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1.追い出された
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あれはお祖父様の葬儀から半年もしていなかったと思う。
七歳だった私は湯あみをして、いつものように寝ようとしていた時だった。
なんだか応接室のほうが騒がしい。こんな時間にお客様?
気になってこっそりのぞきにいったら、
あまり屋敷には帰ってこないお父様がいて、うれしそうな顔をしていた。
逆にいつも優しいお母様は、見たことも無いほど怒った顔をしている。
お父様の隣には知らない女性がいた。誰だろう。
お腹を押さえるようにしてお父様に寄り掛かっている。
小柄だけど綺麗な女性……茶髪茶目の色は平民なのかな。
どうしてお父様はその女性の背中を優しくなでているんだろう。
「どういうことですか!愛人をここに住ますだなんて!」
「仕方ないだろう。こいつは身ごもっているんだ。バルデ伯爵家の子だぞ。
大事にしなければいけないのはわかるだろう」
「なんですって!身ごもっている!?」
「そうだ。俺の子だ。……今度こそ、男が産まれるかもしれない。
邪魔をするなよ?女しか産めなかったお前に文句を言う権利はない」
「っ!!」
……お父様の子が産まれる?今度こそ、男の子が?
お父様は男の子が欲しかったの?
あぁ、私を見てもくれなかったのは男の子じゃなかったから。
お父様はこの家を継げる子が欲しかったんだ。
だから、屋敷にも帰ってこなくて、お母様にも冷たかったのかもしれない。
「いいか?これからはこのメリーを女主人とする。
みんな、メリーの言うことを聞くように。わかったな?
マチルダ、お前もメリーの言うことに従うんだ」
「愛人を女主人に!?なんてことを…そんなのは認めないわ!」
「お前が認めないからってなんだっていうんだ。もう父上はいない。
俺が当主なんだから、この家のことは俺が決める。
おい、マチルダ、その反抗的な目はなんだ?
おとなしくしているなら置いとくつもりだったが、明日には出て行ってくれ。
お前が産んだ役立たずの娘も連れていけ。いいな?」
「…………なんてこと……」
泣き崩れたお母様はそのままに、お父様は楽しそうに女性を連れて出ていった。
お父様に肩を抱かれた女性はお母様を見て笑っていた。
残された部屋には座り込むお母様だけ。
使用人たちも不自然な動きで部屋から出ていった。
夕食もとっくに終わった時間に、仕事なんてそんなあるわけないのに。
隠れて見ていた私は、どうしていいのかわからなくて子ども部屋に戻った。
あの場でお母様に声をかけたら、私が罵られるような気がした。
お前が男じゃなかったからだ、役立たずめと。
優しいお母様が言うわけはないのに、そんな気がして怖かった。
次の日、まだ夜も明けないうちにお母様と私は屋敷を出た。
最低限の荷物を持って馬車に乗る。
お母様が嫁いだ時についてきた侍女と護衛を連れ、アルカン伯爵家へと。
馬車に乗って三日後。アルカン伯爵家に着くと、
伯父様は困惑しながらも優しく迎え入れてくれた。
それでも、やはりお母様は申し訳なさそうな顔をしていた。
私も残念ながら居心地がいいとは言えない場所だった。
伯父様は優しくても、義伯母様は私とお母様のことが好きではないようだった。
従兄弟たちも面白がって「父親に捨てられた子」と言ってからかってきたし、
親切な人たちからお父様の愛人は男の子を出産したと聞かされた。
そして、お父様はその愛人と再婚したと知った。
もう本当にバルデ伯爵家には帰れない。
私自身の価値が何も無くなってしまったように感じた。
男の子のようになったら愛されるかもしれないと短く切った髪は、
何の意味もなくなってしまった。
このまま居候として過ごすのかと思っていたが、
義伯母様に嫌味を言われ続けてお母様もつらかったのだと思う。
お母様の幼馴染のラフォレ辺境伯に後妻として嫁ぐことが決まった。
新しく父親になるラフォレ辺境伯は大きくてたくましい男性だった。
金髪緑目なのは、三代前に王族が降嫁しているからだそうだ。
お父様はどちらかというと細身でか弱そうな人で、
むしろ背の高いお母様のほうが強そうだと思っていた。
辺境伯と並んでいるとお母様が小さな女性に見えた。
ラフォレ辺境伯家もアルカン伯爵家も地方貴族で、
バルデ伯爵家は中央貴族だということをこの時に知った。
お母様の結婚はお祖父様が地方貴族との縁が欲しくて嫁がせたということも。
だけど、お祖父様が決めた結婚をお父様は受け入れなかった。
初めてお母様に会った時、地方貴族なんて田舎者で乱暴だし、
自分よりも大きい女なんて嫌だと言ったらしい。
ラフォレ辺境伯との顔合わせはとても緊張した。
お父様に嫌われたみたいに、また嫌われるかもしれない。
お母様の再婚を私のせいで断られたらどうしようかと思っていた。
辺境伯はそんな私を見て「マチルダの小さい時にそっくりだ」と笑った。
男性に頭をなでられたのは初めてで、何も言えなくなる。
緊張のせいもあって黙っていると、小さい頃のお母様との思い出を話してくれた。
それを聞いて恥ずかしそうにするお母様を可愛らしいと思った。
ここならお母様は幸せになれるかもしれない。
ずっとお母様は自分の身体を小さくするようにして生きていた。
初めて見るお母様の曇りのない笑顔がうれしかった。
こうして九歳になる少し前に、
私はマリエル・バルデから、マリエル・ラフォレとなった。
この国最強の剣士と呼ばれる、ラフォレ辺境伯の義娘として、
辺境伯の息子であるギルバードと初めて顔を合わせた。
この国では珍しい黒髪黒目。私よりもちょっとだけ小さい男の子。
目つきは悪いし、むうっとした顔している。
歓迎されていないのは当然だけど、そこまで嫌そうな顔しなくてもいいのに。
そう思っていたら、不貞腐れたようにギルバードがつぶやいた。
「妹ができると思ってたのに、なんで俺よりデカいんだよ……」
七歳だった私は湯あみをして、いつものように寝ようとしていた時だった。
なんだか応接室のほうが騒がしい。こんな時間にお客様?
気になってこっそりのぞきにいったら、
あまり屋敷には帰ってこないお父様がいて、うれしそうな顔をしていた。
逆にいつも優しいお母様は、見たことも無いほど怒った顔をしている。
お父様の隣には知らない女性がいた。誰だろう。
お腹を押さえるようにしてお父様に寄り掛かっている。
小柄だけど綺麗な女性……茶髪茶目の色は平民なのかな。
どうしてお父様はその女性の背中を優しくなでているんだろう。
「どういうことですか!愛人をここに住ますだなんて!」
「仕方ないだろう。こいつは身ごもっているんだ。バルデ伯爵家の子だぞ。
大事にしなければいけないのはわかるだろう」
「なんですって!身ごもっている!?」
「そうだ。俺の子だ。……今度こそ、男が産まれるかもしれない。
邪魔をするなよ?女しか産めなかったお前に文句を言う権利はない」
「っ!!」
……お父様の子が産まれる?今度こそ、男の子が?
お父様は男の子が欲しかったの?
あぁ、私を見てもくれなかったのは男の子じゃなかったから。
お父様はこの家を継げる子が欲しかったんだ。
だから、屋敷にも帰ってこなくて、お母様にも冷たかったのかもしれない。
「いいか?これからはこのメリーを女主人とする。
みんな、メリーの言うことを聞くように。わかったな?
マチルダ、お前もメリーの言うことに従うんだ」
「愛人を女主人に!?なんてことを…そんなのは認めないわ!」
「お前が認めないからってなんだっていうんだ。もう父上はいない。
俺が当主なんだから、この家のことは俺が決める。
おい、マチルダ、その反抗的な目はなんだ?
おとなしくしているなら置いとくつもりだったが、明日には出て行ってくれ。
お前が産んだ役立たずの娘も連れていけ。いいな?」
「…………なんてこと……」
泣き崩れたお母様はそのままに、お父様は楽しそうに女性を連れて出ていった。
お父様に肩を抱かれた女性はお母様を見て笑っていた。
残された部屋には座り込むお母様だけ。
使用人たちも不自然な動きで部屋から出ていった。
夕食もとっくに終わった時間に、仕事なんてそんなあるわけないのに。
隠れて見ていた私は、どうしていいのかわからなくて子ども部屋に戻った。
あの場でお母様に声をかけたら、私が罵られるような気がした。
お前が男じゃなかったからだ、役立たずめと。
優しいお母様が言うわけはないのに、そんな気がして怖かった。
次の日、まだ夜も明けないうちにお母様と私は屋敷を出た。
最低限の荷物を持って馬車に乗る。
お母様が嫁いだ時についてきた侍女と護衛を連れ、アルカン伯爵家へと。
馬車に乗って三日後。アルカン伯爵家に着くと、
伯父様は困惑しながらも優しく迎え入れてくれた。
それでも、やはりお母様は申し訳なさそうな顔をしていた。
私も残念ながら居心地がいいとは言えない場所だった。
伯父様は優しくても、義伯母様は私とお母様のことが好きではないようだった。
従兄弟たちも面白がって「父親に捨てられた子」と言ってからかってきたし、
親切な人たちからお父様の愛人は男の子を出産したと聞かされた。
そして、お父様はその愛人と再婚したと知った。
もう本当にバルデ伯爵家には帰れない。
私自身の価値が何も無くなってしまったように感じた。
男の子のようになったら愛されるかもしれないと短く切った髪は、
何の意味もなくなってしまった。
このまま居候として過ごすのかと思っていたが、
義伯母様に嫌味を言われ続けてお母様もつらかったのだと思う。
お母様の幼馴染のラフォレ辺境伯に後妻として嫁ぐことが決まった。
新しく父親になるラフォレ辺境伯は大きくてたくましい男性だった。
金髪緑目なのは、三代前に王族が降嫁しているからだそうだ。
お父様はどちらかというと細身でか弱そうな人で、
むしろ背の高いお母様のほうが強そうだと思っていた。
辺境伯と並んでいるとお母様が小さな女性に見えた。
ラフォレ辺境伯家もアルカン伯爵家も地方貴族で、
バルデ伯爵家は中央貴族だということをこの時に知った。
お母様の結婚はお祖父様が地方貴族との縁が欲しくて嫁がせたということも。
だけど、お祖父様が決めた結婚をお父様は受け入れなかった。
初めてお母様に会った時、地方貴族なんて田舎者で乱暴だし、
自分よりも大きい女なんて嫌だと言ったらしい。
ラフォレ辺境伯との顔合わせはとても緊張した。
お父様に嫌われたみたいに、また嫌われるかもしれない。
お母様の再婚を私のせいで断られたらどうしようかと思っていた。
辺境伯はそんな私を見て「マチルダの小さい時にそっくりだ」と笑った。
男性に頭をなでられたのは初めてで、何も言えなくなる。
緊張のせいもあって黙っていると、小さい頃のお母様との思い出を話してくれた。
それを聞いて恥ずかしそうにするお母様を可愛らしいと思った。
ここならお母様は幸せになれるかもしれない。
ずっとお母様は自分の身体を小さくするようにして生きていた。
初めて見るお母様の曇りのない笑顔がうれしかった。
こうして九歳になる少し前に、
私はマリエル・バルデから、マリエル・ラフォレとなった。
この国最強の剣士と呼ばれる、ラフォレ辺境伯の義娘として、
辺境伯の息子であるギルバードと初めて顔を合わせた。
この国では珍しい黒髪黒目。私よりもちょっとだけ小さい男の子。
目つきは悪いし、むうっとした顔している。
歓迎されていないのは当然だけど、そこまで嫌そうな顔しなくてもいいのに。
そう思っていたら、不貞腐れたようにギルバードがつぶやいた。
「妹ができると思ってたのに、なんで俺よりデカいんだよ……」
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