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45.先生の先生

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長期休暇も半分終わった頃、領街へ買い物しに行くのも慣れてきた。
あの日贈られた髪飾りとチョーカーは気に入って、必ずどちらかはつけている。

もちろんギルバードを家庭教師として雇ったこともあるし、訓練は毎日行われている。
だけど、ちっとも上達していない。光を灯すだけなのに、数分がやっと。
これは基礎であり、術式すら使っていないものなのに、使いこなすことができない。

「焦らなくていい」

「でも……」

「そもそも、初日に発動できたことが奇跡のようなものなんだ」

「そうなんですか?」

「ああ。俺は闇を発動するまで……半年…いや、一年ちかくかかったな」

「そんなに!?」

発動するまで一年!そんなに難しいものだなんて知らなかった。
たしかにそんなに難しいのなら、三か月半で焦るのはおかしいのかもしれない。
ほっとして、ダメな生徒じゃなかったと安心する。
あまりにも下手過ぎて見捨てられたらどうしようかと思っていた。

休憩していたら、トマスが演習室に入ってくる。
私に用があるのかと思ったら、ギルバードにだった。
この屋敷に来てから、トマスとギルバードは気をつかわなくなったようで、
お互いを呼び捨てにするようになっていた。

「どうかしたのか?」

「ギルバードに客人が来たようだが…」

「俺に客人?」

ラルエット領にいるのに、ギルバードに客人って。
ギルバードも同じように思ったようで、険しい顔になる。
まさか、第一王女が追いかけて来たんじゃないよね?

「エシェルの学園での恩師らしいが。アデリナと」

「嘘だろう!」

エシェルの学園の恩師?ギルバードに教えてくれたっていう光属性持ちの人?
飛び出すように走っていくギルバードに、私とトマスの視線があう。

「本当に恩師?」

「いや、わからないから聞いたのですけどね?
 あの様子だと本物じゃないでしょうか」

「本物なら走っていくの?」

「……そうですねぇ」

何か事情があるのか、知っているらしいトマスは口ごもる。
……私だけ知らないことに少しだけ面白くない。

「じゃあ、授業は終わりかな」

「部屋に戻りましょうか」

疲れて歩けない私をトマスが抱き上げて連れて行ってくれる。
廊下の窓から、池の近くの長椅子に女性が座っているのが見えた。
知らない女性。真っ赤な燃えるような髪。胸とおしりが大きくて、色気のある女性。
そこに慌てたようにギルバードが駆け寄った。

「え?」

「あ、ああ。あの女性ですよ。
 学園の教師には見えなかったので本物かわからなかったのですが、
 名前自体は知っています。アデリナ・オルネッラ。女伯爵の方です。
 カミルの養子先でもあるのですが……大丈夫なんでしょうかね」

「女伯爵なの…カミルの養子先。
 あぁ、カミルの恩師でもあるのかな」

あんな色っぽい女性が先生だったんだ。
長椅子にならんで座ったと思ったら何か話し込んでいる。
さすがにこれだけ離れていたら会話はわからない。

ギルバードがぐったりしてうなだれたと思ったら、女性がギルバードの頭を撫でる。
嫌そうにしながらもその手を振り払わないのを見て、なぜか心が痛む。
どうして、女性嫌いのギルバードがあんな風に心を許すなんて。

「トマス、部屋に戻ろう?」

「あ、はい。そうですね」

もう見ていたくなくて、部屋に戻った。
いつもよりも身体が重くて、疲れて動きたくない。
お腹が空かないし、食欲もない。

「……少し休みますか?」

「うん……なんだか疲れちゃって、眠い。
 このまま寝てしまいたい」

「では、着替えて休みましょう」

マールを呼ぶのもめんどくさくて、トマスに手伝ってもらって着替える。
寝台の中に入ったら、頭が痛い気がした。
もう何も考えたくない。
ぎゅっと目をつぶったのに、見たくないものが見える気がして。
眠りたいのに眠れず、枕に顔を押し付けた。



次の日、目を開けたらまだ頭が重い気がした。
でも、これ以上寝ていたら身体が痛くなりそうで起きる。
ゆっくりと支度して朝食の場に行くと、昨日見た女性も席に着いていた。

「あ」

「あぁ、お嬢さんがリディアーヌ様かしら?」

「そうよ」

「ふふ。思った以上に可愛らしいわぁ。
 私はアデリナ・オルネッラと申します。
 ギルバードの先生よ。
 リディアーヌ様から見たら、先生の先生?
 あら、リディアーヌ様は孫弟子になるのかしら」

「そうなるの?」

ずいぶんと距離が近い人だと思い、ギルバードを見たら目をそらされた。
ええ、一応はギルバードの先生なんじゃないの?

「私はリディアーヌ様に魔術書を届けに来たの。
 カミルの養子の手続きもあったのだけど、こっちが重要」

「え?」

「ギルバードが持っているのは、闇魔術も載っている初級用のものしかないでしょ?
 そのうち必要になると思って、光属性の中級と上級の魔術書を持って来たわ。
 あ、もちろん秘密は守れるから大丈夫。
 エドワール様と誓約を交わしているの。だから養子先に選ばれたのだと思うわ」

「お父様と…それなら」

お父様が信用している人だというのなら大丈夫だろう。
この人に教わるのは何となく嫌だけど、魔術書は必要だし。
でも、中級と上級……

「私、基礎の灯りをともすことしかできない。
 しかも数分だけで終わっちゃうから、中級は当分必要ないと思う」

自分で言っていて嫌になるけれど、この調子でいったらいつになるかわからない。
ましてや、上級魔術なんて必要になるのかすらわからない。

「ふふ。大丈夫よ。灯せているのなら。
 きっと、うまくなろうとするからうまくならないのね」

「え?」

「光属性の訓練は上達しようとしないこと。これが一番。
 昨日できたことを同じようにする。これをずっと続けるの。
 そのうち、急に跳ね上がるようにレベルがあがるのよ」

「本当に?」

「ええ、ギルバードの教え方の問題というよりも、光と闇の違いね。
 同じように訓練できると言っても、全部が同じじゃないのよ。
 さっさと私を頼ればいいのに、この馬鹿弟子は!」

「頼れるわけないだろう!秘密なんだから!」

「あぁ、そういえば。じゃあ、仕方ないか。
 私はこれで帰るけれど、何かあったらいつでも呼んでほしいわ」

女性でもうっとりしてしまいそうな微笑みで言われ、
敵いそうにないと素直にうなずいだ。
ギルバードが心を許している女性に嫌な人がいるわけない。
きっと素敵な人に違いない。私なんかよりずっと。

貴重な魔術書を簡単に貸し出してくれて、訓練方法も教えてくれる。
最後にきゅっと軽く抱きしめられたら、すごくいい匂いがした。

…きっと成長したとしても、あんな素敵な人にはなれないんだろうな。
そう思ったら悲しくて、少しだけ泣きそうになった。




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