あなたにはもう何も奪わせない

gacchi

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5.王宮のお茶会

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お兄様が亡くなった後、お父様はそれを認めたくなかったのか、
病気の流行がおさまるとすぐに領地へと行ってしまった。

お兄様と一緒に暮らしていたこの屋敷にいるのが嫌になったのか、
部屋から出てこなくなったお母様と興味のない私と一緒に暮らすのが嫌になったのか、
お父様は領地にある屋敷で生活することにしたようだ。

領主のお父様がいなくなり、
女主人として采配をしていたお母様が部屋から出てこないことで、
王都の屋敷は次第に荒れていく。

さすがにまずいと思ったのか、
お父様は王都の屋敷の采配をするために家令のヨゼフを雇った。

他の貴族家で家令として働いていたという高齢のヨゼフは、
私に挨拶に来て、着ていた服を見て驚いていたようだった。

成長期のせいか服が小さくなっていたが、
買い替えてくれるはずのお母様は部屋から出てこない。
仕方なくリーナが布を継ぎ足してくれていた。
とても侯爵家の令嬢が着るようなものではない。

ヨゼフはすぐに仕立て屋を呼び、私に必要なものを買いそろえてくれた。
そして、嫡子となるためには今までの家庭教師では足りないと、
新しい家庭教師も手配してくれた。

こうしてお父様とお母様がいないまま、私は何の不自由もない生活に戻った。
もともとたいして関わっていなかった。
使用人たちがよくしてくれるので、寂しいと思うこともない。
それよりも嫡子としての教育は厳しくて、ついていくのに苦戦していた。

嫡子となれば、王宮での行事に正式に招待されることになる。
他の嫡子はもうすでに出席しているので、
人間関係ができてしまっているかもしれない。
そこに入っていくのは大変だが、私よりも身分が上の令嬢はあまりいない。
いじめられることはないが、
上に立つものとして周りから厳しい目で見られることになる。
礼儀作法の授業が厳しくなるのも仕方ないことだった。




そうして喪が明けたころ、私は十歳になった。
招待された王宮でのお茶会は、王妃様が主催するもので、
十四歳までの嫡子が出席するものらしい。

なぜ十四歳までかというと、十五歳になれば学園に入る。
その前に嫡子だけを集め、顔合わせをしておこうというものだ。

お茶会用のスカートが広がりすぎない薄紫のドレスを着て、
王宮へとリーナと向かう。
王宮に着くと、リーナは侍女控室で待つことになる。

「ジュリア様、頑張ってきてください!」

「うん、ありがとう。行ってくるね」

私が不安そうな顔をしていたからか、リーナに応援されて送り出される。
会場の中庭にはもうたくさんの人が集まっていた。
今まで社交どころか買い物すら出かけたことがない。
知らない人ばかりのところに放り出され、今すぐにでも帰りたくなる。

でも、逃げちゃダメなんだ。
侯爵家の嫡子として恥ずかしくないように頑張らないと。

少し離れたところで数人の令嬢が集まって話をしているのが見えた。
あそこに行って話しかけてみよう。

お茶会のマナーとして、身分が上の者から声をかけることになっている。
この会場に私より身分が上の者は王族しかいないが、王族に王女はいない。
会場にいる令嬢、誰に声をかけても大丈夫なはずだ。
というか、私が話しかけない限り、誰とも話すことができない。

近づいて話しかけようとしたら、その集団で何か面白いことがあったのか、
笑い声が聞こえた。
その華やかさに思わず引き返してしまう。

どうしよう。
ポケットの中に入れておいたブローチを取り出して両手で握りしめる。
胸の前で手のひらにのせたブローチを見つめ、勇気が出るようにお祈りする。

声をかけられますように。
大丈夫……

よし、もう一度声をかけに行ってみよう。
そう思ってポケットにブローチをしまおうとして、後ろから声をかけられる。

「ねぇ、今のなに?」

「え?」

振り向いたら同じくらいの身長の女の子がいた。
スカートにたくさんのフリルがついた赤いドレスを着た令嬢。
手入れの行き届いた艶やかな金髪に真っ赤な目。
急に話しかけられたことに驚いていると、手をぐいってと引っ張られた。

「今、隠したやつ見せなさい!」

「え?ちょっと!?」

「へぇ~きれいな石。宝石なの?」

「た、たぶん?」

ポケットに入れようとしたのに、無理やり手を開かされる。
手のひらにある紫色の宝石がついたブローチを令嬢は目を輝かせてみていた。
綺麗だもんね。わかる。こんな素敵なブローチ、見たことないもの。

大事なお守りを人に見せる気はないけれど、
令嬢が目を輝かせて見ているのを見て、少し誇らしくなる。

「ねぇ、これ私にちょうだい!」

「え?」

「だって、こんな素敵なブローチ、あなたにはもったいないもの」

「……ええ?」

「私が持っていたほうがブローチも喜ぶでしょ。
 ほら、早く渡して?」

にこにこと手を差し出してくるけれど、渡す気はない。
どうして大事な宝物を初めて会った令嬢に渡さないといけないんだ。

「嫌よ……」

「は?」

「嫌だって言ったの。
 どうして私の大事な宝物をあなたに渡さないといけないの?」

「はぁ?」

なぜか怒り出した令嬢に、取られないようにブローチをポケットにしまう。

「素直に渡せばいいのに、後悔するわよ?」

「後悔?」

「うちはねぇ、すごい家なの!ここで一番身分が高いのは私よ。
 だから私が欲しいって言ったら、渡さなきゃいけないの」

「?」

一番身分が高い?
この子は誰なのかわからないけれど、一番身分が高いわけじゃない。
それに、身分が高かったら人の物を奪っていいわけはない。
いくらなんでも貴族なら相手のことも尊重しなければいけない。
欲しいというのなら交渉するのが貴族として正しいマナーだ。

「あなた新入りだから知らないのでしょう?
 私に逆らって社交界に出てこなくなった令嬢はたくさんいるのよ。
 あなたの家もひどい目にあいたいの?
 おとなしくそれを渡したほうがいいと思うわ」

「何を言っているのかわからないわ。
 少なくとも、そんな理由でこれを渡すことはしないわ」

「もう!頭が悪いの!?
 それは私の物だって言ってるじゃない!」

無理やりポケットの中に手を突っ込まれそうになって、
その手を抑えようとする。

「痛っ!」

令嬢の手を止めようとしたら、爪でひっかかれてしまった。
爪を磨いてあるのか、ひっかかれたところから血がにじんでいる。

「素直に渡さないからよ」

令嬢が奪ったブローチを光にかざすように私に見せつける。

「ふふふ。いいものを手に入れたわ」

「返して!」

「あら、これはもう私の物よ」
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