あなたにはもう何も奪わせない

gacchi

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6.乱暴な令嬢

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令嬢が奪ったブローチを光にかざすように私に見せつける。

「ふふふ。いいものを手に入れたわ」

「返して!」

「あら、これはもう私の物よ」

取り返そうと手を伸ばしたが、ひらりとかわされる。
令嬢が自分のドレスのポケットに入れようとしたのを見て、
思わず叫んでしまう。

「返してってば!泥棒!」

「泥棒?この私を泥棒ですって?」

「それは私の大事な宝物なの!人から預かっているだけなんだから!
 今すぐに返して!」

あまりのことに大きな声になっていた。
周りのものがこちらを見ていることに気がつかずに。

私が泥棒と言ったからか、令嬢は怒りのあまり真っ赤な顔で震えていた。
あ、まずいかもと思ったときには頬を叩かれていた。

「きゃあ!」

周りの令嬢たちが悲鳴をあげる。叩かれた頬がじんじんする。
痛みで立っていられなくなって、座り込んでしまう。

「私に逆らうからよ!」

「……」

悔しくて悲しくて涙がこぼれる。
どうしてこんな目にあわなくちゃいけないんだろう。

その時、静かだけど威厳のある声が響いた。

「そこの令嬢たち、何をしているの?」

「え?……あ、王妃様」

「王妃様?」

そこにいたのは水色のドレスを着た婦人だった。
ドレスと扇には金糸で刺繍してある……王族だけが着ることができるもの。

この方が王妃様。豊かな金髪をまとめ、深い緑の目がこちらを見る。
すらりとした長身の王妃様は、私と令嬢に話を聞くのではなく、
近くにいた騎士を呼びつけた。

「何があったのか、報告を」

「はっ。こちらの赤いドレスの令嬢が、
 紫のドレスの令嬢の持ち物を取り上げていました。
 宝石のついたブローチのようです」

「取り上げた?」

「はい。無理やりドレスのポケットに手を入れて奪っていました。
 その際、紫のドレスの令嬢は手を負傷しています」

騎士に見られてた?
王妃様に報告されて、令嬢の顔色は変化していく。
さきほどまで怒りで紅潮していたのに、青ざめていった。

「なぜ、奪った上に頬を叩くようなことに?」

「紫のドレスの令嬢が返してほしいと訴えても聞かず、
 泥棒だと叫ばれた結果、それに対して怒ったようです」

「どう考えても泥棒でしょう。
 それを指摘されて暴力をふるうなど……。
 何を考えているのかしら?アマンダ・イマルシェ」

アマンダ様……イマルシェは伯爵家。
筆頭伯爵家だとわかり、一番身分が高いと言ったのがわかった。
伯爵家以下の者が集まっている場では確かにそうだろう。

「いえ……この者が身分不相応な物を見せびらかしてきたので、
 それはよくないと思って取り上げたのです」

「ふうん。身分不相応、ね。
 そこの令嬢に会うのは初めてね。名は?」

「はい、王妃様。
 ジュリア・オクレール。オクレール侯爵家の嫡子でございます」

「っ!?」

私の名乗りを聞いて、アマンダ様だけじゃなく、周りもざわつく。
三年前のお茶会まではオクレール侯爵家の嫡子はお兄様だった。

二年前、感染症のためお茶会が開かれなくなり、
その後特効薬ができたことでお茶会が再開した。
だが、昨年は喪に服していたために社交はできなかった。

ようやく嫡子として公の場に出られるようになって、
今日がそのお披露目のはずだった。

それなのに。

「アマンダ。あなたは自分よりも身分が上の令嬢から物を奪ったの?」

「え……いえ、でも、知らなかったので……」

「知らなければ許されるというものではない。
 今すぐに、奪ったものを返して」

「……はい」


本当に嫌そうに私にブローチを返してくる。
受け取った私の手の甲から血が出ているのを見て、
王妃様が軽く悲鳴をあげた。

「早く治療を!医師を連れてきなさい!」

「はっ」

騎士が医師を呼びに走っていく。

「アマンダ。あなたは今すぐ帰りなさい」

「え?」

「しばらく、社交の場に出てくるのを禁じます。
 あなたに物を奪われたという苦情がいくつか他家から来ています。
 その件に関しても、一度伯爵夫妻を呼んで話をしなければならないわね」

「……そんな」

「わかったら、今すぐ帰りなさい」

「……はい」

うなだれたアマンダ様だが、最後に目があったらにらまれた。
……そんな目で見られても、どう考えても悪いのはアマンダ様なのに。

アマンダ様が退出した後、医師が来て手の甲を治療してもらう。
その後は王妃様の計らいで、同じ年の令嬢たちだけの席が作られ、
あらためて交流することができた。

私よりも身分が下の令嬢ばかりではあるが、
皆がアマンダ様に嫌な思いをしたことがあるようで、
初めてのお茶会だというのにひどい目にあった私に同情してくれ、
好意的に迎え入れてくれた。

結果的には友人ができ、お茶会の目的としては成功だったのだと思う。
後日、イマルシェ伯爵夫妻から頭を下げられたが、
その場にアマンダ様は同席しなかった。

甘やかしすぎて手がつけられないのだというイマルシェ伯爵夫妻に、
それ以上は何も言えなかった。

なかなか子ができず、やっと生まれた一人娘だという。
甘やかした結果どう育つのか、お兄様という例を知っている。
アマンダ様も我慢するということができないのだろう。

その後、しばらくしてアマンダ様の謹慎はとかれたようだけど、
反省しなかったようで、私を見るとすぐに難癖をつけにくる。

もう物を奪うようなことはなかったけれど、
人に見られないように腕をつねったり、わざと転ばせようとしたり、
友人関係をめちゃくちゃにしようとしたり、
気がつけばアマンダ様を避けるようになっていた。

そんなに嫌いなら近寄らなければいいのに、
アマンダ様は私を見るとすぐに近寄ってきて、そばを離れようとしない。

貴族として、嫌いな人をあからさまに避けるような真似はできない。
社交はしなければいけないが、行けば疲れる。
他の友人ともまともに話せないので、相談することもできない。

なぜかアマンダ様は私のことを親友だと言っているようで、
他の令嬢たちに避けられるようになっていく。
アマンダ様に近寄りたくない令嬢から見たら、
親友の私にも関わりたくないと思われてしまったようだ。

どうすればいいのかわからないまま十五歳になり、学園に通う時期が来た。
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