あなたにはもう何も奪わせない

gacchi

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18.戸惑い

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再儀式の日、教室から出て行ったアマンダ様は、
しばらくしてブリュノ様と一緒に何事もなかったようにB教室に戻ってきた。

仮婚約は解消されているが、組む相手がいないと授業が大変になる。
めずらしいことではあるが、解消した相手と一緒に授業を受けることにしたらしい。

ブリュノ様がアマンダ様の嘘に気がついたのかどうかはわからないが、
前と同じように仲がよさそうに見えることに少しだけ腹が立つ。
周りをふりまわしておいて、何もなかったように振舞えるアマンダ様に、
今後も社交界でつきあっていかなくてはいけないのかと頭が痛くなる。

同じ嫡子でもやはり男性よりも女性の方が弱い。
隣り合っている領地ともめた時など、男性領主のほうが味方が多い。
そのため、女性で爵位を持つもの同士、助け合いが必要になる。
B教室に嫡子令嬢を集めているのはそのためだ。
将来何かあったときに女性領主同士で助け合えるようにと。

だが、アマンダ様と助け合えるとは思えない。
むしろもめ事を増やされそうで、できる限り離れていたいのだが、
侯爵家と筆頭伯爵家という立場上そうも言っていられない。

それに途中から嫡子となった私は、
五歳から始めるはずの嫡子教育も九歳になってからだった。

入学時には明らかに他の嫡子と比べて成績に差があったが、
三年になるまでに努力して上げてきた。
ようやく嫡子として恥ずかしくない成績にはなったが、
それでも侯爵家の嫡子としてはまだ不十分だと思う。

性格は悪くても、血筋と成績は素晴らしいアマンダ様。
だからこそ、本来なら一番敵対してはいけないのに。
ここまで嫌われていると、仲良くできるとは到底思えなかった。


ライオネル様が留学してきてから四か月が過ぎた。
一緒にいることにもすっかり慣れて、家まで送られるのも当たり前になっていた。

「今日もあいつがジュリアのこと見ていた」

「あいつって、ブリュノ様のこと?」

「ああ。あの女もだな」

「アマンダ様は前からそうだけど、ブリュノ様はまだ誤解が解けていないのかも。
 はっきり聞いてくれたら否定するんだけど……」

あれからブリュノ様とは話していない。
どういうことだと聞いてくれるのを期待していたのに、
ブリュノ様はアマンダ様と一緒に行動していて、
二人とも近寄ってこない。

近寄ってこないこと自体はうれしいけれど、
はっきりできていないことにもやもやしている。


「何かあればすぐに言えよ?」

「うん、わかってる」

「じゃあ、また明日」


ライオネル様は一度馬車から降りて、私の手をとって降ろしてくれる。
その後、また馬車に乗って帰っていくのだが、
見送ろうとした時、屋敷に一台の馬車が入ってきた。

オクレール侯爵家の紋章が入った馬車。
もしかして、ずっと領地に行ったままのお父様?

ライオネル様もそれに気がついたのか、馬車に乗るのをやめた。

「もしかして侯爵?」

「あの紋章の馬車はお父様だと思うわ……」

会うのは何年ぶりだろう。
もう八年近く会っていないはず。
お兄様が亡くなった後、お父様は領地に行ってしまっている。

馬車から降りてくるのを待っていると、馬車のドアが開く。
記憶にあるよりも年をとったお父様が下りてくる、と、
その後ろから小さな男の子が顔を出した。

「え?」

「誰だ?」

「……わからないわ」

分家の子どもだろうか。心当たりはないけれど。
お父様は私とライオネル様を見て、無表情なまま話しかけてきた。

「お前はジュリアか?」

「はい、お父様」

「隣にいる男は誰だ」

「こちらはジョルダリ国の第二王子ライオネル様です。
 学園長より案内役を頼まれました」

「第二王子?……そうか、失礼のないように」

失礼のないように、そういったにもかかわらず、
お父様はライオネル様に挨拶せずに屋敷に入っていく。
二歳か三歳の男の子を抱き上げ、大事そうに連れて行った。

「ライオネル様、お父様が失礼なことを……」

「……いや、いい。なんだか様子がおかしかったな」

「ええ、おかしかったと思う。
 王族にたいして失礼なことをするような人ではなかったのに。
 本当に申し訳ないわ」

あまりのことに私から謝ると、ライオネル様は気にしなくていいと言った。
本来なら咎めなくてはいけないはずだが、それよりもあの男の子のほうが気になるようだ。

「明日、あの男の子のこと何かわかったら聞かせてくれる?」

「ええ。お父様が教えてくれたら、だけど」

「うん、それでいいよ。じゃあ」

考え込むような表情で、ライオネル様は帰っていった。

とりあえず自分の部屋に戻ると、ドアをノックされる。
リーナが開けると、相手は家令のヨゼフだった。

「ヨゼフ、どうかしたの?」

「旦那様が、ジュリア様も夕食を共にと」

「え?……わかったわ」

久しぶりに帰ってきたからだろうか。
以前は一緒に夕食を取るなんてことなかったけれど。

食事室に入ると、そこにはお母様もいた。
ずっと部屋に閉じこもっていたはずのお母様に、
思わず近くに駆け寄る。

「お母様、お体の具合は大丈夫なのですか?」

「……ええ、大丈夫よ。ここに来ればいいことがあるっていうから」

「いいこと、ですか?」

いったい何のことだろうと思っていると、お父様が食事室に入ってきた。
あの男の子と手をつないで。
二歳か三歳に見える男の子は薄茶色の髪で青色の目をしている。
……誰かに似ているような気がする。
そう思ったところで、お母様が小さく悲鳴をあげた。

「…っ!な、なんてこと」

「お母様?」

「アンディ!アンディなのね!?」

アンディ?それって、お兄様の名前……
お母様はそう言って、小さな男の子のそばに駆け寄る。
両膝をついて、男の子を抱きしめると、その子はにっこり笑った。

「お母様!会いたかった!」

「え?」

お母様?そんなわけはない。
お母様はずっとこの屋敷の部屋に閉じこもっていたし、
お父様はずっと領地の屋敷から戻ってこなかった。
一体どういうことなのかと思ったが、お父様が追い打ちをかけるようなことを言う。

「やっとアンディが戻ってきたんだ。
 これでオクレール侯爵家も安泰だな」

「ええ、そうですわね、あなた。
 もう二度とアンディを失うようなことはあってはならないわ」

「お父様、お母様、大丈夫。僕はどこにも行かないよ!
 これからずっとこのうちで一緒にいるからね!」

「あぁ、良かった……神様」

抱きしめながら泣き出したお母様を見て、
何が起こっているのか理解できないで立ち尽くしていた。

しばらくして食事の用意がされたが、何を食べたのか覚えていない。
ただ、お父様とお母様は男の子にだけ話しかけ、
私の存在はなかったことにされていた。

まるで……お兄様が生きていた時のように。



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