上 下
39 / 67

39.客室

しおりを挟む
頭の痛みを感じ目を開けたら、知らない場所に寝かされている。
何が起きたのかと起き上がろうとしたら、動けなかった。

「…起きたのか、シルフィーネ。
 まだじっとしていて。すぐに動こうとすると危ない。」

「…え?」

すぐ近くから声がすると思ったら、私の隣にお義兄様が寝ている。
私が動けなかったのは、お義兄様に抱き寄せられていたからだった。

「お義兄様!?…え?え?どうして?」

「…覚えていないのか?ここは王宮だ。
 魔獣に追いかけられて、水をぶつけて抵抗していただろう。
 シルフィーネは魔力を使い果たして倒れたんだ。
 …魔力は俺が注いだから元に戻っているが、まだ身体に馴染んでいない。
 無理をしたら身体に負担がかかる。もう少し休め。」

「休め…と言われても…お義兄様も一緒にですかっ?」

魔獣に追いかけられていたのは思い出したし、状況はわかったけれど、
寝台の上にお義兄様と一緒に寝ているというのはどういうこと?
いくら婚約したとはいえ、一緒に寝るなんて。

「お前に魔力を送るのにこれが一番良かったんだ。
 まだ身体に馴染んでいないと言っただろう。とても不安定な状態なんだ。
 ちゃんと馴染むまで俺が補助的な役割をしてるんだ。
 …そんなに心配しなくても何もしないよ。
 王宮の客室で手を出すつもりは無い…逆効果だったか。
 ごめんな。顔が真っ赤になってる。」

「手を出すって…」

そんなことまで心配したわけじゃなかったのに、
お義兄様にそこまではっきりと言われて慌ててしまう。
手を出すって。ここは寝台の上だけど、何を!

「落ち着いて。何もしないよ。
 いいから、このまま休みなさい。
 …大丈夫だ、目を閉じて。もう一度寝たら楽になっている。」

「……はい。」

落ち着かせるように頭や背中を撫でられ、
うっとりとしてお義兄様の胸に頭をつけて目を閉じる。
痛む頭や気持ちの悪さが少しずつ楽になるような気がする。
そのまま力をぬいたら、いつのまにか眠っていた。

次に目を開けたとき、部屋には朝日が差し込んでいた。


「……お義兄様、もう朝ですか?王宮に泊まってしまったんでしょうか。」

「ああ。屋敷には連絡してある。まぁ、心配はしているだろうが。
 もう起きても平気か?どこか痛むところはないか?」

ゆっくりと起き上がると、見慣れないドレスを着ていた。
お茶会用のしっかりとしたものではなく、
普段使いするような少し柔らかい素材で仕立てられている。
…え?誰が着替えさせたの?

「……悪い。俺が着替えさせた。」

「お義兄様が!?」

「ああ。あの状況ではシルフィーネを一人にすることも、
 女官を信用して任せることもできなかった。
 …怒るなら怒ってくれ。なるべく見ないようにはした…つもりだ。」

「……。」

あまりに恥ずかしくて何も言えなくなる。
お義兄様が私の着替えをした?なんてことを…。
だけど、確かにあの状況ではそうするしかないと思う。
この王宮の女官が信用できるかどうか、判断できなかったと思うから。
恥ずかしくて怒りたいけれど、どうしようもないというのもわかる。
もやもやした気持ちのまま、怒りをぶつけたくなくて目をそらす。


「…そのまま寝かせるにはドレスが汚れていて無理だった。
 だが、気になるのはそれだけじゃない。
 助けた時には手足も泥まみれで傷だらけだったし…
 いったい何があったんだ?」

「…あの時、急にアンジェリカ様に突き飛ばされて。
 後宮への通路の外側に倒れたんです。
 芝生の上でしたけど、泥だらけで傷がついたのはそのせいでしょう。
 アンジェリカ様が私を突き飛ばしたのには理由があって、
 あの炎馬が吐いた火が私に向かって来たから助けようとしてくれて。
 だけど、そのせいで…アンジェリカ様が怪我を…。」

はっきりと思い出したら怖くて、涙があふれてきた。
あの時は必死で、怖くても泣いている場合じゃなかった。
身体の震えが止まらなくなっていると、お義兄様が抱きしめてくれる。
その胸にすがるように抱きしめ返すと、濡れている頬を指でぬぐってくれる。

「ゆっくりでいい。何があったのか話せるか?」

「はい…気がついたら炎馬が私を狙っていて。
 アンジェリカ様が結界を張って守ってくれたのですが、
 怪我をした状態で結界を張り続けるのは難しく、
 私が炎馬に水をぶつけて、怯んだすきに走って逃げました。」

「それで中庭近くにいたというわけか。一緒にいた女官は?」

「炎馬を確認した時にはもういませんでした…。」

あの時の女官はどうしたのだろうか。
あたりには私とアンジェリカ様しかいなかったように思う。
…炎馬に気がついてから逃げたのなら、見える範囲にいるはずなのに。

「わかった。あとはセドリックが調べるだろう。
 …動けるようになったら屋敷に帰ろう。あまり王宮に長居したくない。」

「……お義兄様。お願いがあります。」

しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

【完結】妹に全部奪われたので、公爵令息は私がもらってもいいですよね。

曽根原ツタ
恋愛
 ルサレテには完璧な妹ペトロニラがいた。彼女は勉強ができて刺繍も上手。美しくて、優しい、皆からの人気者だった。  ある日、ルサレテが公爵令息と話しただけで彼女の嫉妬を買い、階段から突き落とされる。咄嗟にペトロニラの腕を掴んだため、ふたり一緒に転落した。  その後ペトロニラは、階段から突き落とそうとしたのはルサレテだと嘘をつき、婚約者と家族を奪い、意地悪な姉に仕立てた。  ルサレテは、妹に全てを奪われたが、妹が慕う公爵令息を味方にすることを決意して……?  

姉の婚約者であるはずの第一王子に「お前はとても優秀だそうだから、婚約者にしてやってもいい」と言われました。

ふまさ
恋愛
「お前はとても優秀だそうだから、婚約者にしてやってもいい」  ある日の休日。家族に疎まれ、蔑まれながら育ったマイラに、第一王子であり、姉の婚約者であるはずのヘイデンがそう告げた。その隣で、姉のパメラが偉そうにふんぞりかえる。 「ぞんぶんに感謝してよ、マイラ。あたしがヘイデン殿下に口添えしたんだから!」  一方的に条件を押し付けられ、望まぬまま、第一王子の婚約者となったマイラは、それでもつかの間の安らぎを手に入れ、歓喜する。  だって。  ──これ以上の幸せがあるなんて、知らなかったから。

【完結】欲をかいて婚約破棄した結果、自滅した愚かな婚約者様の話、聞きます?

水月 潮
恋愛
ルシア・ローレル伯爵令嬢はある日、婚約者であるイアン・バルデ伯爵令息から婚約破棄を突きつけられる。 正直に言うとローレル伯爵家にとっては特に旨みのない婚約で、ルシアは父親からも嫌になったら婚約は解消しても良いと言われていた為、それをあっさり承諾する。 その1ヶ月後。 ルシアの母の実家のシャンタル公爵家にて次期公爵家当主就任のお披露目パーティーが主催される。 ルシアは家族と共に出席したが、ルシアが夢にも思わなかったとんでもない出来事が起きる。 ※設定は緩いので、物語としてお楽しみ頂けたらと思います *HOTランキング10位(2021.5.29) 読んで下さった読者の皆様に感謝*.* HOTランキング1位(2021.5.31)

【完結】今世も裏切られるのはごめんなので、最愛のあなたはもう要らない

曽根原ツタ
恋愛
隣国との戦時中に国王が病死し、王位継承権を持つ男子がひとりもいなかったため、若い王女エトワールは女王となった。だが── 「俺は彼女を愛している。彼女は俺の子を身篭った」 戦場から帰還した愛する夫の隣には、別の女性が立っていた。さらに彼は、王座を奪うために女王暗殺を企てる。 そして。夫に剣で胸を貫かれて死んだエトワールが次に目が覚めたとき、彼と出会った日に戻っていて……? ──二度目の人生、私を裏切ったあなたを絶対に愛しません。 ★小説家になろうさまでも公開中

側近という名の愛人はいりません。というか、そんな婚約者もいりません。

gacchi
恋愛
十歳の時にお見合いで婚約することになった侯爵家のディアナとエラルド。一人娘のディアナのところにエラルドが婿入りする予定となっていたが、エラルドは領主になるための勉強は嫌だと逃げ出してしまった。仕方なく、ディアナが女侯爵となることに。五年後、学園で久しぶりに再会したエラルドは、幼馴染の令嬢三人を連れていた。あまりの距離の近さに友人らしい付き合い方をお願いするが、一向に直す気配はない。卒業する学年になって、いい加減にしてほしいと注意したディアナに、エラルドは令嬢三人を連れて婿入りする気だと言った。

【完結】もう結構ですわ!

綾雅(要らない悪役令嬢1/7発売)
恋愛
 どこぞの物語のように、夜会で婚約破棄を告げられる。結構ですわ、お受けしますと返答し、私シャルリーヌ・リン・ル・フォールは微笑み返した。  愚かな王子を擁するヴァロワ王家は、あっという間に追い詰められていく。逆に、ル・フォール公国は独立し、豊かさを享受し始めた。シャルリーヌは、豊かな国と愛する人、両方を手に入れられるのか!  ハッピーエンド確定 【同時掲載】小説家になろう、アルファポリス、カクヨム、エブリスタ 2024/11/29……完結 2024/09/12……小説家になろう 異世界日間連載 7位 恋愛日間連載 11位 2024/09/12……エブリスタ、恋愛ファンタジー 1位 2024/09/12……カクヨム恋愛日間 4位、週間 65位 2024/09/12……アルファポリス、女性向けHOT 42位 2024/09/11……連載開始

報われない恋の行方〜いつかあなたは私だけを見てくれますか〜

矢野りと
恋愛
『少しだけ私に時間をくれないだろうか……』 彼はいつだって誠実な婚約者だった。 嘘はつかず私に自分の気持ちを打ち明け、学園にいる間だけ想い人のこともその目に映したいと告げた。 『想いを告げることはしない。ただ見ていたいんだ。どうか、許して欲しい』 『……分かりました、ロイド様』 私は彼に恋をしていた。だから、嫌われたくなくて……それを許した。 結婚後、彼は約束通りその瞳に私だけを映してくれ嬉しかった。彼は誠実な夫となり、私は幸せな妻になれた。 なのに、ある日――彼の瞳に映るのはまた二人になっていた……。 ※この作品の設定は架空のものです。 ※お話の内容があわないは時はそっと閉じてくださいませ。

王女殿下を優先する婚約者に愛想が尽きました もう貴方に未練はありません!

灰銀猫
恋愛
6歳で幼馴染の侯爵家の次男と婚約したヴィオラ。 互いにいい関係を築いていると思っていたが、1年前に婚約者が王女の護衛に抜擢されてから雲行きが怪しくなった。儚げで可憐な王女殿下と、穏やかで見目麗しい近衛騎士が恋仲で、婚約者のヴィオラは二人の仲を邪魔するとの噂が流れていたのだ。 その噂を肯定するように、この一年、婚約者からの手紙は途絶え、この半年ほどは完全に絶縁状態だった。 それでも婚約者の両親とその兄はヴィオラの味方をしてくれ、いい関係を続けていた。 しかし17歳の誕生パーティーの日、婚約者は必ず出席するようにと言われていたパーティーを欠席し、王女の隣国訪問に護衛としてついて行ってしまった。 さすがに両親も婚約者の両親も激怒し、ヴィオラももう無理だと婚約解消を望み、程なくして婚約者有責での破棄となった。 そんな彼女に親友が、紹介したい男性がいると持ち掛けてきて… 3/23 HOTランキング女性向けで1位になれました。皆様のお陰です。ありがとうございます。 24.3.28 書籍化に伴い番外編をアップしました。

処理中です...