上 下
16 / 61

16.後宮とコリンヌ様

しおりを挟む
後宮は予想していない場所にあった。
通常、後宮というのは本宮よりも奥にあるか、
陛下の寝所に近い位置にあるものだ。

だが、竜王国の後宮は本宮から外宮を抜けた先にある。
王都側から王宮に入ってくると、まず外宮があり、左奥に本宮。
後宮は反対側の右奥に建てられていた。
つまり、本宮にある竜王様の寝所から一番遠い場所になる。

場所もそうだけど、後宮が大事にされていないというのが、
外壁の造りからもよくわかる。
脱走しようと思えば簡単にできそうだし、
そもそも警備もゆるいようだ。

外宮から後宮につながる通路にいた門番は一人だけだった。
高齢の竜族の男性はうたたねをしていて、
私たちが通り過ぎたあとで起きて驚いていた。

「ねぇ、こんな警備でいいの?」

「かまわない。
 もともと、人質として預けられているようなものだから、
 逃げ帰ってくれても問題ないんだよ。
 極まれに竜人の番だとわかって連れ出されることがあるが、
 ほとんどは二十歳になったら本国に戻っている。
 竜族の子を産んだとしても、子だけを置いて帰ることが多いな」

「そんなに待遇悪いのに、どうして後宮に入りたがるのかしら」

「一応は竜王様の妃候補に選ばれるわけだから、
 本国に戻った後は嫁ぎ先に困らないらしい」

「そういうものなのね」

本国に戻った後の待遇がいいのであれば、
後宮での待遇は改善しなくてもいいのかもしれない。
どうせ竜王様は顔合わせすらしないのだから。

後宮内に入ると、そこかしこから香水や化粧の匂いがする。
侍女たちは部屋のドアのかげからルークと私を見て、
こそこそと何かをささやきあっている。

あまり歓迎されている感じではないのは、
私がルークと一緒にいるからか。

「今、ここにいる妃候補は三人なのよね?」

「妃候補は三人だが、それぞれに大量の侍女を連れて来ている。
 こちらから用意するのは食事と、連絡係の者だけだ。
 あとは自分たちで何とかすることになっている」

「ふーん。費用は向こう持ちってこと。
 お金持ちの国じゃないと妃候補を出せないということね」

妃候補の維持費だけの問題ではない。
断り切れない同盟国以外は断っていると言っていた。
妃候補を出せる国、という名誉もあるのかもしれない。


後宮の廊下は回廊になっているらしいが、
それほど奥に行くことなく部屋に通される。
ここがコリンヌ様に与えられた部屋。

部屋自体は古いのだろうけど、真新しい豪華な家具が置かれ、
着飾った侍女たちが多いせいで華やかに見える。

その奥、鳥の羽でできた扇をゆるゆるとあおいでいる女性がいた。
豊かな黒髪を耳の上あたりでくるりと二つにまとめ、
襟足はそのまま胸の下あたりに流している。
薄茶色の目の縁に朱色の線が入った独特の化粧。
レンデラ国とは文化が違うのか、服装も変わっている。

「お待ちしていましたわ、ルーク様」

「そうか。今日は何の用で呼び出したんだ?」

「新しい後宮担当の者がいると聞いたので、
 見てみようと思っただけですわ」

私のことを見てみようと。
あきらかに格下の扱いに、どう対応しようかと悩む。
身分のことを出しても、こういう令嬢は聞かないかもしれない。

とりあえずルークに紹介されるまで待つかと思っていたら、
コリンヌ様が私を見て、くすりと笑う。

「女性、と聞いたのでルーク様に虫がつくのではと思ったのですが、
 その心配は無用だったようですわね。こんな幼子だったとは」

こんな幼子!?コリンヌ様とは同じ年なのに!
竜人に比べて小さいと言われるのは慣れたが、
コリンヌ様は私と同じくらいの背の大きさだった。

だが、大きな胸を出し惜しみすることなく、
レースからはみ出すように上半分が見えている。
……胸の大きさで幼子だと言われている?

「コリンヌ嬢に紹介しよう。
 こちらは竜王様の側近で、後宮担当になったリディだ。
 私の婚約者でもある」

「……は?」

勝ち誇るような笑顔だったコリンヌ様が、
口を大きく開けて止まってしまった。
ルークの婚約なんて予想してなかったんだろうなぁ。

侍女たちも驚いているのを見て、少しだけ気持ちがすっとする。
見下されているのがわかって穏やかな対応ができるほど、
私はおしとやかな性格ではない。

「はじめまして、コリンヌ様。
 ルークの婚約者のリディよ、よろしくね」

にっこり笑って挨拶するとコリンヌ様がようやく口を閉じた。
これは怒ったかなと思ったが、コリンヌ様の怒りはルークへと向かっていた。

「ルーク様。私の気持ちを知っていながら、
 このような嘘をつくとはひどいではありませんか?」

「嘘だと?」

「ええ。私の求婚を断る時におっしゃっていましたよね?
 竜人と竜族が結婚することはないと。
 そこの女性は竜族ではないのですか?」

「「あ……」」

そうだった!
ルークから説明されていたのに気がつかなかった。
今の私は竜族で、竜人になるかどうか確定しているわけじゃない。
竜人になるという話をすることもできないのに、
ルークの婚約者になったことをどう説明できるというんだろう。

しまったと思ってルークを見ると、ルークは私を見て軽くうなずいた。
何か覚悟を決めたような、目が座っているような……?

いったい何をするのかと思えば、ルークに腕をぐいっと引っ張られる。
その力に負けて、するんとルークの腕の中に入る。

「え?」

「コリンヌ嬢、リディとは先日会ったばかりだ。
 だが、一目見て俺の番だとわかった。
 だから、婚約する許可が竜王様から下りた」

「「はぁ?」」


しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

訳ありヒロインは、前世が悪役令嬢だった。王妃教育を終了していた私は皆に認められる存在に。でも復讐はするわよ?

naturalsoft
恋愛
私の前世は公爵令嬢であり、王太子殿下の婚約者だった。しかし、光魔法の使える男爵令嬢に汚名を着せられて、婚約破棄された挙げ句、処刑された。 私は最後の瞬間に一族の秘術を使い過去に戻る事に成功した。 しかし、イレギュラーが起きた。 何故か宿敵である男爵令嬢として過去に戻ってしまっていたのだ。

愛された側妃と、愛されなかった正妃

編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。 夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。 連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。 正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。 ※カクヨムさんにも掲載中 ※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります ※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。

【完結】お父様の再婚相手は美人様

すみ 小桜(sumitan)
恋愛
 シャルルの父親が子連れと再婚した!  二人は美人親子で、当主であるシャルルをあざ笑う。  でもこの国では、美人だけではどうにもなりませんよ。

見捨てられた逆行令嬢は幸せを掴みたい

水空 葵
恋愛
 一生大切にすると、次期伯爵のオズワルド様に誓われたはずだった。  それなのに、私が懐妊してからの彼は愛人のリリア様だけを守っている。  リリア様にプレゼントをする余裕はあっても、私は食事さえ満足に食べられない。  そんな状況で弱っていた私は、出産に耐えられなくて死んだ……みたい。  でも、次に目を覚ました時。  どういうわけか結婚する前に巻き戻っていた。    二度目の人生。  今度は苦しんで死にたくないから、オズワルド様との婚約は解消することに決めた。それと、彼には私の苦しみをプレゼントすることにしました。  一度婚約破棄したら良縁なんて望めないから、一人で生きていくことに決めているから、醜聞なんて気にしない。  そう決めて行動したせいで良くない噂が流れたのに、どうして次期侯爵様からの縁談が届いたのでしょうか? ※カクヨム様と小説家になろう様でも連載中・連載予定です。  7/23 女性向けHOTランキング1位になりました。ありがとうございますm(__)m

聖女候補の転生令嬢(18)は子持ちの未亡人になりました

富士山のぼり
恋愛
聖女候補で第二王子の婚約者であるリーチェは学園卒業間近のある日何者かに階段から突き落とされた。 奇跡的に怪我は無かったものの目覚めた時は事故がきっかけで神聖魔力を失っていた。 その結果もう一人の聖女候補に乗り換えた王子から卒業パーティで婚約破棄を宣告される。 更には父に金で釣った愛人付きのろくでなし貧乏男爵と婚姻させられてしまった。 「なんて悲惨だ事」「聖女と王子妃候補から落ちぶれた男爵夫人に見事に転落なされたわね」 妬んでいた者達から陰で嘲られたリーチェではあるが実は誰にも言えなかった事があった。 神聖魔力と引き換えに「前世の記憶」が蘇っていたのである。 著しくメンタル強化を遂げたリーチェは嫁ぎ先の義理の娘を溺愛しつつ貴族社会を生きていく。 注)主人公のお相手が出て来るまで少々時間が掛かります。ファンタジー要素強めです。終盤に一部暴力的表現が出て来るのでR-15表記を追加します。 ※小説家になろうの方にも掲載しています。あちらが修正版です。

【完結】欲情しないと仰いましたので白い結婚でお願いします

ユユ
恋愛
他国の王太子の第三妃として望まれたはずが、 王太子からは拒絶されてしまった。 欲情しない? ならば白い結婚で。 同伴公務も拒否します。 だけど王太子が何故か付き纏い出す。 * 作り話です * 暇つぶしにどうぞ

クズ王子から婚約を盾に迫られ全力で逃げたら、その先には別な婚約の罠が待っていました?

gacchi
恋愛
隣国からの留学生のリアージュは、お婆様から婚約者を探すように言われていた。リアージュとしては義妹のいない平和な学園で静かに勉強したかっただけ。それなのに、「おとなしく可愛がられるなら婚約してやろう」って…そんな王子はお断り!なんとか逃げた先で出会ったのは、ものすごい美形の公爵令息で。「俺が守ってやろうか?」1年間の婚約期間で結婚するかどうか決めることになっちゃった?恋愛初心者な令嬢と愛に飢えた令息のあまり隠しもしない攻防。

完】異端の治癒能力を持つ令嬢は婚約破棄をされ、王宮の侍女として静かに暮らす事を望んだ。なのに!王子、私は侍女ですよ!言い寄られたら困ります!

業 藍衣
恋愛
マリアはエネローワ王国のライオネル伯爵の長女である。 ある日、婚約者のハルト=リッチに呼び出され、婚約破棄を告げられる。 理由はマリアの義理の妹、ソフィアに心変わりしたからだそうだ。 ハルトとソフィアは互いに惹かれ、『真実の愛』に気付いたとのこと…。 マリアは色々な物を継母の連れ子である、ソフィアに奪われてきたが、今度は婚約者か…と、気落ちをして、実家に帰る。 自室にて、過去の母の言葉を思い出す。 マリアには、王国において、異端とされるドルイダスの異能があり、強力な治癒能力で、人を癒すことが出来る事を… しかしそれは、この国では迫害される恐れがあるため、内緒にするようにと強く言われていた。 そんな母が亡くなり、継母がソフィアを連れて屋敷に入ると、マリアの生活は一変した。 ハルトという婚約者を得て、家を折角出たのに、この始末……。 マリアは父親に願い出る。 家族に邪魔されず、一人で静かに王宮の侍女として働いて生きるため、再び家を出るのだが……… この話はフィクションです。 名前等は実際のものとなんら関係はありません。

処理中です...