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47.王太子の誘い

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まずは父様と一曲、そしてルシアン様と一曲。
これで帰れると思ったら、手を差し出された。

「え?」

「相手をしてもらおうか」

「……アンドレ様?」

にやりと笑って手を差し出しているのは王太子アンドレ様だった。
前回の夜会で私には興味なさそうだったのに、どうして。

断りたいけれど、断る理由がない。
ルシアン様も同じように思ったのか、渋い顔をしながらも軽くうなずく。

仕方なくアンドレ様の手を取って、踊り始める。

「この前は見れなかったが、本当に精霊の愛し子だったのだな」

「……はい」

「父上がお前を側妃か愛妾にするように言った時には、
 何を言うんだと思ったよ。
 平民の地味な女はいらないと思ったが、この姿なら文句はないな」

「……」

至近距離で品定めするように私をじっとり見るアンドレ様に、
この手を離してすぐさまルシアン様の元に戻りたくなる。

早く一曲終わらないかと思っていたら、
アンドレ様が決めたと小さくつぶやいた。

「お前を俺の妃にしてやろう」

「わ、私はルシアン様の婚約者です」

「そんなものはどうにでもなる」

「ですが、精霊教会の司祭立ち合いの元で婚約式も」

「その婚約式には王族が立ち会っていない。
 そんなものはなかったものと同じだ」

「……そんな」

カミーユ様のことがあったから、王族は呼ばなかった。
そのことで認めてもらえないとは。

「新しい公爵だって、そのために娘だと公表したのだろう?」

「え?」

「公爵家の血を引くのであれば、正妃にできる。
 お前を売り込むつもりだったんだろうな」

「違います!そんなことは望んでいません。
 それに、アンドレ様にはもうすでに妃がいるではありませんか」

アンドレ様はもうすでに侯爵家出身の妃がいる。
子どもも一人。王女が生れていたはず。

「女一人を産んだ後、もう四年も子をなさない。
 あいつは側妃にすればいいだろう。
 平民の愛人の子だと蔑まれていたお前が、
 王太子の正妃になれるんだ。喜んでいいぞ」

「……光栄ですが、お断りいたします」

断ったら怒り出すと思ったのに、アンドレ様は笑った。
心の底から楽しいという風に。

「あぁ、まだ知らされていないのか。
 ジラール公爵家は王家に逆らえないんだ。
 精霊と契約しているからな」

「!!」

「王命で婚約を命じれば、お前を差し出すしかない。
 ルシアンと暮らしてほだされたのかもしれないが、あきらめろ。
 お前は俺がもらってやる」

「……そんな」

「ああ、ルシアンと既成事実を作ろうとするなよ?
 そんなことをすれば、処罰として公爵家の者を奴隷のように使ってやる。
 もちろん、お前もだ。逆らわなければ、優しくしてやろう」

呆然としている間に曲は終わった。
力なくルシアン様の元に戻る。

「どうした?」

「……ルシアン様」

私の様子がおかしいことに気がついた父様が帰ろうと言い出した。
馬車に乗って王宮を出た後も、気持ちが凍るようで何も言えない。

「いったい何があったんだ……ニナ?大丈夫か?」

「あの王太子、ニナを気に入ったらしい。
 精霊の力で話を聞いたが、ニナを正妃にすると言っていた」

「正妃に!?王太子にはもうすでに妃がいるのに?」

「子どもが一人だけだし、まだ王子が生まれていない。
 側妃にして、ニナを正妃にすると。
 おそらく気がついたんだ」

「気がついた?」

「精霊の愛し子が産む子は精霊の愛し子になると」

はっとした。
そういえば、そう思われるのが嫌で、父様は隠されていたんだった。
お祖母様と父様、そして私まで精霊の愛し子。
精霊の子から精霊の子が産まれると気がつかれてもおかしくない。
私を正妃にしようとする理由はそれか。

アンドレ様は私が嫌がるのをわかっていて正妃にすると言っていた。
私の気持ちなんてどうでもいい、道具のように思っているから。
欲しいのは私ではなく、自分の血をひいた精霊の愛し子。

……どうしよう。
からかっていたり、一時の気の迷いだったりしないかと思っていたのに、
どう考えてもアンドレ様は本気で言っているんだ。

「父様……どうしよう。もう、断れない」

あきらめたくないけど、どうしようもない。
涙がこぼれて止まらない。
ルシアン様がそっと抱き寄せてくれたけれど、それがよけいにつらい。

もうこの腕の中で甘えることも許されなくなる。
どうしたらいいの。アンドレ様の妃になんてなりたくない。
そんなことのためにここに残ったんじゃないのに。

「……ニナ。俺の考えが甘かったのか……。
 まさかニナを正妃に求めるなんて。
 叔父上まで巻き込んで、その結果がニナを苦しめるだけとは」

「ルシアンはあきらめるのか?」

「……今ならまだニナを逃がすことができます。
 ニナは正式には公爵家の籍には入っていない。
 バシュロ侯爵家のニネットでいるうちは、精霊の契約に引っかからないはず」

「……逃げる?ルシアン様も父様も母様も置いて?」

「だが、このままではニナは王太子に……。
 俺はそんなことは認められない」

今ならまだ逃げられる。アンドレ様の妃にならずに済む。
そのことに安心しかけたけれど、そんなことをすれば。
処罰を受けるのはルシアン様と父様。

……そんなこと……できるわけがない。

「なんだ。ルシアンもニナもあきらめるのが早いな」

「え?」

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