなかった。
多分、私を心配してくれているだけなんだろうから。
ふれている手からライオネル様の体温が伝わってくる。
まるであのブローチをさわっている時みたいだ。
身体だけじゃなく、心まで温まるような。
だから、手を握ってくれたのかな。
私が落ち着くように。
学園に着いて、降りた時には気持ちは落ち着いていた。
いつも通りというわけにはいかないけれど、
少し顔色が悪いな、くらいになっていたと思う。
その日も家に帰ったらあの男の子がいた。
昨日はまだ慣れていなくておとなしかっただけなのか、
家中を走り回って遊んでいるから、嫌でも目に入ってしまう。
さすがに自室には来ないだろうと思っていたのに、
気になるのか何度かドアを開けてのぞきこんできた。
アンディと呼ばれる男の子が何者なのかわからなくて、
どう接していいのかわからない。
ただ、泣かせるようなことがあれば、
お父様とお母様に叱られることだけはわかっていた。
興味があるのか、私の近くに来ようとする男の子に、
少しずつ気力を削られていく気がした。
「アンディ、アンディはどこにいるの?」
「あ、お母様!僕はここだよ!」
「まぁ、アンディ。そんなところにいたの。
中庭のお花が綺麗に咲いているのよ。お茶にしましょう?」
「はぁい」
遠くからお母様の声がしたと思ったら、
男の子は走ってお母様のもとへ行った。
中庭でお茶……お母様が部屋から出られるようになったことは、
娘として喜ぶべきことなんだと思う。
私が声をかけても反応してくれなかったのにと、
恨みがましく思ってしまうのは間違いなんだろう。
だけど、お兄様にそっくりなあの男の子を、
嫌いになってしまいそうな自分を止められなかった。
あの男の子についてジニーから報告されたのは、五日後のことだった。
「調べてみたのですが、オクレール侯爵家にはジュリア様だけでした。
養子をとったということではないようです。
戸籍には登録されていません」
「戸籍にない?」
「はい。それで領地のほうでわかるものがいないか調べてきました。
その男の子の名前はアンディで間違いありません」
「本当にアンディなんだ」
「……父親はオクレール侯爵です」
「お父様の息子……異母弟ってこと?」
「そうです。母親は領地にいる分家の娘です。
身分としては子爵家で、出戻りのようですね」
「愛人ってこと?」
「愛人という感じではなく、子どもを産ませるためだけの関係だったようです。
……そのような女性が他に三人ほど。
息子が生まれたら引き取るという契約だったと」
「息子を……」
オクレール侯爵家はこれで安泰だと言ったお父様の言葉が思い出される。
どうしても息子が欲しかったお父様。
「ジュリアは何か言われていないのか?」
「……何も。お父様からもお母様からも何も。
ずっとそうなの。私はいないものとされて、お兄様だけが大事で。
お兄様がいなくなっても、私は見てもらえなかった。
……今も、あの子だけ」
私の顔を見るなり抱き上げた。
「え?」
「いいから、おとなしくして」
「う、うん」
抱き上げられたまま馬車に乗せられると、
ラオネル様は私を隣に座らせて頬に手をあててきた。
「何があった……こんな顔色を悪くして」
「あ、あの……」
「昨日の子どものせいか?」
「……うん」
一目見てわかるくらい顔色が悪かったのなら、
隠しても知られてしまうだろう。
昨日は一睡もできなかった。
何が起こったのか理解できなくて、ううん、理解したくなくて。
心配するリーナにも何も言えなかった。
「説明できるか?ゆっくりでいい」
「……夕食を共にって言われて、食事室に行ったら、
ずっと部屋に閉じこもっていたお母様がいたの」
「侯爵夫人……たしか、長男が亡くなった後、
心を病んでしまったとか?」
「知ってたのね」
家のことはあまり説明していなかった。
ただ、最初のころにお父様に挨拶したいと言われ、
ずっと領地にいるということだけは言っておいた。
お母様のことは聞かれなかったけど、知っていたからなんだ。
「悪い……一応は交流する前にある程度調べてあった」
「そっか。そうだよね。
私がどんな人かわからずに仮婚約の相手役にはしないよね」
もし私がライオネル様に結婚をねだるような性格だったら困るものね。
第二王子のそばに置いて問題ないか調べられて当然だった。
「それで……話の続きを」
「あぁ、そうね。お父様があの男の子を連れてきたの。
そしたら、お母様がアンディって」
「アンディ?」
「ええ、お兄様の名前よ。
言われてみれば、お兄様にそっくりなの。
薄茶色の髪や青い目も……でも、あの子はお兄様じゃない」
「それは当然だろう」
「なのに、あの子は会いたかったお母様って」
「……どういうことだ?」
「わからないの、でも、あの子はアンディとして受け入れられた。
お父様とお母様に……」
お兄様がいた時と同じように、私の存在はないものとされた。
あの男の子だけが大事だとわからせられるように、
お父様とお母様が話しかけていた。
「……わかった。こっちで調べてみよう」
「調べられるの?」
「侯爵家の戸籍がどうなっているかくらいは調べられるはずだ。
ジニー頼めるな?」
「わかりました。数日中には」
「ごめんなさい、ジニーお願いするわ」
「ええ、ご心配なさらずに。これも仕事ですから」
「ありがとう」
気を使わないでいいように仕事だと言って微笑んでくれたジニーに、
少しずつ気持ちが落ち着いてきた。
…落ち着いたら、さっきからライオネル様に手を握られていることに気がついて、
別な意味で胸が苦しくなる。
「あ、あの、ライオネル様?」
「ん?」
「て、手が」
「ああ、学園に着いたら離す。
それまではこうしていようか」
どうしてという言葉は言えなかった。
多分、私を心配してくれているだけなんだろうから。
ふれている手からライオネル様の体温が伝わってくる。
まるであのブローチをさわっている時みたいだ。
身体だけじゃなく、心まで温まるような。
だから、手を握ってくれたのかな。
私が落ち着くように。
学園に着いて、降りた時には気持ちは落ち着いていた。
いつも通りというわけにはいかないけれど、
少し顔色が悪いな、くらいになっていたと思う。
その日も家に帰ったらあの男の子がいた。
昨日はまだ慣れていなくておとなしかっただけなのか、
家中を走り回って遊んでいるから、嫌でも目に入ってしまう。
さすがに自室には来ないだろうと思っていたのに、
気になるのか何度かドアを開けてのぞきこんできた。
アンディと呼ばれる男の子が何者なのかわからなくて、
どう接していいのかわからない。
ただ、泣かせるようなことがあれば、
お父様とお母様に叱られることだけはわかっていた。
興味があるのか、私の近くに来ようとする男の子に、
少しずつ気力を削られていく気がした。
「アンディ、アンディはどこにいるの?」
「あ、お母様!僕はここだよ!」
「まぁ、アンディ。そんなところにいたの。
中庭のお花が綺麗に咲いているのよ。お茶にしましょう?」
「はぁい」
遠くからお母様の声がしたと思ったら、
男の子は走ってお母様のもとへ行った。
中庭でお茶……お母様が部屋から出られるようになったことは、
娘として喜ぶべきことなんだと思う。
私が声をかけても反応してくれなかったのにと、
恨みがましく思ってしまうのは間違いなんだろう。
だけど、お兄様にそっくりなあの男の子を、
嫌いになってしまいそうな自分を止められなかった。
あの男の子についてジニーから報告されたのは、五日後のことだった。
「調べてみたのですが、オクレール侯爵家にはジュリア様だけでした。
養子をとったということではないようです。
戸籍には登録されていません」
「戸籍にない?」
「はい。それで領地のほうでわかるものがいないか調べてきました。
その男の子の名前はアンディで間違いありません」
「本当にアンディなんだ」
「……父親はオクレール侯爵です」
「お父様の息子……異母弟ってこと?」
「そうです。母親は領地にいる分家の娘です。
身分としては子爵家で、出戻りのようですね」
「愛人ってこと?」
「愛人という感じではなく、子どもを産ませるためだけの関係だったようです。
……そのような女性が他に三人ほど。
息子が生まれたら引き取るという契約だったと」
「息子を……」
オクレール侯爵家はこれで安泰だと言ったお父様の言葉が思い出される。
どうしても息子が欲しかったお父様。
「ジュリアは何か言われていないのか?」
「……何も。お父様からもお母様からも何も。
ずっとそうなの。私はいないものとされて、お兄様だけが大事で。
お兄様がいなくなっても、私は見てもらえなかった。
……今も、あの子だけ」
1,645
お気に入りに追加
2,992
あなたにおすすめの小説

願いの代償
らがまふぃん
恋愛
誰も彼もが軽視する。婚約者に家族までも。
公爵家に生まれ、王太子の婚約者となっても、誰からも認められることのないメルナーゼ・カーマイン。
唐突に思う。
どうして頑張っているのか。
どうして生きていたいのか。
もう、いいのではないだろうか。
メルナーゼが生を諦めたとき、世界の運命が決まった。
*ご都合主義です。わかりづらいなどありましたらすみません。笑って読んでくださいませ。本編15話で完結です。番外編を数話、気まぐれに投稿します。よろしくお願いいたします。
※ありがたいことにHOTランキング入りいたしました。たくさんの方の目に触れる機会に感謝です。本編は終了しましたが、番外編も投稿予定ですので、気長にお付き合いくださると嬉しいです。たくさんのお気に入り登録、しおり、エール、いいねをありがとうございます。R7.1/31
将来を誓い合った王子様は聖女と結ばれるそうです
きぬがやあきら
恋愛
「聖女になれなかったなりそこない。こんなところまで追って来るとはな。そんなに俺を忘れられないなら、一度くらい抱いてやろうか?」
5歳のオリヴィエは、神殿で出会ったアルディアの皇太子、ルーカスと恋に落ちた。アルディア王国では、皇太子が代々聖女を妻に迎える慣わしだ。しかし、13歳の選別式を迎えたオリヴィエは、聖女を落選してしまった。
その上盲目の知恵者オルガノに、若くして命を落とすと予言されたオリヴィエは、せめてルーカスの傍にいたいと、ルーカスが団長を務める聖騎士への道へと足を踏み入れる。しかし、やっとの思いで再開したルーカスは、昔の約束を忘れてしまったのではと錯覚するほど冷たい対応で――?

【完結】好きでもない私とは婚約解消してください
里音
恋愛
騎士団にいる彼はとても一途で誠実な人物だ。初恋で恋人だった幼なじみが家のために他家へ嫁いで行ってもまだ彼女を思い新たな恋人を作ることをしないと有名だ。私も憧れていた1人だった。
そんな彼との婚約が成立した。それは彼の行動で私が傷を負ったからだ。傷は残らないのに責任感からの婚約ではあるが、彼はプロポーズをしてくれた。その瞬間憧れが好きになっていた。
婚約して6ヶ月、接点のほとんどない2人だが少しずつ距離も縮まり幸せな日々を送っていた。と思っていたのに、彼の元恋人が離婚をして帰ってくる話を聞いて彼が私との婚約を「最悪だ」と後悔しているのを聞いてしまった。
【完結】旦那様、その真実の愛とお幸せに
おのまとぺ
恋愛
「真実の愛を見つけてしまった。申し訳ないが、君とは離縁したい」
結婚三年目の祝いの席で、遅れて現れた夫アントンが放った第一声。レミリアは驚きつつも笑顔を作って夫を見上げる。
「承知いたしました、旦那様。その恋全力で応援します」
「え?」
驚愕するアントンをそのままに、レミリアは宣言通りに片想いのサポートのような真似を始める。呆然とする者、訝しむ者に見守られ、迫りつつある別れの日を二人はどういった形で迎えるのか。
◇真実の愛に目覚めた夫を支える妻の話
◇元サヤではありません
◇全56話完結予定
【完結】「君を愛することはない」と言われた公爵令嬢は思い出の夜を繰り返す
おのまとぺ
恋愛
「君を愛することはない!」
鳴り響く鐘の音の中で、三年の婚約期間の末に結ばれるはずだったマルクス様は高らかに宣言しました。隣には彼の義理の妹シシーがピッタリとくっついています。私は笑顔で「承知いたしました」と答え、ガラスの靴を脱ぎ捨てて、一目散に式場の扉へと走り出しました。
え?悲しくないのかですって?
そんなこと思うわけないじゃないですか。だって、私はこの三年間、一度たりとも彼を愛したことなどなかったのですから。私が本当に愛していたのはーーー
◇よくある婚約破棄
◇元サヤはないです
◇タグは増えたりします
◇薬物などの危険物が少し登場します

【完結】気付けばいつも傍に貴方がいる
kana
恋愛
ベルティアーナ・ウォール公爵令嬢はレフタルド王国のラシード第一王子の婚約者候補だった。
いつも令嬢を隣に侍らす王子から『声も聞きたくない、顔も見たくない』と拒絶されるが、これ幸いと大喜びで婚約者候補を辞退した。
実はこれは二回目人生だ。
回帰前のベルティアーナは第一王子の婚約者で、大人しく控えめ。常に貼り付けた笑みを浮かべて人の言いなりだった。
彼女は王太子になった第一王子の妃になってからも、弟のウィルダー以外の誰からも気にかけてもらえることなく公務と執務をするだけの都合のいいお飾りの妃だった。
そして白い結婚のまま約一年後に自ら命を絶った。
その理由と原因を知った人物が自分の命と引き換えにやり直しを望んだ結果、ベルティアーナの置かれていた環境が変わりることで彼女の性格までいい意味で変わることに⋯⋯
そんな彼女は家族全員で海を隔てた他国に移住する。
※ 投稿する前に確認していますが誤字脱字の多い作者ですがよろしくお願いいたします。
※ 設定ゆるゆるです。
不遇な王妃は国王の愛を望まない
ゆきむらさり
恋愛
〔あらすじ〕📝ある時、クラウン王国の国王カルロスの元に、自ら命を絶った王妃アリーヤの訃報が届く。王妃アリーヤを冷遇しておきながら嘆く国王カルロスに皆は不思議がる。なにせ国王カルロスは幼馴染の側妃ベリンダを寵愛し、政略結婚の為に他国アメジスト王国から輿入れした不遇の王女アリーヤには見向きもしない。はたから見れば哀れな王妃アリーヤだが、実は他に愛する人がいる王妃アリーヤにもその方が都合が良いとも。彼女が真に望むのは愛する人と共に居られる些細な幸せ。ある時、自国に囚われの身である愛する人の訃報を受け取る王妃アリーヤは絶望に駆られるも……。主人公の舞台は途中から変わります。
※設定などは独自の世界観で、あくまでもご都合主義。断罪あり。ハピエン🩷
※稚拙ながらも投稿初日からHOTランキング(2024.11.21)に入れて頂き、ありがとうございます🙂 今回初めて最高ランキング5位(11/23)✨ まさに感無量です🥲

本日より他人として生きさせていただきます
ネコ
恋愛
伯爵令嬢のアルマは、愛のない婚約者レオナードに尽くし続けてきた。しかし、彼の隣にはいつも「運命の相手」を自称する美女の姿が。家族も周囲もレオナードの一方的なわがままを容認するばかり。ある夜会で二人の逢瀬を目撃したアルマは、今さら怒る気力も失せてしまう。「それなら私は他人として過ごしましょう」そう告げて婚約破棄に踏み切る。だが、彼女が去った瞬間からレオナードの人生には不穏なほつれが生じ始めるのだった。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる