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59.滅亡(アンドレ)
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それから一か月後、国境にある砦が他国から襲撃されたと報告が来た。
しかも、一か所ではなかった。
五か所ある砦のうち、三か所が攻められ落ちた。
「どういうことだ!どうして他国が攻めてくるんだ!」
「……砦の者たちが先に他国を侵略したようです」
「は?」
「砦の食料が尽きて、他国の村を襲って食料を奪ったと。
砦が落とされたのはその報復です」
砦の食料が尽きた……そうか。
王宮内の食料ですらどのくらいもつかわからない今、
砦に送る余裕なんてない。
砦がある領地だけでは対応しきれないのは当然か。
「砦三か所ということは、三か国から攻められたということなのか?」
「そうです。どこの砦も同じように他国の村を襲っていました。
残りの二か所の砦もそのうち攻め落とされるでしょう」
この国は五か国と接している。
砦は他国との境にある領地に置かれていた。
そのすべての国から攻め入られるとは……。
「さすがにもうダメか。この国はどこの国の物になるんだろうな」
「いえ、どの国も砦だけ落として国に戻っています。
王都まで攻めてくることはありません」
「……どういうことだ?砦だけだと?」
「はい。村が襲われた分の被害を補填するためでしょう。
砦にいた者は奴隷として連れ去られています」
「砦にいる者を捕まえるためだけに……。
そうか。この国はいらないのか……」
「どうしますか……?」
「どう、するか」
連れ去られた砦の者たちをどうするか聞かれているんだろうな。
答えなんて聞かなくても、侯爵だってわかっているはずなのに。
あぁ、砦か。
カミーユとバシュロ侯爵の娘だった者がいたはずだな。
だが、それでも答えは変わらない。
「もう、この国にいるよりも奴隷になったほうがいいかもしれん。
餓死するよりはましだろう」
「……そうかもしれませんね」
砦の者たちだけで被害が済んでよかったと思うしかないな。
攻めてこられたら、もう抵抗するだけの兵は用意できない。
すぐさま降伏して他国の物になるとわかっているだろうに、
どこの国も、もうブラウエル国なんて求めていないんだ。
そのことがみじめで、笑いそうになる。
あんなにも大事だと思っていた国は、国王が逃げて、
他国がいらないと見捨てるような国だった。
俺が国王でいる意味は、あるんだろうか。
それから半月後、また王都で暴動が起きた。
今度は平民が隠し持っていた食料もなくなったらしい。
貴族たちはとっくの昔に王都から逃げ出している。
王都内を暴れまわった平民たちは、
ついには王宮へと流れ込んできた。
護衛する騎士たちもまばらな中、やすやすと中まで入って来られる。
いつ謁見室までたどり着くかわからない。
時間の問題だなと思い、バシュロ侯爵に告げる。
「侯爵、逃げていいぞ」
「何を言っているのですか」
「俺はどこに逃げても捕まるだろう。
だから、ここで殺されるのを待つよ」
「……」
「俺が国王としてできる唯一の仕事だろう。
ほら、俺の気が変わらないうちに行けよ」
思えば、ちっともいい王太子じゃなかったな。
ずっとわがままばかり言っていたのは理解している。
王になるのだから、それでいいと思っていた。
父上だって、祖父だって、その前の国王だってそうだった。
何を言っても許されるんだと思っていたから。
……俺の妃と娘を生家に帰しておいてよかったな。
政略結婚でしかないし、ほとんど顔を合わせることもなかった。
離縁すると言った時には泣き叫んでいたが、生き残ってくれるはずだ。
ぼんやりとしか思いだせない妃と娘の顔を懐かしんでいると、
まだバシュロ侯爵が謁見室に残っていた。
「まだいるのか、早く行けよ」
「行きません。最後までお供します」
「なんでだ。逃げていいって言ってるんだぞ」
「はい。ですが、この国が終わるのはアンドレ様のせいではありません。
陛下が、今までの国王が、貴族たちがそうしたのです。
そして、それは私のせいでもあります。
政治にかかわっていなかったアンドレ様が一人で責任を負う必要はありません」
「……本当に馬鹿真面目だな」
「ええ、そう思います」
この国に忠誠を誓っているバシュロ侯爵らしい。
近くまで平民が来ている音がする。
今から逃げるのも無理なら、ここで一緒に死ぬか。
覚悟を決めて待ったが、いつまでたっても平民は来なかった。
朝になっても誰も来ず、侯爵と顔を見合わせる。
「どういうことだ?」
「わかりません。……静かになりましたね。
様子を見に行ってきます」
「俺も行く」
二人で様子を見に行くと、食糧庫が荒らされ、すべて無くなっていた。
騎士たちもどこかに逃げたらしく、誰一人いない。
「平民の目的は食料だったようですね」
「……っはは。王の命なんかいらないのか。
食料だけあればいいんだ。
王の命は……食料以下ってことだな……」
殺される覚悟を決めたのに、殺されなかった。
平民に相手にされなかったことが悔しくて、ひざをついてうなだれる。
この王宮には何も残っていない。
俺はこれからどうすればいいのか。
ここで野たれ死にするのか。
「アンドレ様、行きましょう」
「……どこにだ?」
「どこでもいいんです。もう、ブラウエル国は無くなりました。
平民として、生きられる場所を探しましょう」
「平民として……」
この国で平民が生きられる場所はない。
ブラウエル国の国民だった者たちも、他国へ流れて行った。
ジラール王国へ行けば平和に暮らせるのはわかっているが、
俺たちはあの壁を通ることはできない。
これから、何も持たずに他国までたどり着けるだろうか。
「行きましょう」
「ああ」
それでも行くしかない。
ここにいても、死ぬだけなのだから。
しかも、一か所ではなかった。
五か所ある砦のうち、三か所が攻められ落ちた。
「どういうことだ!どうして他国が攻めてくるんだ!」
「……砦の者たちが先に他国を侵略したようです」
「は?」
「砦の食料が尽きて、他国の村を襲って食料を奪ったと。
砦が落とされたのはその報復です」
砦の食料が尽きた……そうか。
王宮内の食料ですらどのくらいもつかわからない今、
砦に送る余裕なんてない。
砦がある領地だけでは対応しきれないのは当然か。
「砦三か所ということは、三か国から攻められたということなのか?」
「そうです。どこの砦も同じように他国の村を襲っていました。
残りの二か所の砦もそのうち攻め落とされるでしょう」
この国は五か国と接している。
砦は他国との境にある領地に置かれていた。
そのすべての国から攻め入られるとは……。
「さすがにもうダメか。この国はどこの国の物になるんだろうな」
「いえ、どの国も砦だけ落として国に戻っています。
王都まで攻めてくることはありません」
「……どういうことだ?砦だけだと?」
「はい。村が襲われた分の被害を補填するためでしょう。
砦にいた者は奴隷として連れ去られています」
「砦にいる者を捕まえるためだけに……。
そうか。この国はいらないのか……」
「どうしますか……?」
「どう、するか」
連れ去られた砦の者たちをどうするか聞かれているんだろうな。
答えなんて聞かなくても、侯爵だってわかっているはずなのに。
あぁ、砦か。
カミーユとバシュロ侯爵の娘だった者がいたはずだな。
だが、それでも答えは変わらない。
「もう、この国にいるよりも奴隷になったほうがいいかもしれん。
餓死するよりはましだろう」
「……そうかもしれませんね」
砦の者たちだけで被害が済んでよかったと思うしかないな。
攻めてこられたら、もう抵抗するだけの兵は用意できない。
すぐさま降伏して他国の物になるとわかっているだろうに、
どこの国も、もうブラウエル国なんて求めていないんだ。
そのことがみじめで、笑いそうになる。
あんなにも大事だと思っていた国は、国王が逃げて、
他国がいらないと見捨てるような国だった。
俺が国王でいる意味は、あるんだろうか。
それから半月後、また王都で暴動が起きた。
今度は平民が隠し持っていた食料もなくなったらしい。
貴族たちはとっくの昔に王都から逃げ出している。
王都内を暴れまわった平民たちは、
ついには王宮へと流れ込んできた。
護衛する騎士たちもまばらな中、やすやすと中まで入って来られる。
いつ謁見室までたどり着くかわからない。
時間の問題だなと思い、バシュロ侯爵に告げる。
「侯爵、逃げていいぞ」
「何を言っているのですか」
「俺はどこに逃げても捕まるだろう。
だから、ここで殺されるのを待つよ」
「……」
「俺が国王としてできる唯一の仕事だろう。
ほら、俺の気が変わらないうちに行けよ」
思えば、ちっともいい王太子じゃなかったな。
ずっとわがままばかり言っていたのは理解している。
王になるのだから、それでいいと思っていた。
父上だって、祖父だって、その前の国王だってそうだった。
何を言っても許されるんだと思っていたから。
……俺の妃と娘を生家に帰しておいてよかったな。
政略結婚でしかないし、ほとんど顔を合わせることもなかった。
離縁すると言った時には泣き叫んでいたが、生き残ってくれるはずだ。
ぼんやりとしか思いだせない妃と娘の顔を懐かしんでいると、
まだバシュロ侯爵が謁見室に残っていた。
「まだいるのか、早く行けよ」
「行きません。最後までお供します」
「なんでだ。逃げていいって言ってるんだぞ」
「はい。ですが、この国が終わるのはアンドレ様のせいではありません。
陛下が、今までの国王が、貴族たちがそうしたのです。
そして、それは私のせいでもあります。
政治にかかわっていなかったアンドレ様が一人で責任を負う必要はありません」
「……本当に馬鹿真面目だな」
「ええ、そう思います」
この国に忠誠を誓っているバシュロ侯爵らしい。
近くまで平民が来ている音がする。
今から逃げるのも無理なら、ここで一緒に死ぬか。
覚悟を決めて待ったが、いつまでたっても平民は来なかった。
朝になっても誰も来ず、侯爵と顔を見合わせる。
「どういうことだ?」
「わかりません。……静かになりましたね。
様子を見に行ってきます」
「俺も行く」
二人で様子を見に行くと、食糧庫が荒らされ、すべて無くなっていた。
騎士たちもどこかに逃げたらしく、誰一人いない。
「平民の目的は食料だったようですね」
「……っはは。王の命なんかいらないのか。
食料だけあればいいんだ。
王の命は……食料以下ってことだな……」
殺される覚悟を決めたのに、殺されなかった。
平民に相手にされなかったことが悔しくて、ひざをついてうなだれる。
この王宮には何も残っていない。
俺はこれからどうすればいいのか。
ここで野たれ死にするのか。
「アンドレ様、行きましょう」
「……どこにだ?」
「どこでもいいんです。もう、ブラウエル国は無くなりました。
平民として、生きられる場所を探しましょう」
「平民として……」
この国で平民が生きられる場所はない。
ブラウエル国の国民だった者たちも、他国へ流れて行った。
ジラール王国へ行けば平和に暮らせるのはわかっているが、
俺たちはあの壁を通ることはできない。
これから、何も持たずに他国までたどり着けるだろうか。
「行きましょう」
「ああ」
それでも行くしかない。
ここにいても、死ぬだけなのだから。
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