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60.竜化

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「私は、生贄だったアリーのようにはなりたくないの」

「っ!?」

番だとか、子どもを守るとか、
そういうこと以前の問題なのかもしれない。

忘れられるわけがない。
生贄アリーとして育てられた自分を。

好きでもない男の子どもを産まされ処刑された、
私の母である生贄アリーのことも。

「私の母は男たちに汚されて、好きでもない相手の子を産まされ、
 罪を押しつけられて処刑されたの。
 母のようになるのは嫌なのよ」

「もう、レンダラ国はないんだ。もう生贄じゃない。
 リディはアリーなんかじゃない」

「ええ、そうよ、アリーじゃない。
 私は私の好きな相手と結婚したいの。
 子どものためじゃない、勝手に決められた番という運命のためじゃない。
 私はルークが好きだから、ルークだから結婚したいの」

「リディ……」

「ルークが死んだら他の男が番に?冗談じゃないわ。
 ルーク以外にふれられるのなんて嫌よ!
 私は私が認めた人以外に好き勝手されたくなんかない!」

想像しただけで身体が震えてくる。
生贄アリーだった頃は、そういう目で見られることばかりだった。
竜王国に来て、ルークに会って、
ようやく人を好きになる気持ちがわかった。

なのに、番だ、番じゃないで振り回されて。
もうこれ以上、よけいなものはいらない。

「私が選んだのはルークなの。他はいらないわ。
 他の男のものになるくらいなら死んだ方がいいの。
 私の覚悟がわかるなら、私の鱗を受け取って?」

「……わかった。
 怒られるかもしれないし、いつか後悔するかもしれない。
 だけど、リディがほしい。
 俺だけのものにしていいって言われて、断れるほど強くないんだ」

「ふふ。そんな強さはいらないわ。
 私と一緒に生きるって約束してくれればいい」

「ああ。リディの本当の番になるよ。
 俺はずっとそうしたいと願っていたんだ。リディを俺だけのものにしたいって。
 俺をリディのそばに、最後まで一緒にいさせてほしい」

「うん。私もルークを守るの。
 お互いに大事にしあって、最後までそばにいて」

竜化する前に伝えたかった。
私が覚悟を決めたこと。

竜化して、変わってしまうことだけが怖かったけれど、
クレアはクレアだった。
番になって戻ってきたクレアは、変わってないように見えた。

だから、きっとこのまま。
ルークへの想いを持ち続けていられると信じて。
竜化する時間を待つ。

そして、二日目の夜。
身体から力があふれそうで、両腕で身体を抑える。
苦しくて、破裂してしまいそうで、床に転がる。

「リディ!」

言葉も話せないほど苦しんでいる私を、
ルークが抱き上げて外に運ぶ。

草の上に寝転がらせたと思ったら、ルークは少し離れた。

「リディ、力を抑えようとしたらダメだ。
 その力を解放して、外へ広げようと流すんだ!」

この力を解放?少しでも気を緩めたら破裂しそうなのに?

「大丈夫だ。力を抜けば楽になる」

その言葉を信じて、抑えていたのをやめる。
身体の中の力があふれ出て、どこまでも広がっていく。
あんなに苦しかったのが嘘のように楽になっていく。

こんな力、どこに隠れていたのか。
放出はおさまったけれど、まぶしくて目が開けられない。

「リディ……あぁ、なんて綺麗なんだ」

「え?」

「竜化しているよ。目を開けて」

目を開けたら、ルークがずっと下に見えた。
私の位置が高い?
四つ這いになっているのに気がついて、腕を見る。

銀色の鱗。後ろを振り返ろうとしたら、羽が見えた。


「……竜になった?」

「ああ。ちゃんと竜化している」

じゃあ、これで番かどうか、本当にわかる。

「ルークも竜化して?」

「……ああ」

気持ちは凪いでいた。どちらにしても番になる覚悟はできた。
目の前でルークが黒い竜に変わる。

その青い目が私に向けられるのを見て、わかった。

「ふふふふ」

「ははっ」

二人とも第一声は笑い声だった。

「何にも気持ちは変わらない。私は私のままだわ。
 ルークの言った通りね」

「ああ。俺も変わらない」

これ以上ないほど好きになったら、
番だとしても気持ちは変わらない。

「私を番にしてくれる?」

「俺の首の下あたりに青い鱗があるはずだ。それを噛んで」

ルークが上を向くと、首の下が見える。
黒い鱗の中、一枚だけ青い鱗があった。
首を伸ばして、そこに噛みつく。

一瞬だけ甘い味がして、鱗は溶けるように口の中に消えた。

身体の中にルークの竜気が入ったのがわかった。
以前にもらったルークの鱗とは違う。
身体の中からルークの竜気が発せられている。

「じゃあ、約束よ。
 私の鱗も噛んで?」

「……ああ」

ルークが緊張しているのがわかる。
竜人の女性の鱗は左羽の付け根あたりだと聞いた。
左の羽を上げると、ルークがのぞき込むように鱗を探す。
なんだか少し恥ずかしい。

「……あった。紫の鱗」

「噛んでくれる?」

「ん」

ルークの歯が当たった感触がして、私から力がルークに流れ込む。
お互いがお互いの力を持つのがわかった。

これで誰も私たちを邪魔できない。
死ぬまで、番同士でいられる。

「……どうやって、人の状態に戻るの?」

「ちょっと待って」

先にルークが人の状態に戻った。
私の目の前まで来ると両手を差し出した。

「俺に抱き着こうとして。
 そしたら人に戻れると思う」

「抱き着く?こう?」

ルークに抱き着こうとしたら、本当に人に戻れた。
上から飛びつくみたいに降りたら、ルークは抱き留めてくれる。

そのまま抱き上げられて、唇が重なった。

「こんなに長い間我慢したんだから、
 もう手を出しても怒られないよな?」

「怒られないわ。
 もし、怒られたら一緒に謝ってあげる」

「ああ」

もう誰も怒らないと思うけど、ずっと手を出すなと言われ続けてたから、
確認したくなったのかもしれない。

でも、我慢する気なんてなかったと思う。
ルークがまっすぐ向かったのは寝室のベッドだったから。

長い間くちづけするような余裕もなく、
お互いに服を脱がせあう。

きっと私も我慢していた。
早くルークのものになりたくて、ルークを私のものにしたくて。

重なり合う身体と竜気に急かされるように、
もうそうなることしか考えられなくなっていった。



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