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56.命よりも大事なもの

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エリナが部屋から出て行った後も、ぼんやりと考え込んでいた。
どのくらい時間が過ぎたのか、クレアにお茶を差し出される。

「悩んでるわよね」

「うん……ルークとのこと、どうしたらいいんだろう」

「私はルークの気持ちわからないでもないわ」

「え?」

「リディの番にならなきゃ、ルークは手を出せないのよ。
 竜化する前に結婚するって言ってたけど、
 それって形だけのことでしょう?
 竜王様はリディが竜化するまで手を出すなって言ってたはずよ」

そういえば言われてた。
ルークも私が竜化して番だとわかるまで子を作ることはないって。
そっか。結婚するって言っても、お遊びみたいなものなんだ。

「きっと、死ぬってわかっていてもリディが欲しいんだわ」

「死ぬかもしれなくても私を選ぶってこと?」

「そうでしょうね。
 ……私は十三歳の時に処刑されたはずだった。
 処刑されるってわかった時、すごく悔しかった。
 まだやりたいことたくさんあったのに、こんな冤罪で殺されるのかって」

「クレア……」

「あの時、もっと何かできたんじゃないかって、
 魂だけになってからずっと考えていた。
 きっとルークも命を惜しんでリディを失ったとしたら、
 生きていてもつらくて意味がない。
 そういう覚悟で言ったんだと思うわ」

クレアは一度処刑台に上がっている。
どの時点で竜石に逃がされたのかはわからない。
だけど、クレアは自分が死んだと思っていた。

まだ十三歳だったのに。
どれだけ悔しかったのか、私には想像することしかできないけれど。
もしかしたら、今のルークの覚悟を理解できるのは、
一度死んだと思っていたクレアのほうかもしれない。

「ルークが死ぬのが嫌だから断るというのはやめてあげて
 きっとその理由で断られたらルークは納得しないと思うわ」

「だけど、死んでほしくない」

「ただ生き残るほうがつらいこともあるわ」

「……」

一人だけ生き残ったクレアがつらかったのはわかるけど、
番にならずにいたら、ルークにだって番が見つかるかもしれないのに。

「困らせてごめん。
 だけど、命が大事だからと考えるのをやめてほしくなかった。
 ルークが殺されてもいいと覚悟して選んだんだって、
 それをわかった上で決めてほしい。
 リディに後悔してほしくないから……」

「うん……わかってる。
 心配してくれてありがとう」

ソファに座る私をクレアがぎゅっと抱きしめてくれる。

「ずっとこうして慰めたかった。
 竜石に閉じ込められている間、アリーが一人だったから。
 今なら話を聞いて抱きしめて一緒に泣けるわ」

「ありがとう……大好きだよ、クレア」




クレアとラディが消えたのは三日後の朝だった。
竜化が近いと言われて、ずっとラディはそわそわして落ち着かなかった。
きっと、夜のうちにクレアは竜化したに違いない。

「ラディはどこに巣を作ったのかな」

「わからないな。クライブ様ならわかるかもしれないけど」

「そうなの?」

「食料が足りなくなった時とか困るから、
 誰か一人には場所を教えておくんだ」

「食料……どのくらいの期間巣ごもりするの?」

「人によるとしか……。
 ずっと幼馴染としてそばにいた竜人でひと月だったのは知ってる。
 初めて会った相手が番だとわかった場合、
 半年以上かかったというのを聞いたことがある。
 ラディとクレアの場合はどうだろうな」

ラディとクレアは会ったばかりというほどではないけど、
初めて竜化して番になるのだから、けっこうかかるのかも?

「じゃあ、後宮の解体が終わるまでは戻ってこないよね?」

「それには間に合わないだろうな」

後宮の解体まであとひと月半。
ラディとクレアの巣ごもりが終わった頃には、
後宮もなくなりすっきり片付いているだろう。


そして迎えた後宮解体の日、
最初に迎えが来たのはクリスタ様の国ババーリだった。

後宮から出てきたクリスタ様を見て、
若い使者は駆け寄って抱きしめた。

「クリスタ!」

「アロルド!会いたかったわ……」

「ようやく会えた。迎えに来たよ、ババーリに帰ろう」

「ええ!」

どうやら結婚の約束をしていた令息が使者として迎えに来たらしい。
クリスタ様は何度も私たちに礼を言って馬車に乗った。
ババーリ国はこれからも同盟国として交流がある。
またいつか会うこともあるかもしれない。

「元気でね」

「ええ。お世話になりました」

遠くなるまで、クリスタ様の白い手が振られているのが見えた。

「行ってしまったね」

「ああ」

「残るのは……デリア様だけになったね。
 今日、迎えに来る予定だよね?」

「来るだろう」

できるなら来てほしくないけれど、
その日の夕方近くになってベントソン国の使者が到着した。

王宮に泊まりたいと要望があったけれど、それはルークが断った。

「なぜですか!もう日が暮れてしまうのに!」

「ベントソン国は同盟を破棄した。いわば敵国になった状態だ。
 そんな国の使者を王宮内に泊めるわけないだろう」

「……う。それでは王都内の宿を紹介してもらえれば」

「そんなものはもうない。
 竜族は竜王国から出て行った。街に住むのは竜人と奴隷だけだ。
 宿や店はどこにもない」

「なんですと……」

「野営するしかないだろうな」

「……」


使者は不満そうな顔をしていたけれど、
王宮に泊めないというのは通達してあった。
ベントソン国が属国支配を捨てず、同盟を破棄したのが悪い。

デリア様と侍女の二人が後宮から出てくる。
妃候補とは思えないほど質素な服装。

夜会の時に第三王子に忠告したにも関わらず、
あれからもデリア様のもとには何も届かなかった。

使者たちもデリア様を敬う気はないようで、
早く馬車に乗るようにせかしている。

苛立つ気持ちを抑え、デリア様に別れを告げる。
デリア様は静かに礼をすると馬車に乗って出て行った。

「どの辺で野営すると思う?」

「今からだと王都を出たあたりじゃないかな」

「そっか」




後宮には誰もいなくなり、ラディもクレアもいない。静かな夜だった。
次の日の昼前、外宮でベントソン国の使者たちが騒いでいると報告が来た。


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