上 下
37 / 101

37.後悔

しおりを挟む
「命令よ!ここを開けなさい!」

「こればかりは何を言われても開けません。
 開けてどうする気なのですか」

怒りを押し殺すようなカミルの声に動揺するけれど、
でもここでじっと隠れているなんて嫌だ。

「私も一緒に戦うわ!」

「やめてください」

「どうして!?私だって全属性あるのよ!?戦力になれるわ!」

「そんなことはどうでもいいんです」

「え?」

「あなたは護衛対象です。守られる側なのを理解してください」

少しも譲歩する気のない答えだった。
カミルは結界を解除する気はないんだ。
だけど、どうして。

「……お願いよ、カミル。ギルバードが戦ってる。トマスも。
 私だけここで守られているなんて嫌なの。
 みんなを助けたいのよ」

「……」

「私なら大丈夫。こんな時のために強くなったんだもの。
 だから、ここを」

「やめてください!!」

何とかしてカミルを説得しようとしていたら、途中でさえぎられた。
聞いたこともない大きな声は泣きそうで……

「お願いですから、理解してください。
 あなただけは戦わせることはできないんです。
 今、馬車の外で戦っている者たちも、マールさんも私も、
 リディアーヌ様を守るためにいるんです。
 そんなあなたを危ない目にあわせると思うんですか?」

「……だって。
 私も一緒に戦えば助かるでしょう?
 だって、私は戦えるのだもの。戦力になるでしょう?」

普段ならともかく、こんな状況では私だって戦ったほうがいい。
誰も傷ついてほしくないし、無事に帰りたい。
私には一緒に戦える力があるのだから。

ちゃんと説明すればわかってくれると思った。
カミルはギルバードが大事だから、また一緒に戦ってくれると。
沈黙の後、聞こえてきたのはため息だった。
あきらめて私の意見を聞いてくれたのだと思ったけれど、それは違った。


「私は……大きな間違いをしてしまったことがあります。
 護衛対象を戦力にしてしまい、結果、大事な人を死なせてしまった……」

「……え?」

「一緒に戦えばなんとかなると、そう信じていたのです。
 気がついた時にはもう遅かった。
 私が戦うことを許してしまったから、あんなことに」

苦しそうに吐き出すような声のカミルは泣いているように感じた。
言わせてはいけないことを言わせてしまったのだとわかって、
立ち上がろうとするのをやめて力なく座り込む。

「もう、あんな思いをするのは嫌なんです。
 今度こそは守り抜こうと思っているんです。
 だから、お願いですから、ここにいてください」

「どうして…」

死なせてしまったというのは、もしかして。

「逆にリディアーヌ様に聞きますが、どうして素直に守らせてくれないのですか。
 もし、一緒に戦ったとして、あなたが傷ついてしまったら、
 トマス医師やマールさんがどれだけ後悔することになるか、わかっているんですか!」

「え?」

「もし、あなたが死んでしまったら……。
 二人が後を追うことになると、どうしてわからないんですか……」


私が命がけで助けたとしても、トマスとマールは死ぬかもしれないというの?
そんなことしたら、私が死んだ意味がなくなるのに?

「後を追ったって、そんなことしても」

「ええ、無駄なことだと思うでしょう。
 自分の命をささげたとしても、大事な人は戻ってこない。
 だけど、後を追えるのなら、そのほうが幸せかもしれない」

「…どう……して」

「私はそれを許してもらえなかった。ギルバード様も」

「そんな…」

あの時、二人を助けたのは間違いだった?
ギルバードとカミルが生き残って、お母様と弟の命も助かった。
私のしたことは間違っていなかったと思っていたのに。

「この十年、ギルバード様は苦しむために生きてきました。
 私がお二人を止めなかったから、こんなことに……。
 だから、何を言われてもリディアーヌ様を外に出すことはできません」

「……カミル」

「…お願いです。おとなしく守られていてください……」

「……」

悔しくて悲しくて、何も言い返せないのが苦しくて。
ギルバードとトマスを、マールを助けに行きたいのに、
カミルの後悔を聞いて何も言えない。

……どれだけ時間がたったのだろう。
私とカミルは一言も話さず、時間だけが過ぎていく。

もう一度馬車が揺れたと思ったら、ぶわりと魔力が動いたのを感じた。

「…もう、大丈夫です。今の魔力はギルバード様です」

カミルが言うのと同時に、背もたれが倒され明るくなった。
少し服が切れてボロボロになったギルバードが心配そうに私を見ていた。

「泣いているのか?」

「……ぎる」

呼びかけは、もう声にならなかった。
手を伸ばしたら、私を抱き上げ、きつく抱きしめてくれる。
ギルバードに抱き着いて、胸にひたいをこすりつける。

「…怖かったのか。カミル、リディアーヌ嬢に怪我はないな?」

「大丈夫です、敵は侵入していませんから」

「そうか。もう大丈夫だ、大丈夫だから」

なぐさめるように髪や背中をなでてくれるけれど、
もう何に泣いているのかわからなくなっていた。

襲撃があったのに戦えなかった。守られるだけだった。
こんな時のために強くなろうと思っていたのに、結局守られるだけだった。
なんのために強くなったのかわからない。役に立つことができなかった。

あの時、私がしたことは間違いだった。
カミルが、あんなにも悲しんでいるのに、何もできない。

どうしたらよかったの。
泣いても泣いても、答えは見つからない。

ギルバードが膝の上に抱き上げ、泣く私を守るように包み込む。
ぐちゃぐちゃになってしまった気持ちをそのまま包むような腕の中で、
いつの間にか泣きつかれて眠りに落ちて行った。



しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

実家から絶縁されたので好きに生きたいと思います

榎夜
ファンタジー
婚約者が妹に奪われた挙句、家から絶縁されました。 なので、これからは自分自身の為に生きてもいいですよね? 【ご報告】 書籍化のお話を頂きまして、31日で非公開とさせていただきますm(_ _)m 発売日等は現在調整中です。

婚約破棄をされた悪役令嬢は、すべてを見捨てることにした

アルト
ファンタジー
今から七年前。 婚約者である王太子の都合により、ありもしない罪を着せられ、国外追放に処された一人の令嬢がいた。偽りの悪業の経歴を押し付けられ、人里に彼女の居場所はどこにもなかった。 そして彼女は、『魔の森』と呼ばれる魔窟へと足を踏み入れる。 そして現在。 『魔の森』に住まうとある女性を訪ねてとある集団が彼女の勧誘にと向かっていた。 彼らの正体は女神からの神託を受け、結成された魔王討伐パーティー。神託により指名された最後の一人の勧誘にと足を運んでいたのだが——。

義妹の嫌がらせで、子持ち男性と結婚する羽目になりました。義理の娘に嫌われることも覚悟していましたが、本当の家族を手に入れることができました。

石河 翠
ファンタジー
義母と義妹の嫌がらせにより、子持ち男性の元に嫁ぐことになった主人公。夫になる男性は、前妻が残した一人娘を可愛がっており、新しい子どもはいらないのだという。 実家を出ても、自分は家族を持つことなどできない。そう思っていた主人公だが、娘思いの男性と素直になれないわがままな義理の娘に好感を持ち、少しずつ距離を縮めていく。 そんなある日、死んだはずの前妻が屋敷に現れ、主人公を追い出そうとしてきた。前妻いわく、血の繋がった母親の方が、継母よりも価値があるのだという。主人公が言葉に詰まったその時……。 血の繋がらない母と娘が家族になるまでのお話。 この作品は、小説家になろうおよびエブリスタにも投稿しております。 扉絵は、管澤捻さまに描いていただきました。

【完結】名ばかりの妻を押しつけられた公女は、人生のやり直しを求めます。2度目は絶対に飼殺し妃ルートの回避に全力をつくします。

yukiwa (旧PN 雪花)
恋愛
*タイトル変更しました。(旧題 黄金竜の花嫁~飼殺し妃は遡る~) パウラ・ヘルムダールは、竜の血を継ぐ名門大公家の跡継ぎ公女。 この世を支配する黄金竜オーディに望まれて側室にされるが、その実態は正室の仕事を丸投げされてこなすだけの、名のみの妻だった。 しかもその名のみの妻、側室なのに選抜試験などと御大層なものがあって。生真面目パウラは手を抜くことを知らず、ついつい頑張ってなりたくもなかった側室に見事当選。 もう一人の側室候補エリーヌは、イケメン試験官と恋をしてさっさと選抜試験から引き揚げていた。 「やられた!」と後悔しても、後の祭り。仕方ないからパウラは丸投げされた仕事をこなし、こなして一生を終える。そしてご褒美にやり直しの転生を願った。 「二度と絶対、飼殺しの妃はごめんです」 そうして始まった2度目の人生、なんだか周りが騒がしい。 竜の血を継ぐ4人の青年(後に試験官になる)たちは、なぜだかみんなパウラに甘い。 後半、シリアス風味のハピエン。 3章からルート分岐します。 小説家になろう、カクヨムにも掲載しています。 表紙画像はwaifulabsで作成していただきました。 https://waifulabs.com/

政略結婚した夫の愛人は私の専属メイドだったので離婚しようと思います

結城芙由奈 
恋愛
浮気ですか?どうぞご自由にして下さい。私はここを去りますので 結婚式の前日、政略結婚相手は言った。「お前に永遠の愛は誓わない。何故ならそこに愛など存在しないのだから。」そして迎えた驚くべき結婚式と驚愕の事実。いいでしょう、それほど不本意な結婚ならば離婚してあげましょう。その代わり・・後で後悔しても知りませんよ? ※「カクヨム」「小説家になろう」にも掲載中

《勘違い》で婚約破棄された令嬢は失意のうちに自殺しました。

友坂 悠
ファンタジー
「婚約を考え直そう」 貴族院の卒業パーティーの会場で、婚約者フリードよりそう告げられたエルザ。 「それは、婚約を破棄されるとそういうことなのでしょうか?」 耳を疑いそう聞き返すも、 「君も、その方が良いのだろう?」 苦虫を噛み潰すように、そう吐き出すフリードに。 全てに絶望し、失意のうちに自死を選ぶエルザ。 絶景と評判の観光地でありながら、自殺の名所としても知られる断崖絶壁から飛び降りた彼女。 だったのですが。

【完結】私だけが知らない

綾雅(りょうが)祝!コミカライズ
ファンタジー
目が覚めたら何も覚えていなかった。父と兄を名乗る二人は泣きながら謝る。痩せ細った体、痣が残る肌、誰もが過保護に私を気遣う。けれど、誰もが何が起きたのかを語らなかった。 優しい家族、ぬるま湯のような生活、穏やかに過ぎていく日常……その陰で、人々は己の犯した罪を隠しつつ微笑む。私を守るため、そう言いながら真実から遠ざけた。 やがて、すべてを知った私は――ひとつの決断をする。 記憶喪失から始まる物語。冤罪で殺されかけた私は蘇り、陥れようとした者は断罪される。優しい嘘に隠された真実が徐々に明らかになっていく。 【同時掲載】 小説家になろう、アルファポリス、カクヨム、エブリスタ 2023/12/20……小説家になろう 日間、ファンタジー 27位 2023/12/19……番外編完結 2023/12/11……本編完結(番外編、12/12) 2023/08/27……エブリスタ ファンタジートレンド 1位 2023/08/26……カテゴリー変更「恋愛」⇒「ファンタジー」 2023/08/25……アルファポリス HOT女性向け 13位 2023/08/22……小説家になろう 異世界恋愛、日間 22位 2023/08/21……カクヨム 恋愛週間 17位 2023/08/16……カクヨム 恋愛日間 12位 2023/08/14……連載開始

将来を誓い合った王子様は聖女と結ばれるそうです

きぬがやあきら
恋愛
「聖女になれなかったなりそこない。こんなところまで追って来るとはな。そんなに俺を忘れられないなら、一度くらい抱いてやろうか?」 5歳のオリヴィエは、神殿で出会ったアルディアの皇太子、ルーカスと恋に落ちた。アルディア王国では、皇太子が代々聖女を妻に迎える慣わしだ。しかし、13歳の選別式を迎えたオリヴィエは、聖女を落選してしまった。 その上盲目の知恵者オルガノに、若くして命を落とすと予言されたオリヴィエは、せめてルーカスの傍にいたいと、ルーカスが団長を務める聖騎士への道へと足を踏み入れる。しかし、やっとの思いで再開したルーカスは、昔の約束を忘れてしまったのではと錯覚するほど冷たい対応で――?

処理中です...