あなたにはもう何も奪わせない

gacchi

文字の大きさ
上 下
18 / 56

18.戸惑い

しおりを挟む
再儀式の日、教室から出て行ったアマンダ様は、
しばらくしてブリュノ様と一緒に何事もなかったようにB教室に戻ってきた。

仮婚約は解消されているが、組む相手がいないと授業が大変になる。
めずらしいことではあるが、解消した相手と一緒に授業を受けることにしたらしい。

ブリュノ様がアマンダ様の嘘に気がついたのかどうかはわからないが、
前と同じように仲がよさそうに見えることに少しだけ腹が立つ。
周りをふりまわしておいて、何もなかったように振舞えるアマンダ様に、
今後も社交界でつきあっていかなくてはいけないのかと頭が痛くなる。

同じ嫡子でもやはり男性よりも女性の方が弱い。
隣り合っている領地ともめた時など、男性領主のほうが味方が多い。
そのため、女性で爵位を持つもの同士、助け合いが必要になる。
B教室に嫡子令嬢を集めているのはそのためだ。
将来何かあったときに女性領主同士で助け合えるようにと。

だが、アマンダ様と助け合えるとは思えない。
むしろもめ事を増やされそうで、できる限り離れていたいのだが、
侯爵家と筆頭伯爵家という立場上そうも言っていられない。

それに途中から嫡子となった私は、
五歳から始めるはずの嫡子教育も九歳になってからだった。

入学時には明らかに他の嫡子と比べて成績に差があったが、
三年になるまでに努力して上げてきた。
ようやく嫡子として恥ずかしくない成績にはなったが、
それでも侯爵家の嫡子としてはまだ不十分だと思う。

性格は悪くても、血筋と成績は素晴らしいアマンダ様。
だからこそ、本来なら一番敵対してはいけないのに。
ここまで嫌われていると、仲良くできるとは到底思えなかった。


ライオネル様が留学してきてから四か月が過ぎた。
一緒にいることにもすっかり慣れて、家まで送られるのも当たり前になっていた。

「今日もあいつがジュリアのこと見ていた」

「あいつって、ブリュノ様のこと?」

「ああ。あの女もだな」

「アマンダ様は前からそうだけど、ブリュノ様はまだ誤解が解けていないのかも。
 はっきり聞いてくれたら否定するんだけど……」

あれからブリュノ様とは話していない。
どういうことだと聞いてくれるのを期待していたのに、
ブリュノ様はアマンダ様と一緒に行動していて、
二人とも近寄ってこない。

近寄ってこないこと自体はうれしいけれど、
はっきりできていないことにもやもやしている。


「何かあればすぐに言えよ?」

「うん、わかってる」

「じゃあ、また明日」


ライオネル様は一度馬車から降りて、私の手をとって降ろしてくれる。
その後、また馬車に乗って帰っていくのだが、
見送ろうとした時、屋敷に一台の馬車が入ってきた。

オクレール侯爵家の紋章が入った馬車。
もしかして、ずっと領地に行ったままのお父様?

ライオネル様もそれに気がついたのか、馬車に乗るのをやめた。

「もしかして侯爵?」

「あの紋章の馬車はお父様だと思うわ……」

会うのは何年ぶりだろう。
もう八年近く会っていないはず。
お兄様が亡くなった後、お父様は領地に行ってしまっている。

馬車から降りてくるのを待っていると、馬車のドアが開く。
記憶にあるよりも年をとったお父様が下りてくる、と、
その後ろから小さな男の子が顔を出した。

「え?」

「誰だ?」

「……わからないわ」

分家の子どもだろうか。心当たりはないけれど。
お父様は私とライオネル様を見て、無表情なまま話しかけてきた。

「お前はジュリアか?」

「はい、お父様」

「隣にいる男は誰だ」

「こちらはジョルダリ国の第二王子ライオネル様です。
 学園長より案内役を頼まれました」

「第二王子?……そうか、失礼のないように」

失礼のないように、そういったにもかかわらず、
お父様はライオネル様に挨拶せずに屋敷に入っていく。
二歳か三歳の男の子を抱き上げ、大事そうに連れて行った。

「ライオネル様、お父様が失礼なことを……」

「……いや、いい。なんだか様子がおかしかったな」

「ええ、おかしかったと思う。
 王族にたいして失礼なことをするような人ではなかったのに。
 本当に申し訳ないわ」

あまりのことに私から謝ると、ライオネル様は気にしなくていいと言った。
本来なら咎めなくてはいけないはずだが、それよりもあの男の子のほうが気になるようだ。

「明日、あの男の子のこと何かわかったら聞かせてくれる?」

「ええ。お父様が教えてくれたら、だけど」

「うん、それでいいよ。じゃあ」

考え込むような表情で、ライオネル様は帰っていった。

とりあえず自分の部屋に戻ると、ドアをノックされる。
リーナが開けると、相手は家令のヨゼフだった。

「ヨゼフ、どうかしたの?」

「旦那様が、ジュリア様も夕食を共にと」

「え?……わかったわ」

久しぶりに帰ってきたからだろうか。
以前は一緒に夕食を取るなんてことなかったけれど。

食事室に入ると、そこにはお母様もいた。
ずっと部屋に閉じこもっていたはずのお母様に、
思わず近くに駆け寄る。

「お母様、お体の具合は大丈夫なのですか?」

「……ええ、大丈夫よ。ここに来ればいいことがあるっていうから」

「いいこと、ですか?」

いったい何のことだろうと思っていると、お父様が食事室に入ってきた。
あの男の子と手をつないで。
二歳か三歳に見える男の子は薄茶色の髪で青色の目をしている。
……誰かに似ているような気がする。
そう思ったところで、お母様が小さく悲鳴をあげた。

「…っ!な、なんてこと」

「お母様?」

「アンディ!アンディなのね!?」

アンディ?それって、お兄様の名前……
お母様はそう言って、小さな男の子のそばに駆け寄る。
両膝をついて、男の子を抱きしめると、その子はにっこり笑った。

「お母様!会いたかった!」

「え?」

お母様?そんなわけはない。
お母様はずっとこの屋敷の部屋に閉じこもっていたし、
お父様はずっと領地の屋敷から戻ってこなかった。
一体どういうことなのかと思ったが、お父様が追い打ちをかけるようなことを言う。

「やっとアンディが戻ってきたんだ。
 これでオクレール侯爵家も安泰だな」

「ええ、そうですわね、あなた。
 もう二度とアンディを失うようなことはあってはならないわ」

「お父様、お母様、大丈夫。僕はどこにも行かないよ!
 これからずっとこのうちで一緒にいるからね!」

「あぁ、良かった……神様」

抱きしめながら泣き出したお母様を見て、
何が起こっているのか理解できないで立ち尽くしていた。

しばらくして食事の用意がされたが、何を食べたのか覚えていない。
ただ、お父様とお母様は男の子にだけ話しかけ、
私の存在はなかったことにされていた。

まるで……お兄様が生きていた時のように。



しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

【完結】気付けばいつも傍に貴方がいる

kana
恋愛
ベルティアーナ・ウォール公爵令嬢はレフタルド王国のラシード第一王子の婚約者候補だった。 いつも令嬢を隣に侍らす王子から『声も聞きたくない、顔も見たくない』と拒絶されるが、これ幸いと大喜びで婚約者候補を辞退した。 実はこれは二回目人生だ。 回帰前のベルティアーナは第一王子の婚約者で、大人しく控えめ。常に貼り付けた笑みを浮かべて人の言いなりだった。 彼女は王太子になった第一王子の妃になってからも、弟のウィルダー以外の誰からも気にかけてもらえることなく公務と執務をするだけの都合のいいお飾りの妃だった。 そして白い結婚のまま約一年後に自ら命を絶った。 その理由と原因を知った人物が自分の命と引き換えにやり直しを望んだ結果、ベルティアーナの置かれていた環境が変わりることで彼女の性格までいい意味で変わることに⋯⋯ そんな彼女は家族全員で海を隔てた他国に移住する。 ※ 投稿する前に確認していますが誤字脱字の多い作者ですがよろしくお願いいたします。 ※ 設定ゆるゆるです。

婚約破棄のその後に

ゆーぞー
恋愛
「ライラ、婚約は破棄させてもらおう」 来月結婚するはずだった婚約者のレナード・アイザックス様に王宮の夜会で言われてしまった。しかもレナード様の隣には侯爵家のご令嬢メリア・リオンヌ様。 「あなた程度の人が彼と結婚できると本気で考えていたの?」 一方的に言われ混乱している最中、王妃様が現れて。 見たことも聞いたこともない人と結婚することになってしまった。

【完結】婚約者様、王女様を優先するならお好きにどうぞ

曽根原ツタ
恋愛
オーガスタの婚約者が王女のことを優先するようになったのは――彼女の近衛騎士になってからだった。 婚約者はオーガスタとの約束を、王女の護衛を口実に何度も破った。 美しい王女に付きっきりな彼への不信感が募っていく中、とある夜会で逢瀬を交わすふたりを目撃したことで、遂に婚約解消を決意する。 そして、その夜会でたまたま王子に会った瞬間、前世の記憶を思い出し……? ――病弱な王女を優先したいなら、好きにすればいいですよ。私も好きにしますので。

願いの代償

らがまふぃん
恋愛
誰も彼もが軽視する。婚約者に家族までも。 公爵家に生まれ、王太子の婚約者となっても、誰からも認められることのないメルナーゼ・カーマイン。 唐突に思う。 どうして頑張っているのか。 どうして生きていたいのか。 もう、いいのではないだろうか。 メルナーゼが生を諦めたとき、世界の運命が決まった。 *ご都合主義です。わかりづらいなどありましたらすみません。笑って読んでくださいませ。本編15話で完結です。番外編を数話、気まぐれに投稿します。よろしくお願いいたします。 ※ありがたいことにHOTランキング入りいたしました。たくさんの方の目に触れる機会に感謝です。本編は終了しましたが、番外編も投稿予定ですので、気長にお付き合いくださると嬉しいです。たくさんのお気に入り登録、しおり、エール、いいねをありがとうございます。R7.1/31

我慢するだけの日々はもう終わりにします

風見ゆうみ
恋愛
「レンウィル公爵も素敵だけれど、あなたの婚約者も素敵ね」伯爵の爵位を持つ父の後妻の連れ子であるロザンヌは、私、アリカ・ルージーの婚約者シーロンをうっとりとした目で見つめて言った――。 学園でのパーティーに出席した際、シーロンからパーティー会場の入口で「今日はロザンヌと出席するから、君は1人で中に入ってほしい」と言われた挙げ句、ロザンヌからは「あなたにはお似合いの相手を用意しておいた」と言われ、複数人の男子生徒にどこかへ連れ去られそうになってしまう。 そんな私を助けてくれたのは、ロザンヌが想いを寄せている相手、若き公爵ギルバート・レンウィルだった。 ※本編完結しましたが、番外編を更新中です。 ※史実とは関係なく、設定もゆるい、ご都合主義です。 ※独特の世界観です。 ※中世〜近世ヨーロッパ風で貴族制度はありますが、法律、武器、食べ物など、その他諸々は現代風です。話を進めるにあたり、都合の良い世界観となっています。 ※誤字脱字など見直して気を付けているつもりですが、やはりございます。申し訳ございません。

不遇な王妃は国王の愛を望まない

ゆきむらさり
恋愛
〔あらすじ〕📝ある時、クラウン王国の国王カルロスの元に、自ら命を絶った王妃アリーヤの訃報が届く。王妃アリーヤを冷遇しておきながら嘆く国王カルロスに皆は不思議がる。なにせ国王カルロスは幼馴染の側妃ベリンダを寵愛し、政略結婚の為に他国アメジスト王国から輿入れした不遇の王女アリーヤには見向きもしない。はたから見れば哀れな王妃アリーヤだが、実は他に愛する人がいる王妃アリーヤにもその方が都合が良いとも。彼女が真に望むのは愛する人と共に居られる些細な幸せ。ある時、自国に囚われの身である愛する人の訃報を受け取る王妃アリーヤは絶望に駆られるも……。主人公の舞台は途中から変わります。 ※設定などは独自の世界観で、あくまでもご都合主義。断罪あり。ハピエン🩷 ※稚拙ながらも投稿初日からHOTランキング(2024.11.21)に入れて頂き、ありがとうございます🙂 今回初めて最高ランキング5位(11/23)✨ まさに感無量です🥲

最愛の婚約者に婚約破棄されたある侯爵令嬢はその想いを大切にするために自主的に修道院へ入ります。

ひよこ麺
恋愛
ある国で、あるひとりの侯爵令嬢ヨハンナが婚約破棄された。 ヨハンナは他の誰よりも婚約者のパーシヴァルを愛していた。だから彼女はその想いを抱えたまま修道院へ入ってしまうが、元婚約者を誑かした女は悲惨な末路を辿り、元婚約者も…… ※この作品には残酷な表現とホラーっぽい遠回しなヤンデレが多分に含まれます。苦手な方はご注意ください。 また、一応転生者も出ます。

【完結】白い結婚はあなたへの導き

白雨 音
恋愛
妹ルイーズに縁談が来たが、それは妹の望みでは無かった。 彼女は姉アリスの婚約者、フィリップと想い合っていると告白する。 何も知らずにいたアリスは酷くショックを受ける。 先方が承諾した事で、アリスの気持ちは置き去りに、婚約者を入れ換えられる事になってしまった。 悲しみに沈むアリスに、夫となる伯爵は告げた、「これは白い結婚だ」と。 運命は回り始めた、アリスが辿り着く先とは… ◇異世界:短編16話《完結しました》

処理中です...