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57.やっと言えた

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「王太子様!精霊の愛し子を捕まえました!」

「俺たちはブラウエル国に戻ります!褒美をくれますよね!」

しまった……ルシアン様から離れていたから、兵二人に捕まってしまった。
両腕をつかまれ、一人には首を押さえられている。

「ニナを離せ!」

「お前たちは動くなよ!抵抗したらこの女の首を折る!
 こんな細い首、力を入れたらすぐに折れるぞ。
 少しでも動いたら、わかっているんだろうな?」

「っ!」

少しでも動けば私の首を折ると脅され、
ルシアン様は悔しそうな顔で動きを止めた。
私が男に捕まえられた状態では、父様も精霊の力を使うことはできない。

「よし!でかした!そのまま連れてこい!」

「はい!ただ今!」

どうしよう。引きずられてブラウエル国側に連れて行かれる。
目の前にはにやりと笑うアンドレ様。

「とりあえず、こいつだけでも連れて帰るか。
 公爵とは後から交渉すればいい」

「……今度は私を人質にするつもりですか。
 離してください。ブラウエル国には行きません」

「お前の意見など必要ないと言っただろう」

ああ、そうだった。
この人は私のことなんてどうでもいいんだった。

「……ニネット、素直に従ってくれ。
 ブラウエル国には精霊の愛し子が必要なんだ。一緒に帰ろう」

懇願するようなバシュロ侯爵にも、腹が立つ。
国のためなら、何を犠牲にしてもかまわないと思っている。
精霊の愛し子がいても、もうブラウエル国は終わりなのに。

「ブラウエル国には行きません。
 私はジラール王国の王女です。離しなさい!」

「聞き訳が悪いな。連れて帰ると言っているだろう。あきらめろ」

「嫌だって言ってるでしょう!!離して!!」

もう私だって、こんな人たちの話なんて聞かない。
精霊に力を借りて、アンドレ様とバシュロ侯爵を吹き飛ばした。
ついでに私を押さえていた人たちも弾き飛ばして、ルシアン様の元へ走る。

「ルシアン様!」

「ニナ!」

ルシアン様も走って、私を迎えに来る。
国境の上で、ルシアン様に抱きしめられ、涙がこぼれる。

「……よかった。ニナが力を使えて。
 もう少しで叔父上は全部を吹き飛ばすところだった」

「ごめんなさい。私がルシアン様から離れたから……」

「いや、俺が悪い。ずっとこうして抱きしめて守ればよかったんだ」

きっとルシアン様と父様がなんとかして助けてくれたと思うけど、
私が精霊の力を使えて本当によかった。
そうじゃなかったら、ブラウエル国に連れて行かれていたかもしれない。

「……どういうことだ。
 あいつは精霊の力は使えなかったんじゃないのか!?」

「に、ニネット、精霊の力を使えるようになったのか!?」

少し離れた場所に飛ばされたアンドレ様とバシュロ侯爵が、
私が精霊の力を使ったことに驚いている。

「やはり、お前はブラウエル国に戻るべきだ!
 その力をブラウエル国のために使うんだ!」

「ニネット!お前の力が必要なんだ!
 お前が来ればブラウエル国は助かるんだ!
 多くの人を、国を、見捨てると言うのか!」

まだそんなことを言っているんだ。失望というよりも、呆れに近い。

「使えるようになったんじゃありません。
 私は最初から精霊の力を使えました」

「なんだと!騙していたのか!」

「どうしてだ!
 使えたのなら、もっと大事にしてやったというのに!」

「私を誘拐して、母様を人質にした国のために、
 精霊の力を使うわけないじゃない!
 大っ嫌いだった。国王も精霊教会もバシュロ侯爵家も!
 カミーユ様もオデットも学園の貴族も!
 ついでにいえば、ブラウエル国の平民だって私に優しくなかった!」

これが最後だと思い、心から叫んだ。

「ブラウエル国なんて大っ嫌い!
 国民がどうなろうと、苦しもうと関係ない!
 あなたたちのことなんて知らない!
 もう二度と私に関わらないで!!」

私の声に精霊が反応したのがわかった。

結界の壁が青く染まる。
ジラール王国側に来ていた兵の一部がブラウエル国側に引き戻されていく。

「え?なに?」

「おそらく、ジラール王国に害をなそうとしていた者たちだ。
 精霊によってはじき出されたんだな」

「結界が青になったのは?」

「多分、害があるものはこちらに入ってこれない。
 お前の意思が結界に反映されたんだ。よくやったな、ニナ」

父様に褒められて、こんな時だけどうれしい。
ようやく役に立てた気がする。

「叔父上、もう話し合いは終わったし、帰りましょう」

「そうだな」

ブラウエル国側のほうで待て、とか、もう一度話し合いを、
なんて声が聞こえて来たけれど、父様はかまわずに馬車に乗った。
私とルシアン様、伯父様も続いて馬車に乗る。

こちら側に入れた兵たちは、そのまま街道を進んで、
少し先の広場に集まっていた。
炊き出しの前に列ができている。

「もしかして、最初から兵を受け入れる予定だったの?」

「兵が平民なら受け入れてもいいと思って用意させていた。
 ジラール王国は人が少ない。だが、食料は豊富にある。
 これから仕事は増えていくだろうし、住むところは作ればいい。
 土地はやまほど余っているからな」

「見たところ、ブラウエル国が連れてきた兵の八割はこちらに来ていると思う」

ルシアン様がこちら側に来た者たちをざっと数えていたらしい。
連れてきた兵の八割か……。

「アンドレ様とバシュロ侯爵は無事に王都に戻れると思う?」

「騎士たちは貴族だからこちら側には来れないで残っている。
 王都に帰るくらいは大丈夫だろう。
 問題は、それからだな」

精霊がいなくなったブラウエル国がどのくらいもつのか。
王都の屋敷で働いていた使用人たちも全員が戻ってきているから、
これから先は情報も入ってこない。

「まぁ、俺たちが知る必要はないな」

「これからジラール王国を作るのでそれどころじゃないよ」

どうでもいいという父様とルシアン様に、
少しだけ苦笑いの伯父様。

「まぁ、たしかにそれどころじゃないほど忙しくはなるな。
 ノエル、ルシアン、ニナ。
 ブラウエル国のことはブラウエル国に任せよう」

「はい、伯父様」

私がこれ以上ブラウエル国に関わることはない。
それでいいしと思うし、もう後悔はしない。

隣にいるルシアン様を見上げる。
すると、すぐに気がついて微笑み返してくれる。

「少しは気が済んだか?」

「うん、言いたいこと言えて、すっきりしたわ」

「そうか。頑張ったな」

「うん」

いつもよりも甘いルシアン様にもたれかかると、父様は渋い顔になる。
それでも離れることができず、父様のほうは見ないようにした。



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