上 下
41 / 67

41.約束

しおりを挟む
「襲うように命令を出したのはビビアナだ。
 シルフィーネ嬢がいなくなればジルバードが自分のものになると思ったらしい。」

「ビビアナ様が?」

「だから、今回のことは全部ビビアナが悪い。
 シルフィーネ嬢は何も悪くないんだ。」

急にビビアナ様の名前が出て驚いていると、
助けられた後もいろいろあったことを聞かされる。
魔力切れで倒れた私にお義兄様が魔力を注いでいる時に、
ビビアナ様が現れて邪魔しようとしたらしい。

その時に私が死ねばよかったと話したことから、
セドリック様がビビアナ様がやったことなのか問いただしたという。
聞かれたビビアナ様が素直に認めたことから捕えられた。
手引きしたと思われる女官たちも一緒に。

ビビアナ様がお義兄様と結婚したいと思っているのは知っていたし、
私がそれを邪魔をしているのかもしれないとは思っていた。
だけど、死んでもいいと思われていたほど恨まれていたとは。

ビビアナ様の降嫁の話を聞かされた時には、
私が身を引いたほうがいいのではと思ったりもしたけれど。
こんな恐ろしいことを平気でするような人はお義兄様にふさわしくない。

怒りで身体が震え始める。

「あぁ、悪い。刺激が強かったか。
 体調が戻っていない時に話すことじゃなかったな。
 ビビアナと女官は貴族牢に一人ずつ入れてある。
 今回はさすがに父上も許せとは言わないだろう。
 もうこんな愚かな真似は二度とさせない…。
 詳しい話し合いは後日、調べが終わってからにしよう。
 …それまでにアンジェリカも起き上がれるようになっているはずだ。」

私へ気遣いながらもセドリック様は苦しそうな顔をして、
寝ているアンジェリカ様の髪を一房すくうように持ち上げる。
あぁ、もう見ていられない。お義兄様を見ると、無言でうなずいた。

「アンジェリカ嬢の怪我は誰にも知られていないのか?」

「父上には報告してある。一応は国王だからな。
 王宮内の話を他に広がらせないようにするためにも仕方ない。
 まぁ、アンジェリカが怪我したと知っても、
 父上が婚約解消を言い出すわけがないから大丈夫だろう。」

陛下には知られてしまっている…大丈夫だろうか。
少しだけ怖さは残る。
だけど、アンジェリカ様の怪我をそのままにはできなかった。

「…もし、アンジェリカ嬢の怪我が治るとしたら、秘密を守れるか?」

「秘密を?もちろんだ…。
 治るなら何でもするとは言えない。
 王太子としての責任はあるし、アンジェリカと離れろと言われても断る。
 だが、秘密を守るくらいならたやすいことだ。
 …もしかして、シルフィーネ嬢は光属性が使えるのか?」

「光属性が使えると知られたらどうなるか、お前なら理解できるはずだ。」

「…そうだな。わかった。約束しよう。
 俺個人としてだけでなく、国王となった後でも、
 その秘密を一生守り続けると。アンジェリカにも言わない。
 それでいいか?」

いいか、と聞かれたのはお義兄様ではなく、私にだった。
アンジェリカ様にも言わないとは思わなかったが、
考えれば知らないほうが安全かもしれない。
知らなければ秘密を守る必要もなくなる。

「その条件でお願いします。…アンジェリカ様に近づいても?」

「ああ、頼む。」

寝台の横に近づいて、アンジェリカ様の左腕にふれる。
包帯の上からでも凸凹しているのがわかる。
焼け焦げた腕の表皮を守るように何か添えてあるらしい。
魔力で包み込むようにしながら、ゆっくりと包帯を外していく。
嫌なにおいが広がる。見ているだけでも痛そうな肌が見えてきた。

何度も何度も表皮を生まれ変わらせるようにはがし、少しずつ綺麗にしていく。
半刻ほどかけ、アンジェリカ様の腕は元通りになった。

「…すごい。本当に治った…はは。」

少し離れたところから見守っていたセドリック様が、
すとんと床の上に座り込んだ。
力が抜けてしまったのか、お義兄様が手を貸して椅子に座らせる。

「あとは魔力の調整が終われば、アンジェリカ様は目を覚ますはずです。
 でも、アンジェリカ様にはどう説明するのでしょうか?」

あれほどひどかった怪我が寝ているうちに治ったら驚くだろうし、
何があったのかとセドリック様に聞くだろう。

「…大丈夫。このことについては何も聞いてはいけないし、知ってはいけない。
 そう言えばアンジェリカは余計なことをしない。
 王妃になるというのは、そういうことだ。」

「そうですか、わかりました。
 …良かった。私を守ろうとしてアンジェリカ様は怪我を負いました。
 だから、お義兄様にお願いしたんです。どうしても治したいと。
 無事に治せてほっとしました。」

「そうか…アンジェリカが怪我をしたことはアンジェリカの責任だ。
 だが、治してくれてありがとう…ジルバードの説得は大変だっただろう。」

「…簡単にシルフィーネのことを知られるわけにはいかないからな。」

セドリック様が言うように、渋るお義兄様を説得するのは大変だった。
私のことが知られたら、ますます結婚を妨害しようとするものが増えてくる。
私を守るのも難しくなる。私が傷つくようなことになるのは嫌だと。

きっとアンジェリカ様の怪我のことは知られないようにしているはずだから、
こっそりと会ってみて、治せるようだったら治したい。
無理そうならあきらめるからと、そう言ってなんとか説得した。
セドリック様が秘密を守ってくれると約束してくれて本当に良かった。

「あーそういうことか。なるほどな…。
 シルフィーネ嬢が公爵家の養女になった理由はこれか。
 俺はてっきり…ジルバードがさらってきたんだと思っていた。」

「え?」

「いやだって、ジルバードは最初から嫁にするって言ってたし、
 可愛がり方が異常だったからな。」

可愛がり方が異常?
お義兄様はセドリック様に何を話していたんだろう?
どういうことかとお義兄様を見たら、目をそらされる。

「よけいなことは言うな。では、俺たちは帰る。
 詳しい話し合いはまた後日、呼び出してくれ。」

「わかった。連絡する。
 …シルフィーネ嬢、本当にありがとう。」

「いいえ、助けてもらったのは私のほうですから。」

私のせいで負傷したのに、お礼を言われても困る。
そう告げると、セドリック様は笑ってそれ以上は言わなかった。
部屋を出る時、もう一度セドリック様を見たら、
うれしそうな顔してアンジェリカ様のところに戻ろうとしているのが見えた。


しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

前世の旦那様、貴方とだけは結婚しません。

真咲
恋愛
全21話。他サイトでも掲載しています。 一度目の人生、愛した夫には他に想い人がいた。 侯爵令嬢リリア・エンダロインは幼い頃両親同士の取り決めで、幼馴染の公爵家の嫡男であるエスター・カンザスと婚約した。彼は学園時代のクラスメイトに恋をしていたけれど、リリアを優先し、リリアだけを大切にしてくれた。 二度目の人生。 リリアは、再びリリア・エンダロインとして生まれ変わっていた。 「次は、私がエスターを幸せにする」 自分が彼に幸せにしてもらったように。そのために、何がなんでも、エスターとだけは結婚しないと決めた。

【完結】私を捨てて駆け落ちしたあなたには、こちらからさようならを言いましょう。

やまぐちこはる
恋愛
パルティア・エンダライン侯爵令嬢はある日珍しく婿入り予定の婚約者から届いた手紙を読んで、彼が駆け落ちしたことを知った。相手は同じく侯爵令嬢で、そちらにも王家の血筋の婿入りする婚約者がいたが、貴族派閥を保つ政略結婚だったためにどうやっても婚約を解消できず、愛の逃避行と洒落こんだらしい。 落ち込むパルティアは、しばらく社交から離れたい療養地としても有名な別荘地へ避暑に向かう。静かな湖畔で傷を癒やしたいと、高級ホテルでひっそり寛いでいると同じ頃から同じように、人目を避けてぼんやり湖を眺める美しい青年に気がついた。 毎日涼しい湖畔で本を読みながら、チラリチラリと彼を盗み見ることが日課となったパルティアだが。 様子がおかしい青年に気づく。 ふらりと湖に近づくと、ポチャっと小さな水音を立てて入水し始めたのだ。 ドレスの裾をたくしあげ、パルティアも湖に駆け込んで彼を引き留めた。 ∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞ 最終話まで予約投稿済です。 次はどんな話を書こうかなと思ったとき、駆け落ちした知人を思い出し、そんな話を書くことに致しました。 ある日突然、紙1枚で消えるのは本当にびっくりするのでやめてくださいという思いを込めて。 楽しんで頂けましたら、きっと彼らも喜ぶことと思います。

人質王女の婚約者生活(仮)〜「君を愛することはない」と言われたのでひとときの自由を満喫していたら、皇太子殿下との秘密ができました〜

清川和泉
恋愛
幼い頃に半ば騙し討ちの形で人質としてブラウ帝国に連れて来られた、隣国ユーリ王国の王女クレア。 クレアは皇女宮で毎日皇女らに下女として過ごすように強要されていたが、ある日属国で暮らしていた皇太子であるアーサーから「彼から愛されないこと」を条件に婚約を申し込まれる。 (過去に、婚約するはずの女性がいたと聞いたことはあるけれど…) そう考えたクレアは、彼らの仲が公になるまでの繋ぎの婚約者を演じることにした。 移住先では夢のような好待遇、自由な時間をもつことができ、仮初めの婚約者生活を満喫する。 また、ある出来事がきっかけでクレア自身に秘められた力が解放され、それはアーサーとクレアの二人だけの秘密に。行動を共にすることも増え徐々にアーサーとの距離も縮まっていく。 「俺は君を愛する資格を得たい」 (皇太子殿下には想い人がいたのでは。もしかして、私を愛せないのは別のことが理由だった…?) これは、不遇な人質王女のクレアが不思議な力で周囲の人々を幸せにし、クレア自身も幸せになっていく物語。

妹に全部取られたけど、幸せ確定の私は「ざまぁ」なんてしない!

石のやっさん
恋愛
マリアはドレーク伯爵家の長女で、ドリアーク伯爵家のフリードと婚約していた。 だが、パーティ会場で一方的に婚約を解消させられる。 しかも新たな婚約者は妹のロゼ。 誰が見てもそれは陥れられた物である事は明らかだった。 だが、敢えて反論もせずにそのまま受け入れた。 それはマリアにとって実にどうでも良い事だったからだ。 主人公は何も「ざまぁ」はしません(正当性の主張はしますが)ですが...二人は。 婚約破棄をすれば、本来なら、こうなるのでは、そんな感じで書いてみました。 この作品は昔の方が良いという感想があったのでそのまま残し。 これに追加して書いていきます。 新しい作品では ①主人公の感情が薄い ②視点変更で読みずらい というご指摘がありましたので、以上2点の修正はこちらでしながら書いてみます。 見比べて見るのも面白いかも知れません。 ご迷惑をお掛けいたしました

選ばれたのは私ではなかった。ただそれだけ

暖夢 由
恋愛
【5月20日 90話完結】 5歳の時、母が亡くなった。 原因も治療法も不明の病と言われ、発症1年という早さで亡くなった。 そしてまだ5歳の私には母が必要ということで通例に習わず、1年の喪に服すことなく新しい母が連れて来られた。彼女の隣には不思議なことに父によく似た女の子が立っていた。私とあまり変わらないくらいの歳の彼女は私の2つ年上だという。 これからは姉と呼ぶようにと言われた。 そして、私が14歳の時、突然謎の病を発症した。 母と同じ原因も治療法も不明の病。母と同じ症状が出始めた時に、この病は遺伝だったのかもしれないと言われた。それは私が社交界デビューするはずの年だった。 私は社交界デビューすることは叶わず、そのまま治療することになった。 たまに調子がいい日もあるが、社交界に出席する予定の日には決まって体調を崩した。医者は緊張して体調を崩してしまうのだろうといった。 でも最近はグレン様が会いに来ると約束してくれた日にも必ず体調を崩すようになってしまった。それでも以前はグレン様が心配して、私の部屋で1時間ほど話をしてくれていたのに、最近はグレン様を姉が玄関で出迎え、2人で私の部屋に来て、挨拶だけして、2人でお茶をするからと消えていくようになった。 でもそれも私の体調のせい。私が体調さえ崩さなければ…… 今では月の半分はベットで過ごさなければいけないほどになってしまった。 でもある日婚約者の裏切りに気づいてしまう。 私は耐えられなかった。 もうすべてに……… 病が治る見込みだってないのに。 なんて滑稽なのだろう。 もういや…… 誰からも愛されないのも 誰からも必要とされないのも 治らない病の為にずっとベッドで寝ていなければいけないのも。 気付けば私は家の外に出ていた。 元々病で外に出る事がない私には専属侍女などついていない。 特に今日は症状が重たく、朝からずっと吐いていた為、父も義母も私が部屋を出るなど夢にも思っていないのだろう。 私は死ぬ場所を探していたのかもしれない。家よりも少しでも幸せを感じて死にたいと。 これから出会う人がこれまでの生活を変えてくれるとも知らずに。 --------------------------------------------- ※架空のお話です。 ※設定が甘い部分があるかと思います。「仕方ないなぁ」とお赦しくださいませ。 ※現実世界とは異なりますのでご理解ください。

姉の婚約者であるはずの第一王子に「お前はとても優秀だそうだから、婚約者にしてやってもいい」と言われました。

ふまさ
恋愛
「お前はとても優秀だそうだから、婚約者にしてやってもいい」  ある日の休日。家族に疎まれ、蔑まれながら育ったマイラに、第一王子であり、姉の婚約者であるはずのヘイデンがそう告げた。その隣で、姉のパメラが偉そうにふんぞりかえる。 「ぞんぶんに感謝してよ、マイラ。あたしがヘイデン殿下に口添えしたんだから!」  一方的に条件を押し付けられ、望まぬまま、第一王子の婚約者となったマイラは、それでもつかの間の安らぎを手に入れ、歓喜する。  だって。  ──これ以上の幸せがあるなんて、知らなかったから。

公爵令嬢の辿る道

ヤマナ
恋愛
公爵令嬢エリーナ・ラナ・ユースクリフは、迎えた5度目の生に絶望した。 家族にも、付き合いのあるお友達にも、慕っていた使用人にも、思い人にも、誰からも愛されなかったエリーナは罪を犯して投獄されて凍死した。 それから生を繰り返して、その度に自業自得で凄惨な末路を迎え続けたエリーナは、やがて自分を取り巻いていたもの全てからの愛を諦めた。 これは、愛されず、しかし愛を求めて果てた少女の、その先の話。 ※暇な時にちょこちょこ書いている程度なので、内容はともかく出来についてはご了承ください。 追記  六十五話以降、タイトルの頭に『※』が付いているお話は、流血表現やグロ表現がございますので、閲覧の際はお気を付けください。

<完結> 知らないことはお伝え出来ません

五十嵐
恋愛
主人公エミーリアの婚約破棄にまつわるあれこれ。

処理中です...