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9.最終学年 ダンスの授業
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学園の最終学年。
三年生にだけある特別な授業が講堂で行われる。
それは夜会に出席する時の礼儀作法やダンスの授業だ。
この国では夜会に出られるのは学園の卒業後と決められている。
昔は学園に入学した時点で夜会への出席が可能だったらしい。
だが、そのため令嬢が卒業できずに退学することが多かった。
まだあしらい方もわからないうちに夜会に出席し、
男性に言いくるめられて休憩室へと連れ込まれ、
結果として結婚するために学園をやめるということがめずらしくなかった。
それではいけないと当時の国王が判断し、
夜会に出席するのは学園の卒業後と変更された。
婚約者がいない令息令嬢は、まず学園で相手を探し、
学園内で見つけられなかったら夜会で相手を探す。
たいていの者は数年で見つけ、二十代前半で結婚する。
この学園のダンスの授業は数少ない他の教室との出会いの機会だ。
だからこそ、他の教室の令嬢たちの目が、
アルフレード様とエルネスト様に集中している。
「久しぶりの視線だな……」
「アルがお茶会をやめたせいだって」
「兄上が抜けた後もお茶会を開いていたら、大変な目にあうだろう!」
「さっさと婚約者決めないからだよ」
「お前だってそうだろう」
こそこそと言い合いしている二人に、大変だなぁと思いながらもそっと離れようとする。
二人の近くにいたら、間違いなく巻き込まれる。
今のところ、私に婚約者がいるからと令嬢たちからはにらまれるか、
すれ違う時に嫌味を言われるくらいで済んでいる。
だが、今日の令嬢たちの視線は怖い。
さっきまでうっとりと二人を見ていたはずなのに、
キッと私をにらみつけている。
二人に近づける機会を邪魔するなと訴えてきているのがわかる。
「おい、ディアナ。どこに行く気だ」
「え?……いや、離れていようかと」
「ちょっと、ディアナ嬢。それは冷たいんじゃないの?」
「いや、私にらまれたくないですよ……ほら」
令嬢たちがにらんでいるほうを見て欲しかったのに、
二人は不自然に目をそらす。
……わかっていて、令嬢の方を見ないようにしている?
怖いもの見たさで振り返ったら、令嬢たちが一斉に私を冷たい目で見た。
あわあわしていると、時間になったのか先生が前に出て来る。
令嬢たちの視線もそちらへと向いたので、ほっと胸をなでおろす。
「まずはお手本として婚約者が同じ学年にいる方々、出て来てください」
「へ?」
「何組かいますでしょう?ほら、出て来て」
婚約者がいる人は前に出なきゃいけないの?そんなこと聞いていない。
同じ学年に婚約者がいるのは四組。
三組は最初から一緒にいたのか、すぐに中央に出ていく。
どうしようかと思っていたら、エラルドがこちらへ向かってくるのが見えた。
「ディアナ、呼ばれているよ。ほら、前に出よう」
「あ、うん」
差し伸べられた手を取って中央に出ようとしたら、
エラルドの背後からあの三人の令嬢がにらんでいるのが見えた。
「ひぃ……」
「ん?どうかした?ああ、みんなゴメンね。
婚約者としてディアナと踊って来なきゃ」
「……ええ、仕方ないものね」
「そうですわね。仕方ないことですから」
「エラルド様、ここでお待ちしてますね」
エラルドには怖い顔を見せないのか、とたんにうるうるとした目になった令嬢たちに、
これくらいできないと令嬢として生きていけないのかと思う。
……私には無理だ。考えてみたら私が侯爵になるのは良かったのかもしれない。
侯爵夫人としてお茶会を仕切るとか、ちょっと想像できない。
女侯爵になれば社交する相手は領主たち、つまり男性相手になる。
こういう令嬢たちとはつきあわなくて済む。
領主の仕事自体は大変だけど、意外と面白いし、
何よりも領民たちのために頑張るのは性にあっている気がする。
目の前でへらへら笑ってるエラルドのせいだと思うと、少し腹立たしい気もするけど。
「エラルドって踊れたのね」
エラルドと踊るのは初めてだけど、意外と上手に踊れている。
勉強嫌いだから、練習が必要なダンスも嫌いだと思っていた。
ちゃんとリードしてくれるのに驚いていると、エラルドはうれしそうに笑った。
「大丈夫、ちゃんと練習してきたからね」
「そうなんだ」
誰と練習していたのかは、聞かなくてもわかる。
まぁ、練習相手は必要だし、そのことをどうこう言う気はないけれど。
本当にやましい気持ちが一切ないんだというのはわかる。
令嬢たちのほうはエラルドのことが好きなように見えるけれど、
あの三人はエラルドが結婚した後はどうするつもりなんだろう。
社交シーズンには王都に来るけれど、ほとんどカファロ領にいることになる。
まさか夜会で会うたびに、ついて回る気では……ないと思いたい。
曲が終わると、今度は婚約者がいない令息令嬢たちが前に出て来る。
一緒に踊る相手を見つけるために声をかけるのだが、
マナーとして令息から令嬢に声をかけることになっている。
そのため、令嬢は誘ってほしい相手を熱心に見つめる。
邪魔にならないように壁際に去ろうとしたら、
エラルドはあの三人の令嬢のところへと向かっていった。
「待たせてごめんね。誰からにする?」
「今日は私からよ!エラルド」
「よし、行こうか。ラーラ」
すぐにラーラ様の手を取り、また中央へと出て行く。
残り二人は順番を待っているのか、手を振って見送っている。
どうやら三人の令嬢とも踊るつもりらしい。
これは本気で夜会の心配をしなくてはいけないかもしれないな……。
「婚約者と踊った後、令嬢三人と踊る気なのか」
「すごいな。あれで浮気じゃないって……」
呆れたような声で振り返ると、アルフレード様とエルネスト様だった。
「もうあきらめてます。
というか、お二人は相手を探しに行かないんですか?」
三年生にだけある特別な授業が講堂で行われる。
それは夜会に出席する時の礼儀作法やダンスの授業だ。
この国では夜会に出られるのは学園の卒業後と決められている。
昔は学園に入学した時点で夜会への出席が可能だったらしい。
だが、そのため令嬢が卒業できずに退学することが多かった。
まだあしらい方もわからないうちに夜会に出席し、
男性に言いくるめられて休憩室へと連れ込まれ、
結果として結婚するために学園をやめるということがめずらしくなかった。
それではいけないと当時の国王が判断し、
夜会に出席するのは学園の卒業後と変更された。
婚約者がいない令息令嬢は、まず学園で相手を探し、
学園内で見つけられなかったら夜会で相手を探す。
たいていの者は数年で見つけ、二十代前半で結婚する。
この学園のダンスの授業は数少ない他の教室との出会いの機会だ。
だからこそ、他の教室の令嬢たちの目が、
アルフレード様とエルネスト様に集中している。
「久しぶりの視線だな……」
「アルがお茶会をやめたせいだって」
「兄上が抜けた後もお茶会を開いていたら、大変な目にあうだろう!」
「さっさと婚約者決めないからだよ」
「お前だってそうだろう」
こそこそと言い合いしている二人に、大変だなぁと思いながらもそっと離れようとする。
二人の近くにいたら、間違いなく巻き込まれる。
今のところ、私に婚約者がいるからと令嬢たちからはにらまれるか、
すれ違う時に嫌味を言われるくらいで済んでいる。
だが、今日の令嬢たちの視線は怖い。
さっきまでうっとりと二人を見ていたはずなのに、
キッと私をにらみつけている。
二人に近づける機会を邪魔するなと訴えてきているのがわかる。
「おい、ディアナ。どこに行く気だ」
「え?……いや、離れていようかと」
「ちょっと、ディアナ嬢。それは冷たいんじゃないの?」
「いや、私にらまれたくないですよ……ほら」
令嬢たちがにらんでいるほうを見て欲しかったのに、
二人は不自然に目をそらす。
……わかっていて、令嬢の方を見ないようにしている?
怖いもの見たさで振り返ったら、令嬢たちが一斉に私を冷たい目で見た。
あわあわしていると、時間になったのか先生が前に出て来る。
令嬢たちの視線もそちらへと向いたので、ほっと胸をなでおろす。
「まずはお手本として婚約者が同じ学年にいる方々、出て来てください」
「へ?」
「何組かいますでしょう?ほら、出て来て」
婚約者がいる人は前に出なきゃいけないの?そんなこと聞いていない。
同じ学年に婚約者がいるのは四組。
三組は最初から一緒にいたのか、すぐに中央に出ていく。
どうしようかと思っていたら、エラルドがこちらへ向かってくるのが見えた。
「ディアナ、呼ばれているよ。ほら、前に出よう」
「あ、うん」
差し伸べられた手を取って中央に出ようとしたら、
エラルドの背後からあの三人の令嬢がにらんでいるのが見えた。
「ひぃ……」
「ん?どうかした?ああ、みんなゴメンね。
婚約者としてディアナと踊って来なきゃ」
「……ええ、仕方ないものね」
「そうですわね。仕方ないことですから」
「エラルド様、ここでお待ちしてますね」
エラルドには怖い顔を見せないのか、とたんにうるうるとした目になった令嬢たちに、
これくらいできないと令嬢として生きていけないのかと思う。
……私には無理だ。考えてみたら私が侯爵になるのは良かったのかもしれない。
侯爵夫人としてお茶会を仕切るとか、ちょっと想像できない。
女侯爵になれば社交する相手は領主たち、つまり男性相手になる。
こういう令嬢たちとはつきあわなくて済む。
領主の仕事自体は大変だけど、意外と面白いし、
何よりも領民たちのために頑張るのは性にあっている気がする。
目の前でへらへら笑ってるエラルドのせいだと思うと、少し腹立たしい気もするけど。
「エラルドって踊れたのね」
エラルドと踊るのは初めてだけど、意外と上手に踊れている。
勉強嫌いだから、練習が必要なダンスも嫌いだと思っていた。
ちゃんとリードしてくれるのに驚いていると、エラルドはうれしそうに笑った。
「大丈夫、ちゃんと練習してきたからね」
「そうなんだ」
誰と練習していたのかは、聞かなくてもわかる。
まぁ、練習相手は必要だし、そのことをどうこう言う気はないけれど。
本当にやましい気持ちが一切ないんだというのはわかる。
令嬢たちのほうはエラルドのことが好きなように見えるけれど、
あの三人はエラルドが結婚した後はどうするつもりなんだろう。
社交シーズンには王都に来るけれど、ほとんどカファロ領にいることになる。
まさか夜会で会うたびに、ついて回る気では……ないと思いたい。
曲が終わると、今度は婚約者がいない令息令嬢たちが前に出て来る。
一緒に踊る相手を見つけるために声をかけるのだが、
マナーとして令息から令嬢に声をかけることになっている。
そのため、令嬢は誘ってほしい相手を熱心に見つめる。
邪魔にならないように壁際に去ろうとしたら、
エラルドはあの三人の令嬢のところへと向かっていった。
「待たせてごめんね。誰からにする?」
「今日は私からよ!エラルド」
「よし、行こうか。ラーラ」
すぐにラーラ様の手を取り、また中央へと出て行く。
残り二人は順番を待っているのか、手を振って見送っている。
どうやら三人の令嬢とも踊るつもりらしい。
これは本気で夜会の心配をしなくてはいけないかもしれないな……。
「婚約者と踊った後、令嬢三人と踊る気なのか」
「すごいな。あれで浮気じゃないって……」
呆れたような声で振り返ると、アルフレード様とエルネスト様だった。
「もうあきらめてます。
というか、お二人は相手を探しに行かないんですか?」
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